第71話 引き返せない道

「レオン!? どうしたのっ!?」


 「神獣の里」の資料室にいた俺は「スクロール」に向かって叫ぶも、レオンからの返事が聞こえてこなくなる。

 何が起こっているんだ……!?

 応答が途切れたぞ!?

 それに……。

 断片的にだが、レオンはもう既に「神獣の里」の前にいるような口ぶりだった。

 あそこで一体何が?


 居ても立ってもいられなくなった俺はすぐさま二階の建物を後にしようとする。


「ちょっと、アルスっ!? 何処に行くのよ!?」


「レオンの命が危ないかもしれない! 今すぐ里の前に行かなきゃ!」


「待って! わたしも付いて行くわ……」


 俺は一度コクリと頷くと、メイと共にすぐさま「神獣の里」の入り口に向かっていた。




 里の入り口にある長い階段を降りた俺達だが、レオンとの合流は時間がかからなかった。


「なっ……!? 何が起こっているんだっ!?」


 目の前で起こっている光景を俺は素直に理解できないでいた。


 既にボロボロになっているレオンに、しばらく俺達の前から姿を消していたネネ。

 レオンは黒い鎖で全身を拘束されていたが、誰の仕業かは一目瞭然だった。


「ネネちゃんっ! 何をしているのっ!?」


 メイの叫びをきっかけに俺達の存在に気づいたのか、ネネは片手を大きく上げる。


「お主ら! 一歩も動くでないぞ!」


 彼女の手には一本の黒い鍵が握られていた。

 あの鍵……。

 レオンに付いている漆黒のじょうと関係あるのか?

 もし……もし仮に、ネネの所持している鍵が跡形もなく消えてしまえば、鎖を解除する方法が無くなってしまうという理解でいいだろう。


「ネネ! 君はレオンと共にこの大陸を平和にする役目があるんじゃないのっ!」


「我が主よ、それは違うぞ! わらわはこやつの全てを否定する義務があるのじゃ! そうでなければ、先に逝った民に示しが付かぬ!」


 俺は改めて今起こっている修羅場を理解し、顔を青ざめさせる。

 彼女のレオンに対する怒りはもっともだからだ。

 そして……。

 初めて目にする彼女の底知れぬ怒りは俺の想像できる領域を超えている。

 どうすればいいんだ……?


「分からないわ……ネネちゃん。これから皆で一致団結しようって時にどうしてそんなことするの?」


 俺同様、メイも混乱していたが当たり前だろう。

 彼女の親友であるネネはこれまで誰かを憎悪したことが無かったのだから。

 そして……。

 メイの問いかけにネネは全く動じないでいた。

 俺とメイは彼女を止めようとする中、鎖で拘束されているレオンも必死に抵抗する。


「オイ、ネネッ……! こんなことを言える立場じゃないが、魔王を倒したら直ぐに報いを受けるっ! だから、もう少しだけ生きて償う時間をくれないか……!?」


「何が生きて償うじゃ!」


 彼女がピシャリと言い放つと共に、レオンを拘束する鎖の威力は更に上がる。


「……!」


「レオン、動けよっ! 諦めるなよっっ!」


 完璧に心の平衡を失ったネネは俺にゆっくりと顔を向ける。


「我が主よ……。何故こやつを庇う? この勇者はわらわに殺されるべきだとは思わないのか?」


「ネネの言っていることは間違っていないと思う! だけど、レオンは死んではいけない人間なんだ!」


「ネネちゃん! 今はこの世界は存亡をかけた危機なんだよっ!」


「外野は黙ってもらえるかの!」


 激しいネネの憤りから目を逸らすメイ。


「外野……って。ネネちゃん……」


 俺はネネの言動からピシリと自分の中で何かが崩壊した感覚に陥る。


「ネネ。そんな言い方ないと思うよ」


 アリシアを橋で説得しようとした時と同じだ。

 こんなことをするのは本当は好きではないが、状況が状況だ。

 俺はネネに穏やかさを一切排除した声で話しかける。


「今レオンを殺すというなら、宮殿の地下へはどうやって行くの? あそこの鍵は『神獣石』と『勇者』が必要なんでしょ?」


 俺の質問に動揺を見せ始める彼女。


「……ッ!! 『勇者シリーズ』を利用すればよいじゃろ! 奴らを生け捕りにして地下へ入ればよい! 『転移』スキルも同様じゃ!」


 俺だけでなくレオンも詰めの甘さを察したのか、残りの力を振り絞り、ネネに顔を向ける。


「無茶苦茶だ……。『勇者シリーズ』は魔王メリッサの言いなりになっている。オマエの案は絶対にありえない」


「お主と魔王を討伐する方がありえぬわ! 改心して孤児院を守ったから何だというのじゃ! 永遠に残るのは動かせない罪のみ!」


 ネネは肩を激しく震わせながら、魔法を詠唱し、彼女の手から真っ白な球が現れる。


「話は終わりじゃ! この鍵は跡形もなく消すっ!」


 不味いっっ……!!

 あの鍵を失えばもうレオンは……!?

 俺は急いで彼女の元へ駆け出そうとした瞬間、


 バチッッッ!!


「ッ……!」


 俺の後方から飛んできた一本の矢はネネの手の甲に貫通し、鍵は彼女の手から瞬時に落下する。

 俺はその瞬間を見逃さなかった。

 身体強化で鍵を一瞬にして回収した俺はレオンを拘束している錠を解錠する。

 そして、黒い鎖は跡形もなく一瞬にして消えていた。


「ゲホッ……ゴホゴホッ……!!」


 俺はレオンが呼吸を出来るよう、すぐさま楽な体制にさせる。


「すまない。損な役回りをさせた……」


 俺は無言で首を横に数回振り、矢を放った人物に顔を向ける。


「何故だ、ノノよ……? 何故お主に限って、わらわの『責任』、『義務』を否定する?」


 里の入り口には族長であり、ネネの姉でもあるノノが現れていた。

 ノノは一度周囲を見渡し、大きく息を吐き出した。


「確かに……。私はコイツの過ちを許したわけじゃない」


「ならどうしてわらわを止めるっ! この邪悪はわらわが――」


「私達はもうだっ!」


 彼女の凛とした声が響いた瞬間、ネネは一歩後退する。


「……ッ!」


「私もネネと同じだ。ハッキリ言って怒りと憎しみで今にも狂いそうだ。

 だが、ネネ。今もこうしている間に世界は魔王によって危機的状況にあるんだ。何を選択すれば良いのか私には分かる!」


 初めてこの里に来た時、彼女は幼いことから、自身を未熟と評価していた。

 しかし、今ここにいる彼女は紛れもなく過去を克服し、里の長としての役目を果たそうとしている。


 彼女の言葉に何かを感じたのか、しばらく天を仰ぐネネ。

 そして……彼女は何かを決意したのか、俺とレオンがいる元まで歩み寄る。


「勇者レオンよ。生きて償うのじゃ……」


 彼女がそう告げた瞬間、レオンは地面に頭をつける。


「すまないっ……! 必ずオマエの役に立つっ!」


 レオンの覚悟を確認し、1人でゆっくりと里に戻ろうとするネネ。

 そんな彼女をメイは後ろから強く抱きしめていた。


「? メイ……よ……」


 彼女はぽろぽろ涙を流しながらネネに訴えかける。


「ネネちゃんっ……! ずっと辛かったんだよね……!

 でも、わたし達は進むんだよね……! このままではいられないんだよね……」


「すまんかった。メイよ……。さっきは言い過ぎた」


「ううん……。もう、良いの。わたし達はこれからもずっと親友でしょ!」


 俺達二人は彼女たちの元へ近づこうとするが、その前にレオンに言いたいことがあった。これは、今言わないと駄目な気がしたからだ。


「レオン……。里の宮殿地下に行こう」


「ああ……。当たり前だ」


 俺達は次に何をするべきかを確信していた。

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