ファイル7 悪夢

『明日 11時30分頃。

 MAXバーガー 大崎町店

 入り口に1番近いテーブルでお待ちしております』


 私の胸ポケットに入っていた紙切れには、

 そう書かれていた。

 昨日、帰るとき店長に指摘された。


「サート子ちゃん、胸ポケットに入っているの、なぁに?」


 私はその場で胸ポケットに入っていた紙切れを取り出した。

 そして、広げて確認した。

 そのメモが何故私のポケットに入っていたのか?

 私にはよくわからなかった。


「どうやら、業務には関係ないメモのようですね」


 私は店長にそう応えた。

 


 さて、店長にはそう応えたものの、やはり気になるので来てみた

 時間は少し早く11時頃に。

 あらかじめ、自分が食べたい物を頼み、30分後に届くようにしておいた。



 そして、図書館で借りた本を読むこと、30分。

 そいつは来た。



「いやぁ。もう少し早く来るつもりでしたが

 ・・・お待たせしました?」


 どっかのアメリカンベースボールチームの名前が

 刺繍された黒い帽子が目に付いた。

 その帽子を深々と被ったガタイのいい男、声の感じは少年のそれに近い。

 そんな人物が私の目の前に現れた。


 ーーーー多分、あいつだ。


「言うほど待ってない」


 ーーーーまぁ、読んでいた本を半分以上読み終わったが。


「ところでここは屋内だぞ?そいつを脱いだ方がいいと思うが」


「これは失礼しました」


 その人物は帽子を脱いだ。

 ーーーー予想通りだった。


「やはりな。D、ちょうどいいところに現れたな」


 私は間髪入れず続けた。


「とっとと砕けてこい。むしろ、さっさと砕けてこい

 四の五の言わず、今すぐ砕けてこい」


「ちょ、ちょっと待ってください。

 今、夏の長期休暇の真っ最中ですよ」


 Dは慌てた。


「じゃ、その長期休暇が終わった次の日に砕けてこい」


 私は静かに言った。

 ふと見るとDは静かに苦笑いしていた。


「・・・で、今日は頼みごとがあるんですよ」


 ーーーーあのメモの犯人はこいつか?

 何か言おうとしたら、すぐさまそれは来た。


「お待たせしました。こちらのテーブルでよろしかったでしょうか?」


 店員がトレーに品物をのせて持ってきた。

 ーーーー内容から見て私が頼んでないものだな


「はい!こちらで大丈夫ですー!」


 Dは調子よく受け取った。


「あぁ!!なんか頼みます?オレ、出しますよ?」


 Dは慌てて言った。


「既に頼んである」


「え?」


 Dは驚いた顔で私を見た。


「お待たせしました。こちらでよろしかったでしょうか?」


「はーい」


 私は頼んだものを持ってきた声に応えた。


 私はふとDのトレーにのっているものを見た。


「ふぅ。バーガー3つにナゲットとドリンクか・・・もっと野菜を食べろ」


「いいんですー。オレ、肉食いたい盛りなんで、大丈夫です」


「関係ない。おっと、ポテトの類はだめだ。あれは野菜の皮を被った穀物だ」


「はいはい、わかりました。野菜ですね」


 Dはポケットから自分のデバイスを取り出し、注文を飛ばした。


 ーーーーDのデバイス、旧型か?私のよりかなりでかいぞ。


  しばらくの沈黙の後、かなりサイズのでかいカップに入ったスムージーがDの目の前に届けられた。

 ーーーー言って置くが間違ってない。



 「で、本題はなんなんだ?」


 お互いのトレーが片付いているのを確認すると、

 私はDに問いかけた。


「よくぞ、聞いてくれました」


 Dは持ってきたカバンの中から、何かの問題集を取り出した。

 そして、5~6冊ほどテーブルの上に並べた。


「オレはあなたに頼みたいことがあります」


 Dは、並べた問題集のうち一冊を手に取り、めくって見せた。


「このマーカーをひいているところをオレに感覚的にわかるように説明してください」


「へ?」


 私は唖然とした。そして、冷静さを戻した。


「・・・待った。人をなんだと思ってる!?」


 私は自分のデバイスに社員証を表示させて、突き付けた。


「わかってますよ」


 Dはニヤッと笑った。


「はい!あなたの資格のところに書いてあるこの文字はなんですか?」


 Dは『薬剤師』の『師』という文字を指差した。


「これは先生という意味の文字です。人にものを教える職業の人につきます」


 ーーーーこいつは参った。さすがの私も言えないぞ。



「まぁ、仕方ないなぁ。先に言って置くが専門外の事はダメだ。君の学校でやっている事ならまだしも」


「わかってますよ」


「今、思ったのだがそもそも学校の先生に聞けばいいんじゃないのか?」


「学校の先生だと何を言われるか・・・考えるだけで面倒です」


 私はDのウンザリした声に返した。


「そこまで言うなら頑張るが限界があるぞ」


「そのくらい分かってます」




 ・・・30分後、ものの見事に爆発した。


「もうなんなんだー!?専門外過ぎる! 流体力学ならまだわかる。蜃気楼の仕組み? 空気の爆発!?全部専門外だーー!!!!」


 私は一通り吐き出した後、続けた。


「生化学の話ならまだいい。なんなんだーーーー!!!!もう!!!」


「まぁまぁ」


 Dは落ち着けと言っているのだろう。

 私は怒りのあまり何故か目の前に置かれてたバナナソフトに手を伸ばした。そして勢いで平らげた。

 思わぬ刺激で頭が冷えた。私はあることを思い出した。


「D、ここは提案だが。私よりこの分野が得意な人間に教えを請うのはどうだろう?」


「誰です?その人間は」


「君のクラスにいるノースユーロの女の子だ」


「それこそ、二の足を踏みますよ」


 Dは冷静に返した。


「おいおい、わかってないなぁ。こういう勉強が出来る人間は総じて運動音痴が多い」


 ーーーー実を言うと私もだが。


「休み明けて、しばらくしたら運動会だ。

 ここでリレーに出場して、一等になってみろ。君の評価は彼女の中で著しく上昇するぞ?」


 Dはしばらく考え込むとその手があったかと言う顔になった。





 ーーーーさぁ!今日も頑張るぞ!


 わたしはスタッフルームで気合を入れて制服を纏い、今日のスケジュール確認をするとまず倉庫に入った。

 そして、買い物カゴに入れられた今日のお仕事を手に取ると軽やかな足取りで店内に入った。


 そして、来たのはお菓子コーナー!!!

 現在お子様向けに配信中のクローバー仮面がアトラクションコンテンツ化したのだ。

 そして、スポンサーである大手食品メーカー数社が共同でそれに伴うキャンペーンを行なっている。

 実を言えば私は大の特撮好きで、こう言うキャンペーンのPOPを貼ったりするのが楽しいのだ。

 ーーーー現在配信中のクローバー仮面は、王道作品だから子供食いつきがいいなぁ。

 前作の闇夜のニュクスが大人向け過ぎたのが、痛かったけど。

 オネエキャラが正義のヒーローという設定が良くて、日常のシーンもなかなか面白かったのに残念だなぁ。

 まぁ、何はともあれ私の1番であるハートマンには敵わないけどね。

 ハートマン自体は10年以上前の作品だが、今見ても最高に好きだ。それしか言えない。



 そう考えながら、気合を入れてキャンペーンのPOPや配布コードが書かれた小さいカードを設置した。

 その作業が終わった瞬間、声がした。


「すみませーん。ちょっといいですか?」


 どこかで聞いたことある女の子の声だ。

 私は声がした方に向いた。

 そこには焦げ茶色の髪の毛を腰まで伸ばした愛らしい女の子の姿があった。

 ーーーーノースユーロの女の子だ。

 今日はどうしたんだろう?


「大丈夫ですよ。どうなさいました?」


「昨日、ここで薬を買ったんですけど。ちょっと・・・」


 いざとなると言いにくいのだろうか。

 彼女は口籠った。


「怒ったり笑ったりしないから、言ってみてください」


 ノースユーロの女の子は、昨日買った薬の話をした。




 ーーーー危なかった。怒りのあまり我を忘れるところだった。


 彼女は現在、日本国籍を取得してない。

 なので、日本の皆保険に入ることができない。

 仮に病気に罹っても病院でそう易々と診てもらえないのだ(両親のどちらかが日本に本社を持つ会社の社員であったり、そうでなくても最低千人以上の日本人社員がいる会社に勤めていたら話は別だが)。

 なのでしばらくの間、彼女の健康をサポートする様に彼女の母親からお願いされたのだ。

 ただ、彼女の場合、彼女の両親が日本の病院を信用してないらしく、病院の世話にあまりならないようにお願いされた。


 いつもなら滅多に怒る事がない私が怒りの余り我を忘れかけた理由はこれである。

 ざっと簡潔に言えば私が良く知っているお調子者がやらかしたのだ。

 ただし、そのお調子者はここにいないので今は彼女のことに集中しよう。


「もうそのお薬は飲まない方がいいと思いますよ」


「・・・ですよね・・・」


 彼女の顔は暗かった。

 彼女が買ったのはベルムーンファイブ。

 眠れない時に飲む薬だ。

 これを買うときはもちろん悪さをしないように名前を書いてもらっている。

 そしてこの薬には困った副作用がある。



 ーーーー悪夢だ。

 寝るために飲む薬に何故そんな副作用があるのか?

 聞かれたら、それはこっちの台詞だとしか言えない。

 おそらく脳を休ませる際に生じる電気信号がイカレてくるのであろうと私は考えてる。


「実は薬飲まなくても、そんな夢よくみちゃうんです・・・」


 ----聞いてて思うが、そういうのは辛いな。いつもの学校生活であまり嫌な想いはしてないようだが・・・

 なんとかしたいと言う気持ちに変わりない。


「・・・悪夢を見ないで済む方法はないですが、紛らす方法なら!」


 私はある売り場に案内するとある商品を見せた。


 それは少しオシャレなスプレーボトル。

 中身は・・・


「食べ物の匂いで気を紛らすと言うはどうですか?

 ほら!イチゴとかバニラとか、チョコレートもりんごもありますよ!」


 私は彼女にいくつか見せた。


「いいですね!美味しそうな夢見てお腹空きそうですけど」


 彼女はそのボトルをいくつか手に取ると笑った。


 次の日、スタッフルームですごい雷が落ちたのは言うまでもない話である。

 ーーーーいくら類似品のハーフロゼを私が販売したと言って対抗意識が燃えるのはわかるが、ベルムーンファイブとは別物である。

 ハーフロゼは睡眠ホルモン誘発剤、ベルムーンファイブは覚醒物質受容体拮抗薬だ。

 後、副作用の事も考えろと思う。












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