第72話 最凶のダンジョン「最後の試練」へ
「はぁ!? 宮殿の地下には二人しか入れないのっっ!?」
宮殿の建物全体を揺らすような大声でメイが叫ぶ。
「いや……。だから何度も言ってるだろ。この文献にそう書いてあるんだ……」
ノノは何度も机にある資料を指さすが、彼女は聞く耳を持たない。
メイはノノに何度も詰問する。
「何よっ! これからみんなで一緒に頑張ろうって時にっ! この里、おかしいんじゃないのっ!」
「君もそれなりに冒険者として生活を送ってきただろうが、入場制限があるダンジョンはそう珍しくないだろ? あと、サラッとこの里を侮辱するな」
「知らないわよ! そんなのっっ!!」
メイは机に置いてある資料を全てビリビリに破き、フンと鼻を鳴らす。
ああ……。
後でノノに謝っておかないと……。
彼女は流石にメイに呆れたのか、心の底からドン引きしたような表情を浮かべていたからだ。
「メイよ……。少し落ち着いたらどうじゃ……?」
そう言ってネネはメイに飲み物を渡す。
「ありがとっ! ネネちゃん!」
メイは彼女からもらった飲み物を豪快に一気に飲み干し、満足そうな表情を浮かべる。彼女たちは里の前で起こった件以降、より絆が深まったように見える。
とは言え、メイは少し張り切りすぎているようにも見えるが……。
そんな彼女たちのやり取りをしばらく眺めていると、大きな扉が開く音が聞こえる。
ローブに身を纏ったレオンが俺達の元へようやく顔を出したのだ。
ネネとノノは一時的にレオンをこの里に入れるのを認めたが、彼の存在を知る獣人は念の為最小限に抑えている。
「レオン。体はもう大丈夫なの?」
「ああ、悪い……。随分と待たせた」
資料から情報を得ていた俺達に対し、休息を取っていたレオン。
完全回復までとは言えないが、体力は随分回復したように見える。
「ほんと……。どういう体の構造してるのかしら?」
確かにメイの言う通りだ。
里に来る前、既にレオンはボロボロだった。
が、彼は俺のポイント・エージェンタが効かなければ、メイの回復魔法も頑なに拒絶する。
しかし、この件に関してレオンに問い詰めると、決まって「大げさだ」と嫌そうな表情をされるので、今は聞かないことにする。事情は全く分からないが……。
「それで、ここの地下はどうなっているんだ?」
俺はレオンが休んでいる間に調べた情報を共有する。
「『神獣石』と『勇者』の存在によって侵入可能な地下の部屋はどうやら、ダンジョンになっているんだ」
「なるほど……。それで、詳しいダンジョンの内容はもう既に把握済みなのか?」
「ああ。ダンジョン名は『最後の試練』で階層1だということは分かったんだけど、出てくる敵は調べても出てこなかったんだ」
「階層1のダンジョンか……」
溜息を吐いて唇を嚙み締めるレオン。
どうやらレオンは地下にあるダンジョンの難易度を察したようだ。
この世界のダンジョンは階層が極端に多いと難易度が高くなるが、その逆も一部存在する。階層が1のダンジョンはここにいる全員が行った試しが無いのだ。
それに、この「最後の試練」の気になる点はもう一つある。
「ダンジョンに入場制限があって、どうやら二人でしか挑めないんだ」
大方「最後の試練」の情報をレオンに説明したところで、彼は一度頷く。
「大体状況は理解した。それで、このダンジョンのクリア報酬は『死のオーラ』を克服できるアイテムと信じても良いのか?」
「あ、ああ……。『死のオーラ』を克服できるかは不明だけど、このダンジョンをクリアすると『星の欠片』というアイテムが手に入るらしいんだ」
「『星の欠片』?」
謎のアイテムの存在をレオンは聞き返すが、今度はネネが答える。
「言っておくが、わらわも、ノノもそんなアイテムは知らんからな」
「そうか……。けど、そこに行くんだな?」
「うん。俺達はもうその可能性に賭けるしかないんだ」
レオンは状況を把握したのか、それ以上何も言わなくなると、今度は入れ替わるようにしてメイが俺に質問する。
「で、アルス。『最後の試練』に行くのは分かったけど、どういう編成で挑むわけ?」
彼女の質問をきっかけにより一層みんなが俺の顔に注目する。
どうやら編成は俺が決めないといけないようだ。
「最後の試練」の鍵には「勇者」と「神獣石」が必要だが、二名という条件さえ満たせば、誰がダンジョンに向かっても良いらしい。
俺は自身の意見を主張していいのか悩んでいると、ネネが提案する。
「うむ。ではわらわと主で『最後の試練』に挑むぞ」
意を決したように俺に宣言する彼女。
しかし、俺はネネの意見を直ぐには賛成できない。
「あ、ああ……。だけど、ネネ。今回は君を守り切れない不安があるんだ」
エルト砂漠では何とかネネと戦い抜けたが、彼女のユニークスキルは【賢者】だ。
もし仮に俺とネネで「最後の試練」に挑戦した場合、後衛で戦う彼女を自分一人で守る必要がある。中で何が起こるのか分からない以上、俺の考えとしては前衛二人で挑みたい気持ちがあった。
「じゃあ、後輩ちゃんでも呼ぶ? 今アルス村にいるけど」
メイはアリシアとダンジョンに挑むことを提案したが、やはり俺は首を横に振っていた。
「いや、勿論アリシアも頼りになるけど、出来ればあそこには最大戦力で行きたいんだ」
「なら……」
メイは俺の意見を察したのか、チラッとある人物に視線を向ける。
「ああ。レオン……。俺と『最後の試練』に付いてきて欲しいんだ」
「元よりそのつもりだ」
ジッと俺を見据え、力強い返事をするレオン。
レオンは里の前で決意したんだ。
俺と共に地下に向かうと……。
レオンの返事を聞き、短く嘆息するメイ。
「まっ、そうかもね……。ネネちゃん。ここは男二人に任せましょ」
「うむ。そう……かもしれぬな」
「神獣の里」にあるダンジョンにレオンが挑む。
そのことに関してやはり彼女なりに思うことはあったのかもしれない。
が、それを飲み込んでくれたのか、ネネは特段何も言わなくなる。
俺とレオンで「最後の試練」に挑むことにネネが納得すると、無言でやり取りを聞いていた族長のノノが口を開ける。
「『最後の試練』は直ぐ近くにある。そこまで案内させてもらうよ」
「はい。宜しくお願いします」
ノノの後を付いて行くかたちで、俺達はすぐさま場所を移動したが、彼女の言葉通り、時間はかからなかった。
俺達は宮殿の地下にある薄暗い空間を進み、巨大な扉の前に立っていた。
「最後の試練」の入り口に到着したという理解でいいだろう。
何故なら、ネネの所持している神獣石は呼応されたかのように、発する光を増していたからだ。
「勇者よ。扉を開けるのじゃ」
「ああ……」
ネネの指示に従い、扉に触れるレオン。
瞬間、ゴゴゴゴゴと轟音を立て、扉は開き始める。
これで……「最後の試練」へ入れる。
「我が主よ。どうか無事に帰ってくるのじゃ」
「うん。絶対に生きて帰ってくるよ」
「時間が無い。行くぞ、アルス」
俺とレオンは「死のオーラ」を克服するアイテムを求め、「最後の試練」へと歩を進めていた。
☆
先が全く見えない一本の長い道を歩き、数分が経過した。
光源は壁にある青い燭台の光しかない。
俺とレオンは周囲を警戒しながらしばらく無言で歩いていると、ふと彼は俺に尋ねてくる。
「アルス。何で俺をパーティに入れる気になった?」
レオンは俺達と再会してから極端に口数が減っている。
そんな彼が言葉を発した。
もしかしたら、ずっと聞きたかったことなのかもしれない。
俺はレオンと再会した時に感じたことを正直に伝える。
「レオンの孤児院を守りたいという気持ちが凄い伝わったからだよ。
嬉しかったんだ。
レオンがあそこで魔族を倒してくれて。
たぶんメイも同じ考えだと思う……」
「いや、だとしても……。俺が裏切るとは思わなかったのか?」
「思わないよ。俺は今のレオンを信じたいんだ」
「そうか……」
レオンが口を開いたことで、俺もかねてから聞きたかったことを質問する。
「ねえ、レオン」
「何だ?」
「別に何でも話して欲しいわけじゃないけどさ……。せめてもっと周りに頼っても良いんじゃないのかな?」
アルス村で「魔の勇者」を倒したと最低限の情報は聞いているが、ボロボロの状態で「神獣の里」に転移してきたことから、随分無茶をしたように感じられたからだ。
「フン。どの口が言う? お前だって最後は自分の力で道を切り開いてきたと思うが……」
「いや、まぁ……。そうかもしれないけどさ」
「それにしても……アルス。随分と変わったな」
俺はレオンの話が一瞬分からなかったが、すぐに言いたいことを理解した。
「? ああ。『槍の勇者』を倒したことで、物凄い経験値を獲得したんだ。だから王都で別れた時よりかなり強くなれたと思うよ」
「いや、戦闘力もそうだが……それだけじゃない。俺が言いたいのは別だ」
「別?」
「ああ。俺はアルス村に剣聖とメイで向かったが、全く統率が取れなかった。好き勝手動くアイツらを上手くまとめているのはオマエの存在があるからだと思う。そしてその能力は俺がオマエを追放した時には無かったはずだ」
確かにレオンに追放されてから俺に変化はあったのかもしれない……。
が、正直俺の変化は今目の前にいる人物と比べると些細なことにしか思えないのだ。
レオンの言っていることを否定するわけではないが、寧ろ逆なのではないだろうか。
「いや……。俺なんかよりも、レオンの方が見違えるほど変わったと思うけどな……」
「俺に変化があったのは当たり前だ。何度も命を失い、以前の俺とは違う別の自分が再構成されたからな。そもそも俺の本当の正体は――」
「?」
言いかけたところで、レオンはその場で停止する。
俺達は狭い一本の道を抜け、とうとう広い空間に辿り着いたからだ。
「妙だな。この空間……。まるで無限に広がっている部屋にいるみたいだ」
レオンの言う通りだ。
俺達が辿り着いた部屋には、あちこちに石の柱が立っていたが、左右、奥を見ても壁が全く見えないからだ。
俺とレオンは辺りを見渡していると、ふと脳内に正体不明の情報が流れる。
――眼前に現れたるは、そなたらが越えるべき恐怖。『星の欠片』を手に入れたくば力を示すが良い。
遂にここにいる謎の敵と戦うときが来た。
脳内に情報が流れなくなった瞬間、正面から一人の人影が姿を現す。
「フフフ……。アルス様にゴミ勇者ですか……」
正面から一人の人物が現れるが、俺とレオンは息を飲んでいた。
相手は人形めいた顔に紅い緋色の目をした少女だったからだ。
そしてその人物は……。
俺達がよく見知った彼女だった。
「ア、アリシアっ……!? どうしてこんなところにいるのっ!?」
アリシアはアルス村にいたはずだが……。
俺達の知っている彼女と別人という理解で良いのか?
状況が理解できず混乱する俺に対し、アリシアは平然と口を開ける。
「『どうして?』って。決まっているでしょ。アルス様とゴミ勇者に死んでもらうためです」
「成程……だから恐怖ということか。悪趣味だな」
「ど、どういうことっ!?」
「目の前にいるあの剣聖はオマエが裏切られたくない
「いや、そうかもしれないけど……。そこにレオンは関与していないの?」
「してないな。俺はアイツに対して何の感情も持っていないからだ。それに、もし俺がここに一人で来たとしたら、戦う敵は確実に別のヤツだったと思う」
なら、レオンはこの状況でも躊躇なく戦えるのだろう。
が、俺は……。
よりにもよって彼女と戦わないといけない事実をまだ受け入れられないでいた。
「アルス様……。退くなら今のうちですよ?」
俺の内面を見透かしたかのようにクスクスと笑いながら話しかけてくるアリシア。
これが「最後の試練」か……。
だけど……。
彼女を倒さないと「星の欠片」は入手できない。
だから、俺がアリシアに言うことは決まっていた。
「いや、アリシア……。俺達は君と戦うよ」
俺とレオンは臨戦態勢に入ると、彼女はクスリと不敵な笑みを浮かべる。
「もう…………。どうなっても知りませんからね」
アリシアは装備している二本の刀を抜刀した瞬間、彼女からは禍々しい圧倒的なオーラが放たれていた。
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