第65話 【SIDEレオン】村長さんに「聖剣アロンダイト」を作ってもらおう!

 村長の家に入るや否や、俺は彼から一枚の布を投げられる。


「?」


「拭いとけ」


 自身の頭を指でつつく村長。

 俺は村人から石を投げられ、頭部から血を流していたのだ。


「悪いな……」


 村人たちと違って、俺を受け入れた時点でハッキリ分かったが、この村長はかなり親切らしい。


 俺は頭を拭いていると、村長はどかっと椅子に腰かける。


「で、勇者様がこの村に何しに来たんや?」


 村長の質問を皮切りに俺はすぐさま本題に入る。


「アルスからの話だとここに『聖剣アロンダイト』を作れる伝説の鍛冶師がいるらしい」


 ヒュウウウゥゥッッ!


 瞬間、家の隙間から風が吹く。


「「……」」


 真剣な表情で村長を見据える俺に対し、何故か彼は俯いたままダラダラと汗を流し始める。


「オイ、聞こえなかったのか?」


 再度要件を復唱した方が良いのか、俺は怪訝な表情を浮かべていると、すぐさま目の前の村長は大声で叫ぶ。


「なっ……なんやとおおおおおおおおっっっ!!??」


 村長の余りの大声に家は僅かに揺れ、外の鳥はピヨピヨと飛んでいく。

 俺は咄嗟に村長から顔を背けたが、うるさい声に心底げんなりする。


「なんだいきなり……」


「な、な、な、何でその鍛冶師のことを知っとるっ!?」


 椅子に座っている俺にズイと村長は前のめりで尋ねるが、俺は表情を変えず、同じことを説明する。


「さっきも言っただろ。アルスからそう聞いたんだ」


「いや……。いくらあの英雄アルスくんやとしても何でワイのことが……」


「……」


 腕を組みながら、ぶつくさと呟く村長を黙って見据えていると、奴は何かを思い出したのか、途端に態度を急変させる。


「ん? つーかちょい待てっ! 何で勇者なんかが英雄アルスくんのことを知っとるんや!」


「なんだそんなことか……」


「あ? 『そんなこと』って何やオマエっ! 村人は全員無事やったが、過ちを忘れてへんやろなあ!」


 ツッコミを入れてくる村長に俺はすかさず言葉を付け加える。


「いや、それは勿論反省している。事情は省略するが、俺はアルスと一時的に行動を共にすることになっている」


「ほー。剣聖のお嬢ちゃんもお前の傍におったし。わけありってことなんか?」


「そう思ってもらって構わない。

 それよりどうなんだ? いるのかこの村に『聖剣アロンダイト』を作れる奴が?」


 話を「聖剣アロンダイト」に戻すが、何故か渋面になる村長。


「ぐっ……。こんな小さな村にそんな鍛冶師がおるわけないやろ! だいたいそんな大層な聖剣が欲しいなら東の大陸にあるドワーフの国にでも行けや!」


 それが出来れば俺達は苦労しない。

 俺は辛うじて知っている知識を村長に話す。


「あの国は魔族によって数年前に滅ぼされているだろ」


「正確には五年前や」


 村長の返答に俺は眉をひそめる。


 やけに詳しいな……。

 コイツが何かを隠しているのは誰の目にも明らかだが、俺はある考えが脳裏をよぎる。

 いや、まさか……。

 ありえるのか?

 俺は黙って考えを巡らせていたが、それを遮るように、村長は俺に質問する。

 因みに焦り表情を浮かべていた村長は汗をドバドバかいていることに変更はないが、今はニコニコ顔になっている。


「い、いや、それより、勇者。何でアルスくんが鍛冶師の存在を知っとるんや? 教えてくれてもええやろ?」


「俺も詳しくは知らないが、王都のダイン副騎士団長という人物から聞いたらしい」


 ダインという人物の名前を出した瞬間、村長はみるみるうちに血相を変える。


「ダ、ダインやとっ!? アイツッッ! よりにもよってダチを売りよったな! チクショオオオッ!」


 決定的だ。

 信じたくはないが、今目の前にいるコイツが「聖剣アロンダイト」を作れる鍛冶師らしい。

 しかし、どうもまだ腑に落ちない点がある。


「いや、待て。何故そうなる? そもそもお前はどうして鍛冶師であることを隠す?」


「ちょっと待てや! 俺がその鍛冶師ってことにすんのかよ!?」


「この状況で違うという方が難しいだろ」


 村長は俺から目を逸らさない。

 だから、俺もコイツから目を逸らさないようにする。


 しばらくそうしていると、彼は観念したように、短く溜息を吐く。


「ドワーフの国もそうやったけど、優秀な鍛冶師やったワイの嫁も聖剣を作ろうとした段階で魔族に殺された」


「なっ……!?」


 村長の突然の告白に俺は言葉を失う。

 そして、神妙な面持ちをしていた村長は更に言葉を発する。


「な? 過去の歴史からも明らかなんや。ワイは東にある大陸からここまで逃げて名前も変えた。事情を知っとるんはホンマにごく少数やで」


 村長はこの辺りの方言ではないと思っていたが、どうやら過去に色々わけがあったらしい。


 だが……。

 だからこそ、俺はコイツに言いたいことがあった。


「ならお前の作った剣で魔王メリッサに復讐できる。一矢報いようとは思わねェのか?」


「思うわけないやろっ! 俺が聖剣を作ろうとすれば、俺だけやなく、この村が脅威に晒される。これ以上の揉め事はもう勘弁して欲しいんや!」


 これまでの態度と打って変わって頭を抱え始める村長。


 だが、俺はコイツに「聖剣アロンダイト」を作ってもらわなければならない。

 次に俺が発する言葉は決まっていた。


「オマエの考えている最悪の事態が起こらないよう、アルス村は俺が守る」


「おい……どの口が言うねん……」


「……!」


 村長の的を射るツッコミに俺はぐうの音も出なくなる。


「だいたい。おどれはともかくとして、アルスくんに剣聖のお嬢ちゃんがいれば魔王ぐらい楽にやっつけられるんとちゃうんか?」


 どうやら村長は本当に聖剣が必要なのか疑問に思っているようだが、コイツは大きな誤解をしている。


 俺は過去に発動したことのある「鑑定」スキルを使用し、ある画面を村長に見せる。


===================

魔王メリッサ 総戦闘力 100万


斧の勇者 総戦闘力 50万


槍の勇者 総戦闘力 30万

弓の勇者 総戦闘力 30万

魔の勇者 総戦闘力 30万


アルス 総戦闘力 10万

アリシア 総戦闘力 6万

===================


「何やこれ?」


「オマエが英雄と崇めるアルスと剣聖、その敵の総戦闘力だ。これを見れば一目瞭然だろ」


「オイ、どういうことやっ!? アルスくんと魔王との戦闘力の間に10倍もの差があるやと!? この数字はホンマに正しいんか?」


「ああ、正しい。だからアルスは今も強くなるため一生懸命魔物を倒しまくっている。だが、それだけではどうやってもこの差を埋められないだろう」


「いや、やとしても……」


「分からねェのか! アイツは絶対になんだ!」


「!」


 村長の態度に我慢できなくなった俺は、いつの間にか心の枷が外れていた。

 俺は目の前のコイツに向かって言いたいことを全てぶつける。


「アイツは俺の願いを聞いて、もう一度生きる目的をくれた。どうしようもないこの俺にだぞ。こんなことを言える立場ではないのは重々理解している。だが、頼む。俺達に力を貸してくれ」


 俺は早口でそうまくしたてると、徐々に興奮状態から落ち着き、理性を取り戻す。


「悪い……。少し、興奮し過ぎた……」


 終始閉口していた村長に俺は一度謝罪する。

 しかし、村長は俺の想定とは違う対応を見せた。

 彼はニッと笑みを浮かべ始めたからだ。


「フン。何があったか知らんけど、男を上げたやないか。やっぱりワイの勘は間違ってなかったわけか」


「……ッ!? ならっ!」


「いーや。ちょっと待てや勇者。こんなこと言うのもアレやけどなぁ、『聖剣アロンダイト』の素材を持っとるんか?」


「……!?」


 盲点だった。素材のことは完全に失念していたのだ。

 無我夢中だった状態から、一転してオロオロし始めた俺に、村長はツッコミを入れる。


「オイオイ! その様子やと、知らんみたいやな。言っとくけど『聖剣アロンダイト』作ろう思ったら『伝説のオリハルコン』が必要やからな」


「『伝説のオリハルコン』だと……」


「何や前提がアウトってことかいな……」


 呆れた態度を取り始める村長だったが、俺はある考えがよぎる。

 もしかしたら、その素材は……。

 この村の近くにあるかもしれない。


「オイ……。『伝説のオリハルコン』があれば良いんだな?」


「いや、まぁ。そうやけど、あてはあるんか?」


「『伝説のオリハルコン』はこの近くに……ある」


「何やとっっ!?」


「直ぐに取ってくる。オマエは剣を作る準備をしておけ」


 俺はすぐさま外に出て、「転移」スキルを発動しようとする。

 が、俺はスキルの発動をキャンセルしていた。

 何故なら、俺に向かって一人の村人がこちらに向かって駆け出してきたからだ。


「オイ、アンタッ! 一応勇者なんだろ! またあのダンジョンから魔物が湧いてきたんだ!」


「何だと……!? また繫殖期が始まったのか!?」


 村人の大声に気づいたのか、村長も俺達の元へ近づいてくる。


「いや、言うてここには剣聖の嬢ちゃんがおったやろ? 最近の魔物はごっっつ強なったけど、彼女がおったら平気や」


「いや……それが……。剣聖様と聖女を名乗る二人は遠くから見た感じ、魔物に一方的に攻撃されているように見えたんだ!」


 村人の発言に俺は顔を青ざめさせ、すぐさま問い詰める。


「オイ! テメェはどうしてそれを今頃になって報告しに来た!」


「いや、それが……『ゴミ勇者は足手まといになるから絶対に呼ぶな』と剣聖様が……」


 アイツッッ……!

 何のために俺がわざわざこの村に入って来たと思っているんだ……?


 俺は村人の発言を最後にすぐさま「転移」スキルを使用する。

 行先は勿論アルス村近くのダンジョンだ。


 光に包まれた俺は一瞬にして彼女たちのいる場所に到着したが、あまりの光景に一瞬にして全身の血の気が引いた。


「オイ……。何てザマだっっ!!」


 ダンジョンから湧いた大量の魔物に、アリシアとメイは既に討たれていたからだ。

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