第76話 セイブ・ザ・ヒーロー
――夜。
村中にカーン!カーン!とキリュウさんがハンマーを叩く澄んだ音が響き渡る。
最後の決戦を目前に控えた俺はアルス村の建物にただ一人でいた。
ようやく「ウェポンボックス」の武器全ての手入れを終えところで、メイが一人で俺の前に現れる。
「ごめん。邪魔した?」
「ううん。俺も丁度作業が終わったし、パーティメンバーに会いに行こうと思っていたんだ」
「も、も、もしかして……っっ!! 最後の戦いを前にしてわたしに会いに来てくれようとしたとかっ!?」
「いや……アリシアのところに行こうかなと……」
「…………」
そう言った瞬間、彼女の表情は一瞬にしてフッと消えていた。
まるで感情が消えたかのような仮面の表情を浮かべるメイ。
「ちょっ……いや……! アリシアには『星の欠片』を渡したけど、それ以外の会話ができていないと言うか、何というか……」
オロオロする俺に対し、今度はニコニコ顔でことりと首を傾けるメイ。
「アルスくーん? 今目の前にいる女の子が誰か分からないのかしら?」
「いや、それは勿論分かってるけど……」
「なら、あの女の名前をだすなっっ!!」
「はいっっ!」
くわっと目を開いたメイの怒声が村中に響き、俺達のいた建物が大きく揺れる。
無茶苦茶だ……。
相変わらず、彼女の言動は怖いし、よく分からない。
俺はがっくりとうなだれていると、メイは大きなため息をつく。
「ま、地獄を見せてあげようかと思ったけど良いわ。許してあげる」
全く分からないけど、何故か助かったな……。
良く分からないけど、これからは気を付けよう……。
何とか一触即発の事態を乗り切ったところで、俺は本題に入る。
「で、メイ。どうしたの?」
彼女に質問すると、真剣な表情で腕を組み始めるメイ。
「アイツ……。ずぶ濡れになった捨て猫の件よ」
「凄い呼び方だね……」
誰のことを言っているのか瞬時に分かったが、メイはレオンのことをそんなふうに思っていたのか……。
「そろそろ教えてもらおうと思うのよ。変わり果てたアイツの正体を」
確かに彼女の言う通り、今のレオンは勇者パーティ結成後の状態と随分変わっている。
メイが疑問に思うのも当然だ。
が……。
だけど……。
俺は微笑みを浮かべながら首を横に振っていた。
「無理に聞かなくても良いんじゃないのかな? 俺は今のレオンを信じるよ」
「まっ、アルスのことだからそう言うとは思ったけど……」
彼女の含ませた物言いに俺は首を傾げる。
「? レオンのことで気になることがあるの?」
「勘だけど……アイツはもうわたし達と同じ人間じゃないと思うの」
「人間……じゃない……!?」
驚きを見せる俺だが、彼女は平然と続ける。
「そ、人間じゃない。まぁ、わたしの勘だから間違っているかもしれないけどね。でも、アルス。最後の戦いを前にして不確定要素をハッキリさせておくのは悪くないんじゃないの?」
不確定要素……。
レオンと再会して以降、彼の言動に嘘は無かったはずだ。
正真正銘、今のレオンは魔王メリッサを討ちたいという気持ちを持っている。
そうでないともう彼の行動は説明がつかないからだ。
メイは直前になってレオンが俺達を裏切る可能性を示唆しているが、そんなこと絶対に起こるわけがない。
とはいえ……。
メイはパーティメンバーの大切な一人だ。
迷いや悩みといった類を抱えた状態で「最後の戦い」に挑むことが良くないのは俺でも分かる。
俺はメイの提案をすんなりと受け入れたくはなかったが、しばらく悩んだ結果、彼女に話を切り出す。
「今からレオンのところに行く?」
「そうね。それが良いと思うわ」
俺の提案に即答する彼女。
俺はレオンを完全に信用しているが、メイの話をきっかけに僅かながら不安を感じたのは嘘ではない。
そんな疑念を直ぐに払拭するため、俺は早足でメイと共に建物を後にした。
☆
レオンを見つけるのに時間はかからなかった。
何処にいるのかは、何となく想像がついたからだ。
俺とメイはアルス村から出たダンジョン近くの草原に移動すると、彼は一人で立っていた。
冷たさが混じった風に緑が揺れる中、俺と彼女はレオンに近づく。
「誰だ?」
こちらに振り向かずに問い詰めるレオン。
「最後の試練」挑戦から随分と時間が経過したからか、怪我は殆ど完治したように見える。
「レオン……」
「なに、黄昏(たそがれ)てんのよ」
レオンはようやくくるりと俺たちの方に体を向け、冷たく吐き捨てる。
「何をしに来た?」
「あ、ああ……。魔王メリッサに挑む前にメイから話があるんだ」
「話だと?」
レオンは俺の説明から訝しげな顔になる。
「確認しておきたいことがあるのよ、アンタ、わたし達に何を隠しているの?」
「……」
沈黙するレオンに俺は気になっていたことを一つ尋ねる。
「ねぇレオン。『最後の試練』で何か俺に言おうとしてたことがあるんじゃないのかな?」
「アレはオマエに言おうと思ったが、『目の前のコイツ』が来て、気が変わった。大した話じゃないから忘れろ」
「なんでよっっっ!!??」
なんでよっっっ、なんでよっっ、なんでよっ、とメイのツッコミが響いて思わず俺は噴き出していた。
「何がおかしい?」
「ちょっと! アルスの所為で調子が狂ったんだけどっ!」
二人に咎(とが)められてしまったが、俺は自分が素直に思ったことを口にする。
「いや、何だか懐かしい孤児院での日常を思い出したんだ」
「!」
「!」
三人が揃ったことで、俺は愛おしいあの頃のやり取りを重ね合わせてしまったのだ。
しかし、俺がそう言ったところで、メイはわざとらしく肩をすくめる。
「ま、誰かさんのせいで、昔には戻れないわけだけど」
「一言余計だ」
昔の話をした俺だが、やはりメイは聞きたいことがあるのか、再びレオンに問い詰める。
「で、わたしはアルスみたいに優しくないの。洗いざらい話しなさい」
メイの発言から露骨に溜息を吐くレオン。
今の彼は表情が読みづらい性格だが、俺と二人きりの時と違って、メイがいるからか、明らかにテンションが低く見えるな……。
しかし、「分かった」と一言呟いたレオンは観念したように俺達に告白する。
「オマエ達は知らないだろうが、メリッサは品定めをしている」
「品定め?」
レオンから出てきた言葉に俺は疑問を覚える。
「ああ。アイツは興味がない者には何もしないが、好きなヤツには殺すまで邪魔をして徹底的に潰す。王都の兵を操り、『聖剣アロンダイト』を盗んだのもちょっかいをかける為だ」
「つまり、今アイツの興味はアルスに向いているってこと?」
「ああ。そうだ。だから魔王の城に行った後はそれだけ気を付けないといけない。アイツが何を企んでいるのかまだ分からないからだ」
レオンが一通り話し終えると、短く嘆息するメイ。
「まっ、良くわかんないけど。やっとわたしもその魔王メリッサって奴を倒そうって気になったわ」
「そ、そうなんだ……」
レオンの言ったことはメイ同様確かに俺もいまいちピンときていないが、何故彼女が突然魔王を倒そうという気になったのかも良く分からない。
確かに、彼女は特に使命を帯びてここにいるわけではないが……。
「わたし……絶対安全圏から涼しい顔をしてるヤツって大嫌いなのよねー」
ゴキゴキゴキッと笑顔で拳を鳴らし始めるメイ。
「「……」」
俺とレオンはどう反応していいのか分からず、何とも言えない表情を浮かべる。
まぁ、彼女がやる気になってくれたのは良いことなんだけど……。
「悪いが……俺が言えるのはここまでだ」
「あっそ。因みに最後通牒だけど、アンタに回復はしなくても良いの?」
彼女はレオンに怪我のことに関して質問をしていた。
結局最後までレオンは隻眼隻腕状態から変わっていないからだ。
誰がどう考えても聖女メイによる治療を受けたほうが良い状況。
しかし……。
レオンは自身の片腕にそっと触れると、自身の想いを打ち明ける。
「これは戒めだ。殺したヤツらの存在を忘れて戦いに挑むことなど……俺にはできない」
「それを聞いて安心したわ。やっぱりアンタただのバカね」
な、何てことを言うんだ……?
メイのさらりとした口調にギョッとしたが、彼女は俺の反応を特に気にせず続ける。
「ま、わたしは憎しみとか良く分からないけど、今のアンタを見れば、死んだ奴も少しは思うところがあるんじゃないの?」
「……」
「メイ……」
無言を貫くレオンに彼女の名前を呟く俺。
どうやら「行動」で示せということらしい。
「わたしは戻るわ」
結局メイの目的が果たせたのか不明だったが、俺達に背を向け、片手を上げて去っていく彼女。
メイは俺達の幼馴染だが、それだけでなくレオンのパーティに最後まで辛抱強く残っていたのだ。
彼女なりにも思うところが無いわけがない。
とは言え……。
相変わらずの姉御肌っぷりを見せつけられたな……。
黙って彼女の背中を眺めていた俺。
しかし、レオンは何を思ったのか、メイを呼び止めていた。
「オイ待て、メイ」
彼女は身を翻し、レオンに怪訝な表情を向ける。
「何よ? わたしからの話は終わったんだけど」
「悪いが、俺からの話はまだ終わってねェ。
【聖女】のユニークスキルLv5『セイブ・ザ・ヒーロー』についてだ」
「――ッ!」
「セイブ・ザ・ヒーロー」?
彼女は途端に動揺を露わにするが、俺は知らないユニークスキルの存在に首を傾げる。
メイとレオンはまだ正式に俺のパーティに加入していないため、スキルや魔法を全ては知らない。
理由はギルドでわざわざ登録する時間とメリットが無かったからだ。
先ず、メイは魔天空城で発動したポイント・エージェンタの能力が現在も継続している。それに、彼女に関してはメイ自身が俺に獲得魔法とスキルを教えてくれたので、能力は全て把握済みだった。
だったのだが……。
「セイブ・ザ・ヒーロー」というユニークスキルはまだメイから聞いていないぞ……。
「悪いが、アルス。今は俺とコイツだけにしてもらっていいか? 大事な話なんだ」
「あ、ああ……いいけど」
一応パーティリーダーなんだけどな……。
でも……。
それほどの頼みごとだ。
俺はメイのユニークスキル「セイブ・ザ・ヒーロー」の能力が何なのか気になったが、それ以上は何も言わず、二人の元から去っていった。
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