第41話 【SIDE勇者】特異点

 ダンジョンに挑戦していた俺とメイ、メリッサさんは休憩に入っていた。

 どうやらここのダンジョンには魔物の侵入を一切許さない部屋があるらしい。

 主に冒険者が泊まるための用途で使われているのだろう。


 その部屋で俺はメリッサさんと談笑するつもりだったが、何故かメイに呼び出される。それも、メリッサさんから離れた別部屋だ。


「何だよ。用件があるなら手短に終わらせてくれないか?」


 俺は目の前で腕を組んだメイにぶっきらぼうに吐き捨てる。


「あのメリッサとかいう女だけど、関わらない方が良いわ」


「ハハハッ! そうかメイ! 俺に構ってもらえなくて嫉妬しているのか!」


 俺は笑いながらメイにそう伝えるも、彼女は近くに落ちていた石を握りつぶし、サラサラと砂が落ちる。


「死ぬ?」


「チッ……。冗談だよ」


 ッたく、コイツとは孤児院からの付き合いだが、どこが【聖女】なのか俺には全く分からない。どう考えてもメリッサさんの方が聖女に適性がある。


 そんなことを考えていると、メイは露骨に溜息を吐く。


「さっきも言ったけど、こんな茶番に付き合ってられないわ。現にここの魔物はあの女に操られているの」


「は? メイ、お前は何を言ってるんだ?」


「あんたがさっきから魔物にとどめを入れようとする度、敵が襲ってきたでしょ。ここの魔物は残り体力が僅かになった時点で最後の力を振り絞るように命令されているの」


「ハッ! 言っている意味が分からないな! だいたいお前に何でそんなことが分かるんだ? 俺には全く分からなかったぞ」


「多分【聖女】のユニークスキルね。何故かは分からないけど、あの女が闇魔法を使った残滓がわたしにはハッキリ見えるの。だからもうあの女とは金輪際関わりを……」


「……ッ! メリッサさんがそんな何かを企んでいるわけがないだろ! 言っておくが、俺は絶対に彼女をパーティから追放したりしないぞ!」


「はあ? あんた正気? わたしの言っていることが分からないっていうの?」


「当たり前だろ! お前が嘘を付いていない保証がどこにある!」


 俺がそう告げた瞬間、彼女は溜まっていた怒りを一気にぶつけてくる。


「だいたいあんたねえ、ここのダンジョンに挑戦するよりも前に、あたしに報告することがあるんじゃないの!!」


「何だよ。そんなのあるわけないだろ!」


「じゃあ単刀直入に聞くわ。あたしの親友、ネネちゃんはどこ?」


「うっ……! 俺の前で二度とアイツの名前を口に出すな。やる気が失せる」


「もしかして……。アルスのところに行ったとか?」


 コイツ……とんでもねぇな……。

 女の勘ってやつか?

 俺のぎくりとした顔から全てを察したのか、メイは真剣な表情になる。


「ねぇ。何があったの? 教えてよ」


「ハッ! 別に何でもねえよ。アイツが抜けたいって言ったから出ていかせただけだ」


「あれだけ彼女をこき使ってたあんたがそんなことを認めるとは思えないんだけど」


「チッ……!!」


「今すぐ2人に会いに行きましょ。わたしがワケを説明するから。それでいいでしょ?」


 アルスとネネに会いに行くってことか?

 マジでコイツ……!頭がいかれてやがる!


「そんなの駄目に決まってるだろ! だいたいネネに関しては絶対に帰ってこない!」


「は? 何でよ」


「この際だからハッキリ言わせてもらう! 俺がアイツの里を滅茶苦茶にしたからだ。それで、ネネも含めた獣人たちは俺を恨んでいる」


「うそ……信じられない……」


 彼女は口を押さえ、その場から動かなくなっていた。

 しばらく俺とメイは無言になるも、フッと息を吐いて彼女が沈黙を破る。


「でも……また一からやり直せば何とかなるわ。悪いことをしたと認めて責任をとるの。そうすればネネちゃんだって許してくれるわ」


「そんなことするわけないだろ! だいたいアイツに謝るなんてことをしたら俺の価値が下が……」


「ちょっとぐらいわたしの言うことを聞いてよっ! どうしていつもそうなのっ!」


 瞬間、俺は彼女の顔を直視出来なくなる。

 目の前の幼馴染は目を真っ赤にしてポロポロと涙を流していたからだ。

 それだけじゃない。彼女は唇を嚙み締め、肩を上下させている。

 しかし、俺は彼女と違って興奮しないよう、努めて平静を装う。


「なに泣いてんだよ……。言っとくけど、そんなことしても俺の意志は変わらないからな……」


「もう限界! これ以上わたしをガッカリさせないで!」


 メイがそう言うと同時に、俺の頬には激痛が走り、首はミシリと軋む音を立てていた。

 一瞬何が起こったのか分からなかったが、どうやら俺は彼女に頬を平手打ちされたらしい。

 今まで俺は何度も彼女に、怒られ、呆れられ、喧嘩をしてきたが、ここまで感情を吐露されたのは初めてだ。

 俺は黙って俯きながら叩かれた箇所を押さえていると、彼女は早口でまくしたてる。


「あんた、昔は良い奴だったじゃん! 元のレオンに戻ってきてよ!」


「昔だと? 今も昔も俺は俺のままだ。変化なんかしていない」


「はっきり言って、別にあんたのことは嫌いじゃないの! ただ、アルスより心配なのっ!」


「は……何を言って……るんだ?」


 そんなわけねェだろ。

 コイツはただの幼馴染っていうだけで俺のことは大嫌いだったはずだ。

 今ここにいるのもメイのユニークスキル【聖女】の縛りがあるだけで、彼女は俺のことをずっと我慢してきた。

 アルスさえこの世にいなければ俺と彼女は絶対同じパーティになっていないだろう。


 俺はメイの発言に混乱していると、彼女は荷物を纏め、この場から去っていく。


「さよなら……」


 最後にそう告げた彼女は、俺の前から完全に姿を消していた。


「なんっなんだよ、アイツは!!」


 俺はドンと石壁を殴打する。


 ああ、畜生!これで、俺以外全員いなくなりやがった!

 これもアルスを追放したのが原因なのか?因果応報ってやつなのか?


 俺は拳が血まみれになるまで壁の殴打を止めなかったが、痛みは感じなかった。

 それ以上に、俺の心には針を刺すような痛みが走ったのだ。


 アルス、アリシア、ネネ。

 アイツらへの復讐を考えていた俺だが、ここにきてもうどうでも良くなってくる。


 俺の中で何かが変わったからだ。いや、壊れたというべきか。

 そう。自分が初めて全知全能ではないことを思い知らされたのだ。


 俺は自嘲するように一人で笑う。


「らしくないな。こんなことを考えるなんて……」


 アイツの涙がきっかけか?

 いや……。そんなわけ……ねェだろ……。


 ただ……。今すぐメイを追いかけないと、もう何もかも手遅れになる予感だけはしていた。


 俺は彼女を探しに行くため、部屋から抜け出そうとするも、不意に一人の人物に呼び止められる。


「あらあらあらあら、どうしたの~。随分と大きな声が聞こえてきたけど~」


 メリッサさんか……。

 いつから近くにいたのか分からないが、俺はすっかり彼女の存在を忘れていた。


「私で良ければ相談に乗るわ~」


「いや、なに。少しメイと揉めただけです。すぐにアイツは帰ってきますよ」


 今まで俺は躊躇なく嘘を付いてきた。

 嘘を吐いているうちに、次第に後ろめたい気持ちも無くなり、慣れてきたからだ。

 しかし、今言葉に出した嘘は俺の心に痛みが走っていた。


 メイはもう二度と帰ってこない……。


 しかし、そんな俺を慰めるようにメリッサさんは女神の微笑みを向けてくる。


「貴方は悪くないわ~。全ての原因はメイちゃんよ~。そう思わない?」


「どうかな……」


 彼女の発言に俺は思わず苦笑いしてしまう。

 財産、仲間、力、権勢を失った俺は全ての原因がパーティメンバーにあるとは思えないからだ。


「ねぇレオンくん。メイちゃんを取り戻したいと思わない?」


「は?」


 そう言ってメリッサさんはこれまで見たことのないような禍々しいオーラが発せられた紙を俺の前に差し出す。


「これはさっき私が言ってた契約の話。

貴方がこの『闇の誓約書』にメイちゃんの名前を署名した瞬間、彼女はレオン君の言うことを何でも聞いてくれるのよ~。勿論、貴方の望む力も手に入るわ~」


 メリッサの説明を聞いた瞬間、俺は思わず笑いがこみ上げてくる。


「クックックックッ!!」


「どうしたのかしら~? レオンくん」


「ハッ! とうとう尻尾を出しやがったか! そんなことだろうと思ったぜ! 学習してんだよこっちは!」


 宗教勧誘か知らねぇが少なくともコイツが打算で俺に近づいてきたことは確実だ。

 一瞬だけ危なかったが、ようやく気づくことができた。

 メイを認めざるをえないが、今目の前にいるメリッサはヤバい。


 俺は『闇の誓約書』への署名を拒絶するや否や、目の前のメリッサはくしゃっと困った顔になる。


「オマエの正体が誰だか知らねぇがざまぁみろ! 二度と俺の前に姿を現すんじゃね……」


 コルスパァァァンッッ!!


「ぐあああああああああぁぁぁっっっ!!??」


 メリッサがありえない速度で剣を抜いた瞬間、俺は大きな悲鳴を上げていた。

 左腕を一瞬にして切断されたからだ。

 痛いなんてレベルじゃない。

 斬られた腕の箇所が一瞬冷たくなるも、瞬時に全身が燃え上がるような熱さに襲われる。


 コイツ……。遂に本性を現しやがったかっっ……!!


 フーフーと呼吸しながらメリッサを睨み付ける。


「『闇の誓約書』に署名すると誓いなさい。貴方が死ぬのよ?」


 今まで母性溢れるオーラを放っていた彼女は打って変わって、俺に冷たく吐き捨てる。


「馬鹿がッ! アイツを見捨てるよりマシだ!」


 メリッサの差し出した「闇の誓約書」は絶対にヤバイ。

 あれに署名した瞬間、俺だけでなく、メイにも何らかの不幸が訪れるとしか考えられない。


「どうして契約しないの? 貴方は聖女が嫌いなはずよ」


「俺は勇者だぞ。アイツを売るわけがないだろ!」


「はぁ、もう使えないし良いわ。『闇の誓約書』は自分の意志で署名してくれないと効果が弱くなるんだけど……」


 そう言ってメリッサは人差し指で俺の額に触れる。


「な、何をするっ!!」


「貴方を呪って『闇の誓約書』に署名させる。

 勇者がこの誓約書に署名することで、私は聖女も操ることが可能になるの。

 この作戦で行くわ」


 瞬間、俺の視界が突然ぐにゃりと変形した。

 遅れて全身に激痛が走り、汗が止まらない。

 三半規管が異常だと主張するか如く、くるくる眩暈が襲ってきて、俺はその場で嘔吐しそうになる。


 とにかく気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。


 そうこうしているうちに、俺の目の前は真っ暗になった。

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