第53話 宣戦布告
俺とメイ、ネネは謁見の間を後にし、城の外へと出ていた。
俺はまだ合流できていないアリシアを探したいところだったが、メイが「それは後」と詰め寄ってきたのだ。
結果、俺達は街の噴水広場の近くに移動し、情報を整理していた。
「で、『聖剣アロンダイト』が無いって話になったけど、アルスはこれからどうしたい?」
「俺はそれでも魔王を倒したい……かな」
現れた「勇者シリーズ」は魔王軍四天王の実力を遥かに上回る。
彼らをすぐにでも倒し、魔王メリッサを倒さなければこの大陸に平和は訪れないからだ。
「そう言うと思った。だけど、アルス。そもそも魔王を倒すには何が必要だと思う?」
「仲間、かな」
即答していた。
何故ならこれまで俺は何度も皆の協力のお陰で苦難を打破し、ここまで来れたからだ。
特にネネの助けがなければ、今頃俺は命が無かっただろう。
実際、今の彼女はメイの太股に頭を乗せて深い眠りについているからだ。
ダインさんから裏で聞いたが、ネネは王都の兵に捕まってからというもの意識が失ったかのような深い睡眠状態がずっと続いていたらしい。
これは恐らく、エルト砂漠で彼女が神獣石を消費しすぎた代償によるものだろう。
俺はネネと再会したことで、改めて自分の未熟さを痛感し、仲間の大切さに気付いたのだ。
が、メイは俺の「仲間」という意見を完全には納得しない。
「勿論それも大事。だけど、わたしは多分それだけじゃ魔王に挑めないと思う」
ふっと息を吸って真剣な表情になった彼女は自身の主張を俺に伝える。
「わたしはアルスの『仲間』に加えて、『剣』と『手段』が必要だと思うの」
「剣と……手段?」
魔王メリッサを討つために必要な「聖剣アロンダイト」だが、皮肉なことに彼女に回収されてしまっている。
現在ダイン副騎士団長が魔王メリッサを倒す方法を必死に探してくれているが、良い知らせを聞けるのかは正直分からない。
「剣はダイン?っていう人の報告待ちだけど、問題は手段ね。わたし達は魔王メリッサのいる本拠地に行く必要があるの」
「魔王メリッサの本拠地?」
これまでの情報によると、魔王メリッサはこの王都、魔天空城と影で行動してきた。
少なくともこの大陸のどこかにいると思っていたが……。
「恐らくだけど、わたしはもう魔王メリッサはこの大陸にいないと思う。アイツは『聖剣アロンダイト』を回収し、やることはやったしね」
「ってことは今、魔王は……」
「ええ。彼女を倒すには世界の最北端にある『忘らるる大陸』に行かないといけない」
「忘らるる大陸」。
そこに魔王がいることはこの大陸にいる全員が知っている。
加えて、そこに向かった者は必ず帰ってこないということも……。
「ねぇメイ。『忘らるる大陸』に行くには船を使えば良いのかな? だけど、あそこに航海できた話は聞いたことが無いんだけど……」
「アルスの言うとおりね。あそこには人を迷わせる大規模な謎の
「じゃあ、現状『忘らるる大陸』に行く手段が無いってことか……」
メイが俯き、俺もしばらく黙っていると、俺の名前を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえてくる。
「アルス様ー!!」
剣聖のアリシアだ。
彼女とは魔天空城ではぐれていたが、どうやら無事だったらしい。
アリシアは俺の元へ笑顔で一気に駆け出してくる。
「アリシア! 無事だったのかい!」
「誰、コイツ?」
何故かぶっきらぼうに吐き捨て、アリシアに警戒度を剝き出しにするメイ。
「あ、ああ……。メイ。紹介するよ。彼女は剣聖のアリシアで俺のパーティに入ってもらっているんだ」
「……」
「……」
何故かアリシアはメイに向き合い、彼女の全身を下から上へと移動するように眺め、特に胸辺りを注視する。
そして何かを確信したのか、余裕そうな笑みを浮かべるアリシア。
「フッ、勝った」
「ちょっ!? アルス、何コイツ!? 今わたしに向かってとんでもないことを口にしたんだけど!?」
「まぁまぁ……。メイ、落ち着いてよ」
「落ち着けるわけないでしょっ! っていうか剣聖って学校卒業したてのガキでしょ。わたし達には敬語使いなさいよ!」
「ええ、畏まりました。おばさん」
「誰がおばさんよっ!」
「あの……。真面目に今後どうするかの話をしたいんだけど……」
はぁ、とため息を吐くと、くるりと体を俺に向けるアリシア。
そして、彼女は俺に見覚えのある黒いマントを差し出す。
このマントは……。
「それより、アルス様! あの魔天空城でアルス様が私を助けて下さったのですね! よりにもよって何故あのゴミ勇者のマントを渡したのか分かりませんが……」
彼女が持っているのは魔天空城にいたレオンのマントだ。
スキル「千里眼」で魔天空城を確認した際に見たので、間違いなく彼の所有物であることは分かるが……。
「ど、どうしてアリシアがこのマントを?」
「? 私は魔天空城でゴミ勇者と共に転移した魔王を追いかけたのですが、意識を失ってしまったのです。気がついたら、王都から離れた場所に転移していましたが、アルス様の助けではないのですか?」
「いや、違うけど……っていうかアリシア! 魔王と会ったの!?」
「え、ええ……。そうですが……」
いきなり出てきた魔王という単語に俺は大きくため息を吐く。
アリシア……。
相変わらず無茶をする……。
「アリシアが無事で本当に良かったよ……」
俺は彼女が今もこうして帰ってきてくれたことに安心したが、アリシアはどこかまだ納得していない様子だ。
「アルス様! あの時私を助けてくださったのはアルス様ではないのですか!?」
再度俺に詰め寄るアリシアだが、それでもやっぱり同じ返答しか出来ない。
「い、いや違うよ……。魔天空城でアリシアを見失って以降は城が崩れて、俺は何も出来なかったんだ……」
「だとしたら何が? 私は確かに魔王の元へ向かいましたが、こうして無事に帰ってきています。アルス様の助け以外ありえませんっっ!」
何故か徐々に声量が大きくなるアリシア。
そんな彼女の話を静かに聞いていたメイが口を開ける。
「アンタの言うその『ゴミ勇者』は『転移』スキルを使えるわ。わたし同様、あそこで何かしらの力を手に入れてたらね」
腕を組んでいるメイがそう説明すると、アリシアはプレッシャーを放ちながら、カキリと首を彼女に向ける。
「なら貴方はあのゴミ勇者が私を助けたと? 冗談を……。それこそありえない」
俺はアリシアに対して持っていた疑問が何となく解決できた気がした。
彼女は認めたくないのだ。
万が一の可能性を……。
だけど……。
俺はその可能性を信じてみる価値はあるのではないかという気持ちが芽生えた。
「ねえ、メイ。もしレオンが本当に『転移』スキルを使えるなら、『忘らるる大陸』への移動手段で彼の力を借りられないかな?」
魔王メリッサを倒すために必要な手段を俺は提案したつもりだ。
しかし、アリシアは信じられないという表情で俺の顔を見る。
「流石に……冗談……ですよね……アルス様?」
「私も後輩ちゃんに同意見。アルスも知っているでしょ、既にアイツが指名手配されていることを。アイツはもうそれだけのことをやったの」
確かに、先程俺達が謁見の間で国王と会って以降、レオンを探しているという旨の紙が王都内を出回っている。
城から出る際、国王に仕える密偵も動き始めていたことから、彼に明るい未来は無いのかもしれない……。
しかし、それだと俺達はどうやって「忘らるる大陸」に行けば良いんだ?
「だいたい。今アイツは生きているのかしら? 理由は分からないけど、後輩ちゃんの話だと魔王メリッサに連れ去られたんでしょ?」
メイの言う通りだ。
アリシアの話だと、レオンは魔王と共に姿を消したらしい。
そして……もし仮にレオンが生きていたとしても、既に彼を捕まえるため密偵が動いているとしたら協力は……。
今後の方針が分からなくなったところで俺は静かに唇を嚙み締めていると、何やら近くの兵が突然大声で騒ぎだす。
「オイ! 大変だ! 全ての魔物の脅威度が二段階も上昇した!」
「ダークゴブリンが王都にいきなり襲い掛かってきたぞ!」
「ミノタウロスがキングミノタウロスに進化し始めた!」
「なっ……!?」
「アルス様……」
「何が起こっているのよ!?」
魔物の脅威度が二段階も上昇しているだとっ……!?
恐らくだが、こんなことが出来るのはもう魔王メリッサしかいないだろう。
自分達には作戦を立て、魔王討伐の方法を考える猶予があると思っていたが、その選択の余地も削ろうとしているのか……。
だけど……。
今、俺が何をするかは既に決まっていた。
「メイ! 出来る限り眠っているネネの傍にいてくれない?」
「ちょっと! アルスはどうするつもりなのよ!?」
「アリシアと一緒に今すぐ魔物の群れを倒しに行くよ。だけど、アリシア。悪いけど、魔物は全て俺に倒させてくれないかな?」
「とどめをアルス様に譲れば良いのですか?」
「ああ。悪いけど、俺のレベルを集中的に上げさせて欲しいんだ。俺はもっともっと強くなる必要があるから」
パーティメンバーの経験値はポイント・エージェンタで後から付与することが出来るが、この能力は俺自身に使用できるわけではない。
俺が強くなるには自身の力で魔物を倒す必要があるのだ。
「分かりました」
俺はアリシアと共にすぐさま王都の外へ向かうが、あまりの魔物の多さに言葉を失っていた。
Bランク以上の魔物が大量に発生していたからだ。
「こんな魔物の量は今まで見たことが無いぞ……」
俺は槍スキル「乱撃」で次々と魔物を倒していくが、やはり脳裏にあるのは、いまこの世界で起きている状況だった。
強敵の「勇者シリーズ」に無くなった「聖剣アロンダイト」。
そして二段階も脅威度が上昇した世界中の魔物。
もしかしたら、この世界は本当に不味いのかもしれないな……。
これから強敵と戦うため、強い気持ちを持っていないといけないにもかかわらず、俺の心には暗い気持ちがじわじわと広がっていた。
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