第50話 アルスの完全敗北

 勇者の凄まじく強烈な斧の一撃が入り、俺は全てを後悔する。


 ごめんっ……メイ!

 死を確信した俺だが、勇者の攻撃と共に、背後から魔法を詠唱する声が耳に届く。


「――――ハイヒール――――!」


 刹那、俺が勇者に攻撃された箇所は一瞬にして回復していた。

 俺はすぐさま「身体強化」で横に緊急回避するも、背後でメイが怒りを露にする。


「諦めんな! バカッッ!!」


 助かった……。

 と、いう安心と同時に俺は真逆の焦りを感じていた。


 不味いッ……。

 全ては俺の所為だ……。

 メイは勇者が提示した条件を破り、回復魔法を使用してしまったからだ。

 その後、勇者が何をするのかは容易に想像がついた。


「アアン!? オイ、テメェ! 一騎打ちに水を刺しやがったな! 覚悟は出来てるんだろうなッ!!」


 ターゲットを俺からメイに変更した勇者。

 俺を無視した彼はザッザッザッと彼女に歩を進める。


 あいつを今すぐ止めないと!


 俺は魔天空城で獲得した新しい切り札を再度確認する。

 それはメイの呪いを解除するポイント・エージェンタ(真)を獲得するために解放した、最後の魔法スロットだ。


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魔法スロット一覧

スロット1:ファイアーボール★★★

スロット2:無詠唱

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――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

〇魔法スキル《無詠唱》

魔法の道を極めた者のみが使用可能。修得した魔法を詠唱することなく発動することが可能。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 俺は勇者に身体強化で再度一気に加速する。


「うおおおおッッ!!」


 これで決めるっ……!


「ハッ! ザコがちょこまか動いたところで変わんねぇよッ!」


 俺は片手に「ウェポンボックス」から取り出した斧を装備しているが、これはブラフだ。

 勇者の背後をとった俺は詠唱を含めた予備動作無しに、ファイアーボールを放つ。


 ゴオオオオオオッッッ!!


 目の前の勇者は俺達に勝てる確信をしていた油断もあり、ゼロ距離で放った俺の魔法を避けることは出来なかった。


「ぐあっ……!! コイツッ! 『無詠唱』スキルを持っていやがったのか!? 考えてやがるッッ!」


 ファイアーボールがクリーンヒットし、遠くへ吹っ飛んでいく勇者。


 しかし、彼は仰向けで倒れているだけだった。

 ファイアーボールが完璧に命中したのに、致命傷になっていないっ……!?

 魔物や魔族を一撃で消し炭にする魔法だぞ!?


 むくりと立ち上がる勇者に俺は呆然とその場で立ち尽くしていると、俺達に向かってある人物の叫びが聞こえてくる。


「そこまでですよ! 『斧の勇者』!」


 見ると、俺達の間に一人の男性がいた。

 眼鏡をかけ、長い帽子に黒いローブをした魔導士と思える人物だ。


 この人……何処から現れたんだ?


「ああっ? 何だテメェは?」


「私は『魔の勇者』です」


 魔……の勇者だと……。

 また現れた勇者に戸惑っていると、俺の傍に駆けつけてきたメイが魔の勇者に問い詰める。


「はぁ!? ちょっとどういうこと!? 何でこんなに勇者がいるのよ!?」


「私達は魔王メリッサ様から魂を分け与えてもらい、再びこの世界に舞い降りることができたのです」


「魔王……メリッサだとッ……!?」


「あの女が魔王……。何となくそんな予感はしていたけど……」


 メイから聞いていたメリッサという人物は人間ではなく、魔族の頂点に立つ魔王だったのか……!

 だとしたら魔天空城、国王達とメイを呪ったのは全て魔王がやったことなのか。


 いや……それだけじゃない。

 魔王は自身が殺した勇者の「誇り」を踏み躙って生き返らせたのだ。

 大陸の英雄である勇者を従わせるというありえない所業だが、最強の魔王なら可能なのかもしれない……。


 魔王メリッサという単語からしばらく言葉を発せなくなる俺とメイ。

 しかし、そんな俺達の感情を無視して斧の勇者は叫び声をあげる。


「今はメリッサのことなんかクソどうでもいいんだよ、魔の勇者ッ! 俺とアルスの戦いを邪魔すんじゃねェ!」


 怒りの矛先を俺達から魔の勇者へ向けた斧の勇者。

 この場にはピリピリとした空気が漂うが、魔の勇者は冷静にチャキリと眼鏡を上げる。


「やれやれ。確かに私達は彼を始末する使命を帯びていますが、勝手な行動は慎んでもらいたいのですよ斧の勇者。

 だいたい、貴方は本来の力を取り戻すまで待機だったはずです」


「あ? なら、オマエがアルスを殺るのか?」


「私は『絶対に勝てる勝負』しかしないと決めているので。それに私含め、復活した『勇者シリーズ』はまだ彼らと戦えるほど体力が回復していないのですよ」


 「勇者シリーズ」という単語から俺は驚きを隠せなくなる。


「ま、まさか……勇者は他にもいるのか!?」


 魔の勇者にそう投げかけるも、彼は俺を静かに睨み付ける。


「何故……それを貴方に教えないといけないのです?」


 スタスタと斧の勇者の元へ歩を進める魔の勇者。

 そして……。

 彼らの足元には魔法陣が現れる。

 魔の勇者は「転移」スキルを使えるのか……!?


「オイ、アルスッッ! 覚えてろよっ! 次、会った時はオマエの脳ミソをぶちまけてやるっ!」


 刹那、魔の勇者が「転移」スキルを発動し、勇者達は俺達の前から完全に姿を消す。


 俺とメイは彼らのあまりの強さに呆然と立ち尽くしていた。

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