第13話 【SIDE勇者】アルスを侮辱して剣聖にブチギレられる

「勇者レオン、中へ!」


 案内役の声に従い、俺は謁見の間へズカズカと侵入していた。

 ここには来たくなかったのだが、アルス村から宿に帰ろうとする途中で、あっけなく騎士に連行されたのだ。


 俺は歩を進めるが、奥にいた国王は険しい顔をしていた。


「話は聞いておる。何故呼ばれたのか理解しておるな?」


「え、ええっと……。どういったご用件でしょうか……?」


「依頼を無視し、勇者としての任を全うしなかった件だ! どうなのだ、レオン!」


「ヒッ!! そ、その件についてはこちらで不手際がございまして……」


「言い訳を聞きたいのでない! 全く……本当に反省をしておるのか」


 ッ……!

 このクソジジイが……ぶっ殺すぞ!

 ギルドの依頼をたった一つすっぽかしたぐらいで何故俺がここまで言われないといけない!

 はらわたが煮えくりかえりそうな中、俺は出来る限り反省の意を示す。


「ええ。反省につぐ反省をして参りました。二度とこのような失態を犯さないと誓います!」


 俺はこれで老人の心を掴んだと思ったが、まだ国王は微妙な表情をしていた。


「うーむ。どうもわしはお主が信頼に値するかまだ決めかねておる」


「そ、そこを何とか! どうかわたくしめにご慈悲を……!!」


 俺は一生懸命へこへこし、機嫌を取っていると遂に国王は口を開く。


「ではこうしよう。先程、謁見を済ませた者に『神獣の里』で魔王軍討伐の依頼を頼んでおる。お主もそこへ赴き、何か成果をあげてみせよ」


 ぐっ……魔王軍討伐だと……。

 魔族は最低でもBランクに位置しているため、そこらの魔物とは強さが全く違う。

 ましてや国王の頼みだ。やばくないわけがない。


 それに国王の発言に一ヶ所気になるところがあった。

 「先程謁見を済ませた者」だ。

 アルス村での一件から、これはもう十中八九、俺の知っているアルスだろう。

 村から英雄扱いされただけでなく、国王から信用されている事実を突き付けられた俺は全身の血が逆流しそうになる。


 アルスの分際で調子に乗りやがって……。

 これ以上アイツが世間から評価されるのはごめんだ。

 一刻も早く功績をあげる必要がありそうだな。


 そんな俺の考えをよそに、国王は説明を続ける。


「分かっておるな。お主はここで成果を示さなければ正式に【勇者】の称号を剝奪する」


 な、何だとッ……!?。

 今このクソジジイ何て言った?【勇者】を剝奪とか冗談だろ?


 【勇者】という肩書はパスポートみたいなものだ。

 これがあったおかげで、どこで何をやっても許されてきた。

 出禁は食らわないし、食事や生活にも困らない。やりたい放題だった。


 しかしこれが無くなるとどうなる?

 今後の生活に暗雲が立ち込めるだけじゃない。

 【聖女】メイが俺の元にいる理由も無くなる。


 国王の要求に圧倒された俺だが、声高らかに宣言する。


「承知致しました! 魔王軍の討伐。必ずややり遂げましょう!」


 フン。俺はレベル1だが、まぁ良い。

 1時間後、剣聖と会う。

 彼女さえいれば、どんな艱難辛苦も打破できるだろう。

 俺は意気揚々と謁見の間を後にしていた。



――1時間後。


 俺は一人豪華な部屋を貸し切って晩餐会を開いていた。


 遂に。

 遂に遂に遂に。

 あの剣聖と会えるッッ!


 ナイフとフォークでドラゴンのステーキを食べていると、ドアがニ、三度ノックされた。


「失礼致します」


 待ち焦がれていた剣聖が姿を現した瞬間、俺は彼女に度肝を抜かれていた。

 何故なら彼女はこの星の人間と思えないくらい整った顔立ちをした金髪碧眼の少女だったからだ。大陸中を探しても彼女以上の美少女がいないことは間違いないだろう。


 それに注目するのは人形のような顔だけでなく、剣士と思えない程華奢な肢体だ。

 寸分も贅肉を許さない体に、出るところは出ている姿を見て、俺は顔を二チャアと歪ませる。


 良かった。念の為、朝までここを貸切って。

 なめまわすようにひとしきり彼女を見てワインを一口飲んだ後、ようやく俺は彼女に挨拶をする。


「剣聖のアリシアだな。俺のことはレオン様で良い」


「はぁ……」


 どこか間の抜けた返答をする彼女だが、俺は気にせず言葉を紡ぐ。


「勇者としてパーティを指揮してきた俺だが、元いたメンバーの一人が余りにもポンコツで大変だった」


「はぁ。どなたか存じませんが……。そんなことがあったのですね」


「ハハッ。そうなんだ、大変だったのだよ。まぁキミは【剣聖】だから、【勇者】の俺同様、優秀だと……」


「あの……。出来れば早く本題に入っていただけませんか?」


 チッ……何だよ。釣れないな。

 俺がいかに優れているか、抜けたヤツがいかに間抜けだったかを共に笑い合おうと思っていたのに。


「ああ。単刀直入に言わせてもらうと、アリシア。君の力を借りたいんだ。既にいくつかのパーティ勧誘を受けていると思うが、決して後悔はさせない。是非俺の右腕となって活躍してくれ」


「すみません。既に所属パーティは確定しているのです」


「何だと……」


 チクショウ!学校の指導教官に会った時はそんな話していなかったぞ!

 それに、この町に俺以上に有名なパーティがあったか?

 そんな奴がいるなら煮るなり焼くなりして、彼女を返してもらう必要がある。

 アリシアの所属パーティが本当に【剣聖】に相応しいかの確認も込めて、俺は彼女に問い詰める。


「ち、因みに、誰だ? そのパーティのリーダーは?」


「アルス様ですっ!」


「!!!!!!????」


 一瞬、俺は頭がくらっとしてめまいを感じる。

 アリシアはヒマワリの様な笑顔を浮かべているが、ぐにゃりと変形しており、よく確認できない。

 キ――ンと遅れて耳鳴りもしたが、俺は意識を失わないよう己を律する。


「すまない。どうやら俺の耳にゴミが入ったらしい。もう一度リーダーの名前を教えてくれないか?」


「アルス様ですっ!」


 彼女がそう告げた瞬間、俺はナイフを握っている右手をテーブルにドンと振り下ろす。


「ッざけるなっっ!! アルスがお前と釣り合うワケ無いだろ!? 何だ? アイツに操られているのか!?」


「アルス様は優しい心をお持ちだからお慕い出来るのです。それに、貴方は村を見捨てたと町中で噂になっていますが、どうなのですか?」


「ハッ! 無能を崇めるアルス村だろ。あんな小さな村、救わなくて正解だった」


「村を見捨てた勇者……!? 半信半疑だったがやっぱり本当……!」


 ドン引きしている彼女だが、コイツも駄目だ。

 奴隷のネネ同様、俺が色々と教えてやる必要がありそうだな。


「第一、さっき言った元パーティのポンコツもアルスだ! アイツがどれだけ無能だったか今から説明してやるよ!」


「お世話になった先生方から話だけでも聞いてみなさいと言われましたが、まさかここまでとは……。貴方とは二度と会いたくありません」


 そう言って、彼女は部屋から出ていこうとする。


 畜生ッッ……!アルスのことになって、言い過ぎたか。

 だけど、今ならまだ間に合う。


「金をやるっ! 金貨100枚。いや200枚だ!」


 ありえないほどの高待遇を示したが、彼女は意に介さずドアノブに手をかける。


 無視。この【勇者】である俺を無視だとッッ……!

 それに、コイツは俺の申し出を断って別のパーティとして活動する。あの糞アルスとだ。


 俺の所有物になるはずだった女がアルスに取られる。

 腹の虫が収まらず、俺の何かはどす黒い怒りと憎しみでいっぱいになっていた。

 何かこの女に仕返しをしたい。何か。そう。たった一言で良いんだ。


 熟考に熟考を重ねた結果、俺はその場でニタリと笑みを浮かべる。


「はっ! お前も大変だな! ポンコツのおもりをするのは!」


 ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!


「ヒッッ!! ヒイイッッ!!」


 彼女がこちらに振り向き微笑を浮かべた瞬間、背後の窓ガラスはパリンと音を立てて崩れていた。

 女神の微笑?いや、死神?

 否、否、否。

 そんなものでは到底足りない。

 この圧迫感、緊張感。さっきの村人達のオーラを遥かに凌駕している。

 恐怖で身体が動かない中、剣聖のアリシアは俺の元へ歩を進める。


「レオン様」


「ひあっ! は、はいッ!!」


 彼女は俺が使っていたナイフとフォークを取り上げる。


「?」


 ダンッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!


 気がつくと、俺の両手は二本の食器で固定されていた。


「ぐああああッッッ……。な、なにをするっっっ!?」


 彼女が振り下ろしたナイフとフォークは俺の両手を貫通し、テーブルで完全に固定されていた。


 長い髪をかきあげたアリシアはスタスタとドアへ向かう。


「貴方はそこでずっと座っていてください」


 俺はその場から立ち上がり追いかけようとするも、両手が封じられているため身動きが全く取れない。それに、動かす度に激痛が走り、テーブルの布はみるみる血で染まっていく。


「イダダダダッッ!! 痛いッッ!!」


 痛いうえに抜けない。どうすればいい?

 そうこうしているうちに、彼女はこの部屋から退出し、俺一人が無様な格好で残されていた。


「畜生、覚えていろよ! お前らより先に神獣の里で功績を残してやるッッ……!」


 俺は咆哮をあげていた。




 レベル1になり、片耳を失い、肋骨を骨折し、剣をまともに握れなくなった勇者レオン。

 しかし、彼の元に降りかかる災厄はまだ終わらない。

 そう、彼のパーティからはもう一人の仲間が抜けようとしていたのだ。

 そして、舞台は神獣の里へと変わる。

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