バウンティハンターリープ・ミー《戦闘魔女狩りハンターシリーズ》

水原麻以

闇の誘惑

●  


凱旋から始まる人生ほど痛快なものはない。フランソワが我に返ったとたんに喝采と賛歌と祝砲と喧騒の渦に吞み込まれた。

訳も分からぬまま人いきれと汗の洗礼を浴びつつ、屈強な手に導かれて群衆を潜り抜けた。

体臭のトンネルを抜けるとやけに眩しいホールに出た。

大理石の床に宝飾された玉座と譜面台のようなディスプレイだけが置いてある。

みまわすと50メートル四方の辺を兵士が固めている。

「さぁ、ご命令を」

髭面の「将軍」と名乗る男が指示を仰いている。

「わ、私はどうすればいいのだ」

自分の正体も状況もわからぬままフランソワは期待に応えようとする。本能的なものだろうと、彼は感じた。なぜだから知らないが奉仕したい気持ちでいっぱいだ。跪かれて悲しんだり憤る男は珍しい。

「征(いけ)とただ一言、おっしゃればよろしいのです」

将軍は懇切丁寧にパネルの使い方を指導した。細かい調整は部下がやる。勢力図のアイコンを選択しフランソワ自身の言葉で語り掛ければよい。

「諸君の双肩にかかっているとか、武運を祈るとか、勝利は私と共にあるとか鼓舞していただければ幸いです」

言われると気分が良い。それでフランソワは各方面軍の指揮官に次々と命令を下していった。

「御意!」

「閣下の御命令とあらば!」

「命に代えてでも」

力強い反応が返る。そこでフランソワは付け加えた。「いや!生きて帰れ!諸君らと祝杯をあげたいのだ。これは命令だ」

すると、おおっ、というどよめきがディスプレイを震わせた。


ハイフリートHTF62は銀翼に鱗雲を映しつつゆっくりと高度をさげた。翼下パイロンには多感多機能非破壊検査ポッドが三つもぶら下がっている。爆弾搭載量を優先するあまりAAMが削減された。ブッカー中尉はマウザー砲の三千発でじゅうぶんだと注意したが、エンリケが拒否した。

「子供の玩具が対空重火器に化けるかもしれない」

彼はある軍事作戦のブリーフィングルームで言った。

「降ろしてやりたいところだがお前が名誉の負傷とやらを癒している間にケッペンが鉄くずになった。それも三個飛行隊だ」

エンリケが相手に不満のまなざしを向けた。

「へぇへぇ、エースパイロットづかいの荒い事で」

ブリーフィングルームから廊下を歩きながらエンリケは言った。

そして彼は平こらしつつ釘をさした。「HTF58…先行試作量産型を試したという事は損耗に見合うキルレシオが見込めるんでしょう。オマケが届いてますよね」

すると、ブッカーが頭をかいた。

「嗅覚だけはいいな。流石、ハイエナだ」

「届いてるぞ。フライングブギーマン。ピッカピカの最新鋭だ」

技師の小林がドリーを引いてハンガーに入ってきた。寸胴の筒ががシャークマウスを剥いている。


それを搭載するHTF62の装甲を見て、エンリケは言った。「どうも私の乗る機体は、どれもこれも機体寿命が延びなくてね」

小林は、「ここ数年で新型は二世代目だ。まあ、まだまだ、いい。新型とはいっても、今はあくまで予備実験機であって、僕の設計したものではない」と言う。

そして小林は続けた。「僕のラボにあるの機体にもHTF58改というアップデートアップ版の装甲がある。だがもうそれ別物と言っていいほど新しい物だ。それに新型とはいってもハイフリートの製造チームに渡した基本設計は僕が作ってきたものと同じだ。一口に新型と言ってもアニメのように磁力で急に関節が俊敏になるとかそういうものではない。新型は新型、同じものは同じ物であるの」

いなせな女技師ははエンリケの鍛え上げた肉体と機体をまじまじと見た。そして言葉を続ける。「それを僕と共に見たいか?お前の装甲でもそれが限界のような気がするが」

小林によれば、エンリケの機体は新型の装甲が施されているだけで、新型ではないのだという。だがそれを見たエンリケは、新型に匹敵する装甲を積んだ機体を見たときの高揚感が拭えなかった。

そこへ、フランソワが顔を覗かせた。ニコリと微笑んで言った。「すまんが、お前にはここで最後と言いたい。そして、私の機体を見て貰いたい」

大統領専用戦闘機エアフォース・プライムは常に最新鋭と同じものが献上される。

その問いに小林が答える。この人は誰よりも人間的だと思ったのを覚えている。

「閣下、今はお時間を頂けますか」

フランソワがあごをしゃくる。

言われるままエンリケは顔を上げた。

「そうか、悪い、つい熱くなって」

「いえ、ありがとうございます」

小林は言った。「それにエンリケ、君の機体は僕の機体と違って、まだ研究対象の一つではあるがね。特別仕様が施してある。その機体を見ればすぐ僕の機体よりずっと優秀だと思う事だろう」

「はい」

「ああ、これを一つとって見ても君が機体が同じロットに劣る事は無いと思うが、その装備にはまだ課題があってね」

「はい」

「その課題の関係で機体名がエンピューラになったのだ。お前は改修物であろうが特別仕様であろうが、兵器は兵器。無生物に個性はなく、エースパイロットの腕に忖度しない。逆にいえば兵器は人間の殺意を平等に実行する。そういう人間的なお前の考えを尊重したいと思っている」

「エンピューラですか?」

「そうだ」

僕という一人称を好む女。ハンガーでもスカートを履きこなし裾にかまうことなくラダーを乗り降りする。目の毒だ。もっとも棘は根深くて寝こみを襲ったり誘った男はことごとく跳ね返さている。


「そうですか。なんかすみません。その機体に乗っていた私の事を褒めるのは」

エンリケは女の真意を測りかねつつ訊いた。

「いや、大丈夫だ。僕がもっと評価を高めてから使ってもらえれば、それでいい。ところでお前はもう乗ることはできるのか?」

さりげなくエースパイロットの身体を気つかう。そこがまた妙に女らしくてギリギリのミニスカートをショートパンツとみまごう丈に詰めてボーイッシュさを錯覚させる魔性でもある。


「できますが……、俺は」

「まあ、今は乗れない方が良いと思っている連中が部隊にいるからこれまで通りに乗った方がいい。だが、この機体にお目通りした今、すぐに自分の機体に乗らなければ意味が無い、どうだね」

小林が色目を使うとコクピットのLEDがちらちらと瞬いた。

統合型打撃戦闘人工知能。搭載機は同重量の金塊より高価で容易に代替できないため大切にされパーソナルネームがついている。

エンピューラは少し考えた。「確かに、今回の事でエンピューラに乗る機会があるといいです」

エンピューラが次に言ったのは、それからだった。

「その機体に乗った人間は、本人に対する評価を高める事が出来ると思う」

「そうですか、それは良かった」、とエンリケ。

エンピューラは言った。

「もし、君がこの機体を乗ったら、修羅場を戦うことになる。その時はまた私を女でなく技師として接してほしい。何かの時でなくとも腹を割ってと話ができることを願っている」

「分かりました。ありがとう、小林さん」

エンリケがそう言うと、小林は「うん」と言って微笑んだ。

「そういえば、あなたの搭乗している機体を見る事は出来るのですか?」

「ああ、一応、一応ね。何の制限はあったけれど、私が乗る時はなるべく機体に座っていれば搭乗者と一緒に移動した方がいいって言うことだ。そういう制限は無いようにしてるけれど…」

小林は意味深にタンデム複座を見つめた。


そのエンピューラと物騒なブツを抱いてポルトープランスの空をうろついている。シテ・ソレイユを俯瞰せずとも救いようがない貧困の闇はあからさまに見て取れる。正規軍は合法的な肉体言語の一種であるが平和のための暴力装置とはいいがたい。対話とは平等でなく話者と聴者の間に力関係を築く手段であるから和平会議と比べて流血の多寡ていどの違いしかないのである。

多感多機能非破壊検査シエスタポッドに反応はありません。本日433回目の全域スキャンを終了」

言われなくともわかっている。2010年の大地震が残した傷跡は廃墟や野ざらしの瓦礫にあらわれている。スペインに簒奪され原住民が黒人奴隷に置き換えられたあげく反乱が起きて自由を勝ち取ったのもつかの間。今度は暴動が起きて黒人指導者が圧政を敷く側に回った。バナナや漁業以外に有望な外貨獲得手段はなく、政情不安な小国に参入したがる資本もない。終わりのない貧困の連鎖が穿った穴はコレラ患者のベットに開けられた排泄口に象徴される。


「エンピューラとよろしくやっているか?」

ブッカー中尉はちょっかいをかけてきた。エンリケのやや右後方でウイングマンを務めている。烏の濡れ羽より黒い機体。ハイフリートをそのように扱うのでレイヴンというTACネームがついた。

「不穏な動きはあるとは思えませんが」

エンリケが見る限りシテ・ソレイユは平和だ。日本で言えば東京の目黒区規模のスラム街に小悪が集中しているがその大半は食い詰めた労働者だ。肉体労働者が貧困化してバラックに住んでみたところで反政府勢力に慣れるほどの力もない。各国のNGOが介入してはいるが援助を装って武器弾薬や兵士を運び入れたところで貧困者の王座を付け替えるだけだ。

「今、考えてただろう。思うな、感じろ。シエスタが視てくれる」

ブッカーは邪念を払うようエンリケに命じた。やれたれだぜ、とタンデム複座でエンピューラと寄り添う。お肌の触れ合い通信という奴だ。皮膚下のチップと電波でつながる。

「トントントンカラって何の音色です?」

情報の洪水から疑問符が溢れ出す。エンリケの部隊はフランス軍のお下がりだ。装備も人も。軍事クーデターが相次いだハイチ政府は嫌気がさして2004年に憲法で軍隊を廃止した。しかし2011年の武装蜂起を警察力だけで鎮圧不可能だったため再軍備に踏み切った。『トントン・マクートとは、ハイチのフランソワ・デュヴァリエ政権下の1958年に作られた秘密警察を母体とした準軍組織。組織の正式な名称は国家治安義勇隊です』

エンピューラがそっと耳打ちした。口蓋スピーカーの圧に温もりを感じてエンリケは複雑な気持ちになった。

「食い詰めたごろつきをかき集めて権力の犬にした。給料は現金払いでなく獲物。つまり私掠を許したんだ」

「ひでえ歴史だ」

ブッカーの話に耳を疑うエンリケ。しかし次の疑問が沸く。「何で秘密警察?」

「そうか、お前は名誉の負傷の人だったな…」

いつも右に居て空気のように当たり前の存在だった。だから依存しすぎてついつい情報交換がおろそかになる。ブッカーは苦笑した。

「別にシテ・ソレイユを家探しして反政府活動を取り締まろうっていうんじゃない。その逆だ」

「逆?」

「FRAPHだよ。ビル・クリントン政権の置き土産だ。トントン・マクートの残党として生きながらえ、アリスティドを大統領の座から追い落した。しかし米が軍事介入してクーデターを潰した。問題はその後だ。CIAの文書公開や証言に寄り米軍がFRAPHをはじめ反政府勢力の武装解除を拒んだ

「わけわからん」

「アリスティドの急進的な左派ポピュリズムを米政権内部の右派が嫌ったというが真相は定かじゃない」

「で、俺たちはどっちの味方なんですか」

「だから逆だといっただろう」

「右、左で判断してください」

露骨な踏み絵にブッカーは苦笑した。

「逆に聴くが、お前は銃を信じるか、それとも射手を信じるか」

投げ返されたボールにエンリケは即答した。「銃ですね。弾丸は裏切りません」

「判った、合格だ。ついてこい」

大烏は貧困の渦に向かって高度を下げた。


● 




ハイチに住む魔女の子供達は、貧困の貧困から脱走して、国の外へと逃亡していきました。しかし一部の子供たちは、厳しい魔女狩りに追われてサンマルクの村に隠れました。そこで、子供を護るNPO団体・ハイチOLCに匿われることを決断する少女と、囚われの姫君との織り成す小さな冒険劇。


襲撃してきた政府軍の特殊部隊、その名はカザールと呼ばれ恐れられていた。ハイチの森の中で文字通り政府が魔女狩りを行うため、そう名付けられたのだという。

魔女狩りとは、魔女マガと認定された者を取り締まる為の組織で、その活動内容は多岐に渡る。

戦争、差別、貧困、紛争、誘拐、戦争、殺人、窃盗、テロ、そして殺人が主な事件。

この他にも、サンマルク公認の『魔女』がいる。サンマルクのマガには、例外なく、その居場所と名前が与えられる。私の名前は、サリエル。


サンマルクの東地区にマガの大木がある。私はそこから南地区に通勤している。

引っ越してきた理由は元々、この古木を護っていたマガの一族を近隣の住民が迫害していたからだ。

魔女は、その一族を誇りに思っている。

だからこそ、、同胞に対する理不尽を許さない。大木を中心に大きな結界が張られた。

この古木が魔女達の隠れ里だと言われるゆえんだ。

その真ん中に、ひっそりと佇む魔女の邸宅。


その建物は住宅街の一軒家に見える。隠里とは思えないほど馴染んでいる。しかし幻影を取り払えば沃野が広がる。特別に許可されたで許可された人間でも廊下が街道の偽装だとは気づかないだろう。


この魔女家は、私を含め、様々な人間が出入りしている場所だ。


クレト=ア=ピエロの森


私は、魔女の家系に生まれた一人娘のオリヴィエと名乗っている。

私は両親ともに、この古木の裏にある森に住処を移して生活をしている。

親は、この森の生き物達に育てられた。

オリヴィエにとっては、これが日常であるわけで、何も怖いことは、ない。

この、古木には、今でも魔女の一族がこの古木を見守っている。

古木を囲んで、誰かが話し合っている。

この古木を囲み合う一族の人間の声は毎日、何の前触れもなく聞こえてくる。

この古木は、その一族の人間にとって大切な場所だ。

この古木に背を向け、私とサリエルは、魔女の隠れ里の方に歩いて行く。


その先は人の足跡を残す植物が生え、この森に生きている生命の匂いが漂っている。集落に生活感があるが人の気配はない。

どこからか足音が聞こえるようだった。私は、古木との間隔を測り、音源を探した。耳をすませ、今は何も考えるな、という意思が伝わってきた。

「呼んでいるのは誰だ。私は動けない」

そういう意思が感じ取れた。

私は、古木が囲う林の中に入った。そして仁王立ちする。古木も私を探しているのか、私が林になったことを感知するようである。ある樹木の傍を通ると、ちょうどその場所に人が立ちすくんでいる気配を感じた。手探り状態で距離を縮めていくにつれそれが増大していく。

「なんだろう、この気配は。いや、人よりも大きな気配だ。どうして」

そびえたつ木を見上げ、私は人が驚いているような表情を見せる。それから目をそらすこともできず、私はただ、圧倒されている。

幹から影が差した。

「まさか、人だ」

その人を見つけると、私は近づき、その人に話しかけた。

「人間じゃないでしょ?」

「何が、言いたい」

「さっきから凄い気迫。声が聞こえたから気になって探してたの。そしたら…」

「なんだ、人の匂いがしているな」

私が声を出したときには、監視されていたらしい。木陰から彼らが飛び出し、私の姿を見て警戒を解くと、すぐに近づいてきた。

「見つけたよ。お前さんだ」

「何のこと。誰」

「お前さんは、『勇者』だろ。何してる」

勇者と聞いた瞬間に、彼らは警戒した。


エンリケの部隊は国連ハイチ平和安定化行動の一群としてハイチ軍再建のためポルトープランスに駐留しているが事実上はアロンソ大統領を暴力で追放したフランソワの指揮下にある。その彼は前政権で首相経験がある。

そのフランソワ革命政権が派遣元の一つであるフランスから新鋭部隊を呼び寄せてまで鎮圧したい相手というのがサンマルクの実効支配者である。

「魔女に手を焼くってどういう事です」

配属初日にエンリケは耳を疑った。トレムセンのアルカイダ運動相手にケッペンを駆っていたところを引き抜かれた。「ひょいッと襟首をつかんで地球儀の裏側へ(本人談)」放り投げられたと愚痴をこぼすのも無理はない。アルジェリアからハイチは遠い。

突然の転勤命令に逆らえず半信半疑のままアンシュの空軍基地へ赴いた。

C130Hから降り立ったエンリケを待ち受けていたのは日焼けしたブッカーだった。そして到着するなりボロ雑巾のようにこき使われアルジェリアで生死を共にしたケッペンが鉄くずになり名誉の負傷を癒している間に

HTF58先行試作量産型が見事おじゃんになった。そういう次第だ。

「ゴナーブ島が難攻不落だと聞いていましたがこれほどとは」

エンリケという懐刀を使う名将ブッカーをもってしても反政府勢力の砦を落とせない事にフランソワは多少いらだったものの「外国軍の追加派兵が必要である」

と国際社会に訴え莫大な支援物資と共にフランスからは技術顧問団が派遣された。そう、あの色魔だ。


「しかも、奴さん、元海兵隊の血筋だっていうじゃないの。僕はとてもそうはおもえないわ。それでぇ、アタシ…」

第一人称のゆらぎは小林の色気の一つである。デニム生地がだらしなく波打ち奥深い闇に細った月が浮かぶとアルコールが鉄の装甲をとろかしていく。そして高揚と共に月が太るのだ。ブッカー主催の無礼講で小林が講釈した内容によればイスパニョーラ島の東、ハイチの沖合に浮かぶゴナーブ島を牛耳るフォースタン七世は島の女王を娶り戴冠したという。

「魔女だのブードゥーだのばかばかしい。異世界転戦って奴ですかね」

歓迎会で小馬鹿する若造は痛い目に遇えばいい。そう思ってお前をケッペンで出撃(だ)した。のちにブッカーに暴露されエンリケはひでぇ、と悲鳴を上げる羽目になったのだが、つまるところ元アメリカ海兵隊が民主主義を打ち倒して王政復古出来た背景に魔術的な背景があるとブッカーは見ている。


ドコドコとリズミカルな響きは単調で眠気を誘う。オリヴィエとサリエルを迎えいれたハイチOLCはユニセフに協力しているが魔女が運営している。

クレト=ア=ピエロの森はサンマルクにアクセスしやすい利便性から隠里としては適所だ。カトリックの教えでは昇天した者が天門に入る前に隔離施設に滞在し浄化を受ける必要があるという。その儀式を通じて宗教活動を行い資金集めや陣ど支援を行っている。救いの家はポトミタンという御神木をあがめ花や酒を備えて死者の精霊であるゲーデに扮した少女たちが肌着の透ける白装束を振り乱して踊りをささげる。そして巨大な神木の威を借っていたのがサムディと名乗るリーダーだ。つまるところ、オリヴィエが女王として選ばれたのだという。

「私が勇者だなんて…」

戸惑いつつもマラカスを握り肌着が見え隠れする丈の装束を着て踊る羽目になった。


「一族を危ぶむ者は許さない。その決意は揺るぎないかね?」

サムディに念を押されオリヴィエはうなづいた。サリエルと出入りしていたサンマルクの魔女宅と違ってここには力強い団結がある。救いの家に出入りするメンバーに人間も混じっているが、許諾するしないという事務的な関係でなくポトミタンに集う一体感がオリヴィエに対する磁力となった。

● 

「魔女を検出するセンサーテクノロジーっていわゆるアレっすか? エリア51ぃーみたいな??」

エンリケが任務に半信半疑するのも無理はない。フォースタンの背後を叩いて上陸作戦を支援しろというが魔女を異端審問にかけずどうやって暴くというのだろう。いかに因習的なハイチといえども法治国家である。推定無罪を無下にできない。「温故知新て奴だ」

ブッカーがマニュアルを朗読した所によるときわめて単純明快かつ原始的で洗練された手法だ。魔女裁判の記録と女性の捜査資料を犯罪心理学、行動経済学、精神科学の教師データと併せてAIに深層学習させる。ふるまい分析を多角度から行い、それに基づいて高確率でフォースタン派を逮捕できたというのだ。尋問してみると全員があっさり協力を自白した。

「シエスタはプライバシーを丸裸にし容疑者を容易に魔女へ予測変換する」

メーカーはそう銘打っていた。


「つまりシテ・ソレイユが無反応という事は犯罪組織の線は消えた」

「…エースパイロット、その通りだ。消去法で単純悪は除外される」

「魔女…っすか」

エンリケは憂鬱な気分になった。確かにトレムセンで武器集積所と疑われた住居を丸焼きにした経験がある。火だるまになって逃げまどう女子供に対して不感症になったかと問われれば首を縦に振る自信はある。それでもケッペンやハイフリートはもっと骨のある標的に向けられるべきだ。歯ごたえが足りない。

その頃、サンマルクの街は風雲急を告げていた。見慣れぬ飛行機雲が空に弧を描き始めた途端、警察が動き出したのだ。何の罪もないと思しき住宅へ特殊部隊が突入し乳飲み子を抱えた主婦を容赦なく連行していった。その大半は温厚で勤勉で人柄もよく近所でも評判な人物でとても対テロリズム法に抵触するとは思えない。強いて共通点をあげるとすれば教育熱心でありユニセフの子育て支援を受けている点だ。

「魔女狩りが始まった」「うん、これは中世の再来だ」「敬虔なバプテストを弾圧している」

男たちは銃を取り家族を護るために立ち上がった。街のあちこちで煙があがりはじめた。

「サンマルクの家が?」

サムディにとって寝耳に水だった。救いの家と街の魔女宅は提携関係にないが同胞の危機を放ってはおけない。

「はい。ポトミタンが申すには危機が迫っていると」

オリヴィエが切迫した状況を訴える。「そうか、サリエルを遣いにやらそう。まさか子供にまで手を出すまい」

それでも万全を期して二人の少女を同伴させることにした。


21世紀の異端審問は残酷で冷徹で正確無比だ。そして迅速な対応で躊躇することなく事務的な判決を下す。ごった返す街路をピクセルがあらわにしていく。通行人の個々人が赤枠青枠で区別され、前者から関連メニューのツリーが枝分かれしていく。モードを切り替えてディスプレイに魔女を侍らせることも可能だ。

容疑者から生えた樹木は揃って天に向かい合流する。その川の流れはグーグルマップを駆け巡り、いくつかの支流を吸収して一本の大河となる。

その源流は住宅街の一軒家に伸びていた。

「機関銃を構えてキックで戸別訪問する時代じゃないのさ」

ブッカーはデュバリエ政権を暗に揶揄した。

「後味悪いっすよ」

エンリケはウェポンパネルを忌々し気に見やった。フライングブギーマンが見せる阿鼻叫喚はアルジェリアの惨劇を更新するだろう。それも二本だ。サンマルクを灰にして有り余る。どうして予備が必要だとブッカーは考えたのだろう。


「皆まで言うな。エンピューラがやったことにすればいい。いや今まさに手を下している」

ブッカーは高みの見物だ。まさか織り込み済みでは、とエンリケは疑った。


「事務所が放火された、だと?」

報告を受けフランソワは直ちに行動を起こした。最大規模の支援団体「ハイチの行動と進歩」の支部がサンマルクにある。来るべき上陸作戦の前線基地として航空母艦並みのCIC機能や地上イージスシステムを備えている。厳重な警戒を突破できる人間は限られている。

「魔女、僕の出番だね」

小林は整備中のHFT58改に飛び乗った。LEDに点灯。タンデムシートのゴスロリ装束がおもてをあげる。影ができるほと長いまつげ。すらりとした目鼻立ち。森の小動物を思わせるつぶらな黒瞳。

「ヴェンデ三。僕のかわいい娘(こ)」

小林はいとおしそうにドールを抱きしめ相互接続する。

エンピューラを月の女神とすればヴェンデ三は太陽神の妃だ。その冠名にふさわしく白銀の翼が滑走する。スラッシュ水素燃料に点火。ハイフォトニック・タービンブレードが高らかになり、偏向ノズルがならんだ太陽を輝かせる。

「魔女が暴れてるって」「じゃあ、噂は本当だったんだ」「警察は正しかった」「俺達も魔女狩りに協力しよう」

ファクトを欠いた噂からトレンドワードになりブログに纏められる。そのコメント欄にもっともらしい憶測が追加され、信憑性をまぶして拡散される。利己主義と公正世界仮説に毒された人々がオンラインに群れ集い、単純正義の行使がオキシトシンの分泌を促し、同調圧力と集団幻覚が肥大していった。


サリエルが転がり込んできた時、飛行機雲が直線に転じていた。

「大統領の事務所が襲われたんですって」「魔女の仕業だってSNSに書いてある」

スマホを片手に邸宅の住民はパニック状態だ。

「落ち着いて下さい。御神木がある限り、ここは安全です」

サリエルはゲーデの神託を伝えて魔女たちを鎮めようとした。

「でも、どうやってバレたのかしら」

信者の一人が不信感をあらわにした。魔女の邸宅は強力にカムフラージュされている。魔女でない者の肉眼では一軒家に見える。そう教えられてきた。

「誰かがバラしたんでしょ」

「きっとそうだ」

「でも、何で今頃?」

裏切り者探しが始まった。しかし魔女の邸宅は長年にわたり栄えてきた。秘密が漏洩するならとっくにしているし、暴露した所でどう調べてもただの一軒家だ。

一度、日本のテレビ局が魔女の家を探りに来た。X線や超音波検査機から犯罪捜査に機器を提供するメーカー、あげくは霊能者まで投入して調べつくしたが解明できなかった。

「魔女なら暴けるわよねえ」

一人の主婦が普段から嫌っている相手を露骨ににらんだ。そこから蜂の巣をつついたような騒ぎが始まった。サリエルと二人は這う這うの体で逃げ出すしかなかった・

● 

ハイチにおいてブードゥー教が独立に大きく寄与したといわれるが実際は西欧的な経済発展を遂げる過程において民主的な制度の効能が重視され、権力側の宗派はキリスト教と穏健な関係を築いた。そしてプロテスタントもカトリックもクレオール語による布教活動にラジオを積極活用した。救いの家も魔女の邸宅も放送関係者が出入りしている。

事務所が炎上し弾薬や重機関銃が根こそぎ略奪されている。暴徒がほしいままにる様子を高感度カメラがとらえていた。小高い丘で鋼の人形が仁王立ちしている。陸戦モードに変形したケッペン改である。

「そうだ。その文章でいい。過剰な修飾や強調はいらない…うん、ただただ魔女が悪いと書け」

小林は虚空にウインドウを重ねて矢継ぎ早に指示を飛ばしていた。

「うん、いいね。AT互換キーボードを膝において乱れ打つ。暗号鍵は僕がここから解除しとくよ。ああ、タイミング? それは彼女にまかせよう」

小林は隣のドールにアイコンタクトした。

「待ちに待ってた出番はまだかい?」

反乱部隊の指導者ルリアン・フィリップスが回線に割り込んだ。彼は暴徒を統率している。

フィリップスはフランソワ支持者に対して暴力行為と煽動的なデモを繰り広げていた。その反政府行為を小林が操っているのは明らかだ。そして一部始終はエアフォース・プライムにリアルタイム中継されている。小林特性のフィルターにゆがめられて。

トントン・マクートの呪術だ。人間の邪念はテクノロジーに作用する。どちらも人間が生みだした。

メラメラと燃えるサンマルク市街が小林の瞳に揺れる。逆光がその形相を隈取る。

「ヴェンデ三、火遊びは愉しいかい?」

丸顔のドールはクスっと笑った。

「いい子だ。じゃあ、次の玩具で遊ぼっか」

小林はラジオ局をグーグルマップにプロットした。


魔女の邸宅が紅蓮に包まれた、と木が語った。オリヴィエはハッと息を吞み、サリエルを遣わした愚行を悔やんだ。しかし、木は三人の安否を伝えない。

「魔女を助けないと」

オリヴィエは居ても立っても居られない。だがサムディは制止した。人はいずれ死ぬ。御国に行く前に魂を汚してはいけない、と。

では、どうすればいいのか。オリヴィエは木に祈った。

「祈りを捧げなさい。サリエルや魔女の邸宅の者たちの魂に…」

オリヴィエは涙腺を拭いつ太鼓に合わせて踊り狂った。

サンマルクの表通りは魔女狩りと反政府勢力が入り乱れて地獄の様相と化していた。「警察署を守れ!」

魔女狩り支持者は警官隊に寄り添って片っ端から友人知人を摘発していた。魔女を見破る審美眼も物的証拠を回収する能力もない。そんなものは不要なのだ。事実か否かでなく、誰を信じるか、どういう情報を正しいと受容するか。賛否両論が炎上する時代にあっては唯一無二の絶対正義などゴミくず扱いだ。

その渦中にサリエルたちは飛び込んだ。

「お前は魔女か」「魔女の家の方向から走ってきた」「俺は確かに見た」

血走った暴徒が取り囲んで責め立てる。しかしサリエルは機転を利かせた。

「いいえ。悪い魔女をやっつけに行ってたのよ。信じられないならこれを見て言えば?」

ぱっとドレスの裾をめくる。卑しい男たちは劣情をぶちまけた。そしてもっとお楽しみを堪能したいと願い、獲物を温存することにした。

「魔女の印は…ないな」

「見落としてないかもう一度調べようぜ」

「うんそうだ。念には念を入れなくちゃな」

暫くして

「わかった。ごめんな。お嬢ちゃん。警察署に送って行こうか。あそこなら安全だ」、と非礼をわびた。

そして作り笑顔で奪ってきたトラックに乗せ暴徒を突破した。

「ドール282、511続いて572が目的人物を捕捉」

シエスタがサーモグラフィ画像を拡大した。三人分の骨格と三人分のメタルフレームが振動している。

「よし、トラックは警察署に向かってるな。ヴェンデ三、アナログ回線をダイアルアップしてくれ」

小林のヘッドセットから「ツー」というキャリア音、そしてカチャカチャとリレー音が断続した。


けたたましいベルにサムディは仰天した。そして固定電話回線がまだ生きていることに二度びっくりする。

電話の相手はハイチ人権擁護教会と名乗った。地方都市サンマルクで起きている女性差別に関して非難声明と緊急援助を行うという。その一環として救いの家の安全確保と脱出を支援するという。

「えっ、でもどうやって?」

オリヴィエは申し出を素直に受けたものかどうか考え込んだ。魔女の家は疑心暗鬼で崩壊した。これも魔女を誘い出す罠かもしれない。

「心配に及びません。国際アムネスティの申し立てにより国連ハイチ平和安定化行動が介入します」

ほどなく、救いの家が軽震に見舞われた。おそるおそるカーテンを開くと裏庭に飛行機が墜ちてきた。それは反転して母屋に激突するか、と思いきや複雑なパズルを解いて、一瞬で四つ足になった。

ホバーの逆噴射が魔女たちの衣装を逆さに咲かせるなか、ハイフリートがゆっくり降りてきた。


「お前たちを信用しろというの?」

フローティングバレルの中折式構造がエンリケに向く。

「おいおい、カラシニコフなんて物騒な…」

ブッカーが両手を挙げ、「第六世代かよ」とエンリケが驚いて見せる。

「木は嘘をつかない。でもお前たちは平気でうそをつく」

オリヴィエは御神木を背に銃を構えたままだ。

「おいおい、それはお互いさまだろう」

エンリケが隠里をあげつらう。

「殺しに来たのなら、その爆弾をさっさと破裂させて!私たちはもう逃げも隠れもしない」

勇者と呼ばれた女は毅然と覚悟を決めて見せる。

ブッカーが苦笑いする。「結構なものを拝ませてもらった。拝観料は俺たちの命で償う」

「汚れた目で魔女を炙り出した癖に! そこの女はどうなの?」

コクピットのAIに矛先が向く。

エンピューラは抑揚のない声で言った。

「誰も死んでません。まだ、誰も傷ついていません。全員無事です」

「何言ってんだこいつ」

連射が愛らしいドレスを歯切れに変え、ストラップとマチを風に乗せた。

なまめかしい金属ボディは理想的なプロポーションを忠実に再現していた。


「誰も死んでいません。護送中です。そしてハイチ警察は極めて人道的です。局所最適解を実行したのに神木の巫女はエンピューラを殺すのですか。それはどういう罰でしょうか」


訊かれてオリヴィエは銃を降ろした。人間よりも人間らしい女に説教されるなんて。

「ごめんなさい。サムディ、彼女に新しいお洋服と肌着をもってきてあげて」

そういうのが精一杯の誠意だった。


「ラジオ・アトラスが襲われてる! ハイチ人権擁護教会とVT150(コマンドゥー)をそちらに遣るから、僕を助けに来てよ」

小林が救援を求めてきた。VT150はキャデラック製の水陸両用装甲車だ。小林装甲が施されているため頑丈さはお墨付きだ。それらに救いの家を任せろという。

「解ったが、暴徒なんざ一網打尽にしちまえよ」

「フライングブギーマンは二発とも君のパイロンだろう」

言われてエンリケはハイフリートを見上げた。必殺兵器を大人しい魔女のグループホームに持参させるなんて何を考えているのだ。ミニスカートだかズボンだかわからないボトムを穿く東洋人は計り知れない。

「俺は気が変わった。それにカワイ子ちゃんたちに借りがある」

ブッカー中尉は馬耳東風だ。

「どうしますか?」

エンピューラは純白のドレスを風に任せている。

「俺は弾丸を信じるよ」

エンリケはドールの手を取り機上の人となった。

ラジオ・アトラスの施設は陰惨極まる迫害を受けた。演奏所は放送機器を根こそぎ盗まれたあげく換金できない建屋をめちゃくちゃに破壊された。送信所はアンテナを金属回収業者に倒され、電線も強奪された。そればかりでなくアナウンサーや記者の宿舎も襲撃対象となった。

バリケード設置に利用したのだろうか。焦げた大型トラックや飾穴の開いたバスが転がっている。そこに呆然と立ち尽くすHFT58があった。

「おっとり刀ではせ参じたんだけどね。いかんせん対人兵器が尽きた。多勢に無勢だったよ」

「時すでに遅し、か」

エンリケは小林の頭を撫でてやった。

「完全に僕の誤算だった。サンマルクに隠里があると聞いて、隠匿兵器の脅威を過剰評価した」

「まぁ、普通はそう考えるわな」

エンリケは男のような思考をする小林に可愛げのなさを再確認する。同時に東洋人の憂いにそこはかとなく色香を感じた。

「しかし、どうしてこうなった? シテ・ソレイユは平和そのものだったぞ」

降ってわいたというより取ってつけたような暴徒をエンリケは理解しかねた。

「シエスタは魔女に特化しているからね。それは不可抗力というものだよ」

うなだれる小林にエンリケが嚙みついた。

「だったら、なぜ上空を調べさせた。ブッカーは何を企んでいる?」

「それは中尉がもう答えを述べているんじゃないかしら」

小林は顔を曇らせた。

~~~

「嗅覚だけはいいな。流石、ハイエナだ」

「FPAPH」

「銃か、射手か…」

~~~

「ブッカーの野郎!」

エンリケは拳を握った。そして一気にまくし立てた。

初めから計算づくだったのだ。こうなることがわかっていた。サンマルク銃の魔女という魔女が警察署に避難する。そうさせるためにエンリケを嵌めた。


空対空ミサイルのたぐいを降ろせと言ったのはサンマルクの隠里に対した武器が隠匿されていないか、まったく平和そのものだと知っていたからだ。対空攻撃を前提とした場合、ワイルド・ウィーゼルという専門の地上兵器狩り部隊が随伴する。電波妨害その他で徹底的に敵の目を潰す電子戦術機と対地ミサイルをたっぷり積んだ重戦闘爆撃機がタッグを組んで対空陣地を空爆しまくる。

しかし、魔女の陣地をリモートセンシングで検出するなど泥縄だ。


「だから、あいつはシテ・ソレイユの連中が暴れるがままにしたんだ。そして…」

もう一つ、ひっかかるという言葉は遮られた。


「フライングブギーマンは中佐がお持ちです。警察署が危ない」

エンピューラが促した。

「そうよ。どさくさに紛れてフライングブギーマンを使うつもりよ」

小林の目が訴えている。

「無効化できないのか?セーフティとか信管の停止とか」

ダメもとにダメ出しを秒で返す。

「そうか…そうなるよなあ。ドラマ的に」

エンリケは他人事のように苦笑した。

「本当に大丈夫なの?」

警察署に落ち着いたサリエル一行は疑心暗鬼に苛まれていた。捉えられた魔女たちはグループ分けされ、取調室に入った。サリエルは他の二人と別になった。

「どうしてフォースタンを利するのか」

テレビではフランソワが記者に答えていた。

「魔女ではない。緊急避難である。国際社会の要請に基づいて女性を保護するものである」

フォースタンの関与については「そのために任意聴取を行う」と述べるにとどめた。

納得のいかない人々は「魔女を吊るせ」「フォースタンの味方、売国大統領を殺せ」「警察署を襲おう」とますます勢いづいた。

その怒号はシテ・ソレイユにまで轟いた。とうぜん、力を持て余した元肉体労働者たちが立ち上がる。

「アンチコモンズの悲劇って奴よね」

小林は操縦を女恋人にまかせ、ウインドウをシャッフルしていた。滝のようにログやサムネイルが流れる。

「アンゴルモアの烏賊ドックリ大王なら知ってるぜ」

「どちらも似た物よ。日本の名物だもの」

「ちょ、おま、烏賊ドックリを知ってるのか?」

「ええ、エンリケこそ食べた事あるのね。東洋人は美味しかった?」

図星を指されてドキッとする。世界各地を転戦してきた。異性遍歴も。

「お前なぁ!」

「アンゴルモアの…ノストラダムスの大予言だわよね…も、アンチコモンズも同じ。端的に言えば衆愚の一面だわ」


アンチコモンズの悲劇とは、共有されるべき財産が細分化されて私有され、社会にとって有用な資源の活用が妨げられることを指す。コモンズの悲劇から派生した言葉。資源の過剰利用が社会に不利益をもたらす問題。

逆に資源の過大利用による問題を『コモンズの悲劇』という。


小林はそれがインターネットに当たるというのだ。

「正解が人の数だけあるからこそ、人の絆がものを言う。何が、じゃなくて、誰が、正しいか、だ」

エンリケは操縦桿に付属した突起物を撫でる。発射ボタン。指先ひとつで生殺与奪が決まる。キーボードもそうだ。

「エンリケは誰を信じるの?」

躊躇なく答えた。

「決まっているだろう。銃だ」


その弾丸、フライングブギーマンが厄介の種をまいている。


● 

「警察力が圧倒的に足りません。もはや銃でなく爆弾が必要な状況です。ハイチの安全保障のために外国はもっと支援を!」

フランソワが露骨に国際世論を煽っている。気の早いアメリカはホームステッド空軍基地にアメリカ南方軍増強部隊を創設し介入のチャンスをうかがっている。


そして税関が焼き討ちされた。

反政府勢力はニサージュ・サジェ通りとリベルト通り方面から警察署を挟撃しようとしていた。ルエル・ヴァルの合同庁舎前に装甲車両が並んだ。

ハイフリートとヴェンデ三搭載型ケッペンがサンマルク川から合流する。

「待ちかねたぜ、ブッカー!」

土煙を立てて公園だった空き地にハイフリートが降りる。続いてケッペン。

向き合う形でレイブンが着地する。

「積もる話はこっちが聞きたいんだが」

ブッカーも譲らない。

「拳で語り合うか?」

ハイフリートが身構えるとブッカーが茶化した。

「いや、むしろ俺は女に殴られる方が趣味なんでね…」

そして小林のケッペンをロボットアームで指さす。

「貴様ぁ!」

エンリケが熱い蹴りを繰り出す。しかし、一足早くレイブンがそれを両腕でつかみ、投げ飛ばす。

ハイフリートは暴徒の最前列にし倒れこんだ。

「慌てる乞食とエースパイロットはスコアが低いというぜ」

ブッカーはケッペンの背後に回りフライングブギーマンを突き付ける。

「え?」

凍り付く小林。

「やめろぉお!」

ハイフリートは立ち上がろうとするが翼下に吊るした爆弾に気づいた。

大立ち回りができない。

「もう、おしまいにしようや!」

レイブンがフライングブギーマンを握りしめた。

指が弾頭にめり込む。

「や…め…」

スローモーション。


弾頭が砕け…小林がフッと不敵な笑みをみせた。


「どういうことだ」

エンリケは開いた口が塞がらない。


その沈黙をブッカーが破った。

「どうやらお前たち二人は俺を買いかぶりすぎたようだな」

沈黙が続く。


「俺がフランソワの差し金でエンリケを嵌め、魔女たちを一気に始末するとかトム・クルーズの観すぎだろ」

中尉はひょうひょうと否定して見せた。

「じゃあ、シテ・ソレイユで俺をひっかきまわしたり暴徒を裏で煽った理由は?」

エンリケはブッカーを睨みつける。

「は?」

「は、じゃねえよ!」

ハイフリートの機銃が中尉にロックオンする。

「AAMを積ませなかったのは、こうしてサシの勝負に持ち込みたかった。だろ? くんずほぐれつのドッグファイトじゃお互い舌を噛んじまうからなああ」

「だから、は?」

ブッカーはしらを切りとおすつもりだ。

するとヴァンデミが口を開いた。

「小林さんです…」



反政府勢力の車列から一台のコマンドゥーが進み出た。

後部座席に鉢植えが積んである。


「小林さんが全部持っていくそうです…」

オリヴィエが助手席から下りた。

「ポトミタン…の…思し召しです…」

巫女が言うには全てはフランソワを失脚させるためだという。

フォースタン王の討伐にあたり現用兵器で太刀打ちできないと考えた彼はハイチ側の窓口兼前線基地となってるサンマルクを無力化しょうと企んだ。そのために魔女を根こそぎ引き抜いて体制側に寝返る分断工作を編み出した。

救いの家はユニセフの窓口でもあり、フォースタンの児童虐待・人権侵害を糾弾することで国際世論を味方につけようとした。

同時に支配の足枷である警察の解体を図った。

そのために専門家が呼ばれた。

小林である。

しかし、彼女はフランソワの腹の内を読んでいた。

ハイチ人権擁護教会を通じて魔女たちを人道支援団体に引き渡すはずがない。

むしろ、学校と称する収容所を作って慰み者にするのではないか。

つまり、魔女たちに島攻略の出番は来ない。


そこで小林は女の子たちを救出すべく芝居を打った。

シテ・ソレイユのゴロツキを買収し暴動のお膳立てをした。

非合法活動が政府公認の収入源。トントンマクートである。


小林の情報戦略で世論は売国大統領フランソワの失脚待ったなしに傾いている。


「仕上げはサリエルちゃん救出だよ。警察署が燃えなきゃ大衆の怒りが収まらない」

エンリケは小林に「ちょっと待て」と突っ込んだ。

それではフランソワの望む警察力の信頼失墜につながり、外国軍介入の口実が増える。

「愛国正義が腐った権力構造の一掃、再建につながるわ」

小林はそう言い残すとケッペンで警察署に向かった。

「大変な事になったぞ、エンリケ」

「解りましたよ。中尉。ド派手に暴れましょう」


二機の陸戦兵器は背中合わせで銃を構えた。


サンマルク警察署


スモークがもくもくと沸き起こり、鉄骨に火花が散る。

「うぉお!」とレイブンがバランスを崩し、ハイフリートが銃を握りしめたまま横転する。

「もう…そろそろいいんじゃない? バカみたい」

小林がだだっ広い収容区画で両足を投げ出している。

「うるせえ!今、一番盛り上がってるところなんだよ」

ケッペンが大音声で抗議するとレイブンも同調する。

「これだから。女に漢の浪漫はわからねえ。もうちょっと¦殺陣(やら)せろ!とぉりゃ~あ!」

二機は大げさなアクションで立ち回りを演じる。

救出部隊が乗り込んだ時、警察署はもぬけの殻であった。彼らは反政府勢力と通じていたらしく戦わずして逃げた。



フランソワは逮捕され怒りに満ちた民衆に処刑されたということである。

不可解なのは犠牲者数の食い違いだ。

政府側と反政府勢力側の発表で十倍の差がある。ハイチ人権擁護教会と救いの家の資料によれば五十人の魔女が警察署襲撃の際に巻き込まれたという。

しかしフランソワを打ち推した革命政権の側では五人という。

その内訳は女三人、男二人。救いの家側は五十名の虐殺を主張しているが現場から発見された遺体と検死報告書が合致する者は五人。行方不明者に関してはブードゥーの神が持って行ったのではないかという見解である。一方、政府側がフランソワという人物すら徹底調査した上で実在せず、転がっていた死体は反政府勢力の住民で間違いはなく、死因も暴力によるものだと明言している。

とちらが正しいのかはともかく、救いの家側はフランソワ政権にCIAの関与を疑い、物的証拠をウェブサイトに公開している。

政権側は人道支援を装った外国政府のプロパガンダ機関であると非難している。

その起源はハイチの極度な右傾化を警戒するアメリカの政権内部関係者であり、スパイ活動をおこなっているのではないかとの噂である。


● 数か月後、カリブ海、オランダ領シント・マルテン。


五人の男女が空港ロビーで束の間の再会を喜んでいた。

オリヴィエ、サリエル、そして救いの家の元施設長。

ブッカー中尉とエンリケはフロリダ経由で別の戦地へ赴くという。

「彼女の姿がみえないけど」

オリヴィエの問いにブッカーが茶封筒を取り出して広げる。

「フランス政府に問い合わせたり情報開示制度に頼ってみたんだが、小林なんて軍属は過去にも現在にも在籍していない、と」

「でも、フランソワはどうなんだ? 仮にも一国の指導者になった男だぞ」

流石に抹消できないだろう、とエンリケ。

「それなんだが、気になる記録があってな…」

ブッカーはフランソワ某にきわめて似た人物の死亡届を示した。

亡くなった日付はハイチに就任する直前である。

「おい、おっさん」

エンリケが睨むも施設長は目をそらす。そしてポツリと言った。

「変な想像はよしてくれ。俺はサムディともう関係ねーんだ」

エンピューラが「誰も死んでいません」と意味深な発言をする。

「フランソワはともかく、小林っていったい何者だったんだ?」

ブッカーが上から目線を感じて見上げると、吹き抜けの回廊に不自然な闇と三日月が浮かんでいた。

「キャッ!」

短い悲鳴。そしてそそくさと立ち去る女の靴音が聞こえてきた。


ブッカーは鼻息を荒げる。「少なくとも俺のハートは死んじゃいねえぜ」


女は黒髪のウイッグとデニムスカートをするりと床に落とし、ブルカを頭からかぶった。そして個室を後にした。

彼女は化粧室の鏡を指でなぞる。

◇報告

ハイチにおけるトゥキディデスの罠現象は未遂のまま潰えた。が、これは目立った産業のない弱小国でも容易に大国の脅威となりうる危険性を否定するものではない。特に国際的人道支援の美名は予期せぬ増長をまねく。ノブレスオブリージュを気取る先進国はダモクレスの剣を頭上に意識しつつ緊張感をもって対応することを肝に銘じるべし。

以上。

【註】

トゥキディデスの罠とは、古代アテナイの歴史家、トゥキディデスにちなむ言葉で、従来の覇権国家と、台頭する新興国家が、戦争が不可避な状態にまで衝突する現象を指す。アメリカ合衆国の政治学者グレアム・アリソンが作った造語。



「バウンティハンターリープ・ミー、魔女狩りハンターミッション、完了」

 


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バウンティハンターリープ・ミー《戦闘魔女狩りハンターシリーズ》 水原麻以 @maimizuhara

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