ファイル6 ミリタリ
それは仕事中のことだ。
私がトイレットペーパーやティッシュペーパーを置いてある棚のメンテナンスをしているときだった。
私の近くをある少年が通った。
短い黒髪で目つきが愛らしい少年。まだ年齢が10歳かそこらなのか身長はそんなに高くない。
-ーーーDの弟だ。こないだ、Dの事を兄さんと呼んでいたから間違いない。
「すみません。ちょっといいでしょうか?」
私は少年に声かけた。
ーーーーこうやって見るとますます母性本能くすぐられるなぁ。
やはり顔つきは愛らしい。おそらく、この二人の母親はスゴい美人だ。
「なんでしょうか?」
少年は暗い顔で応えた。
私はその理由を知っている。
それは昨日のことだ。
私は営業時間中に仕事終わったので、
着替えた後、医薬品販売カウンターの横を通った。
たまたま私は見ていたのだ。Dの弟が店長に声かけていたところを。
「これと同じものを売ってくれませんか?」
少年は入っていた薬のシートの残骸を店長に見せた。
それは以前Dが買った薬と同じような薬だった。
「ダメだ。君たちのお父さんから止められている。兄貴の方はとにかく、弟である君の方は小遣い少ないだろう」
普段の色男ぶりから考えられないほど
険しい顔つきで店長は言い返した。
少年は肩を落として、店を出た。
そして、少ししてからスタッフルームに店長が入っていくのが見えたので後を追った。
私は無言でスタッフルームに入ると大型端末の前で一人の男がうだなれていた。
「・・・・・・俺だって売ってあげたいんだよ!でも、ルールはルールなんだ。わかってくれよ」
私は何も言わず、静かにスタッフルームを去った。
ここまでが昨日の話。
ちなみに今日、うちの店長は休みである。
「先日、お兄さまがお買い物にこられておりまして」
私はポケットにいれていた紙袋を見せた。
「こちらの商品を忘れてお帰りになりましたので、弟であるお客様にお渡しさせていただこうと」
「兄さんならそのうち来ると思います」
「実はお兄さま、いろいろ考えことされていたようなのです。なので、これについては弟さんに持って帰っていただこうと思いまして」
そして、私は少年に静かに優しく耳打ちした。
「どうやらお父様の体調がすぐれないようなのですね。
これはお兄さまには何も言わずにお父様にお渡しした方がいいかと」
「え?」
「私はお兄さまの忘れ物をお渡しさせていただいただけですので、これにて失礼します」
私はニコッと笑い、医薬品カウンターの方へ向かった。
ーーーーこれでいい。これでいいのだ。
説明するとすれば昨日、弟さんが店長に売ってくれと言った薬はトランスリーの類似薬。
トランスリーの胃薬入ってない版と言えばいいだろう。
これは新生薬剤師法24条、『薬剤師は投薬内容に対して科学的根拠が見られないと判断した場合、調剤、公布及び販売はしてはならない。』の元ではない。
ーーーーただ、私個人の感情だ。
これでDの弟は欲しい薬が手に入った。私個人はDの弟の笑顔が見える。
これでよかったのだ。
私がレジで拝む予定だった笑顔をみえなくなった。
ーーーーどこかでトラブルが発生したのだ。
店内に響く呼び出しのコール音。
ーーーー相談の呼び出しだ。
私はカウンターを飛び出し、面談室に走った。
「お待たせしました!薬剤師の栗原でございます」
私は端末の画面を確認した。
画面には初老の男性が映っていた。
ーーーーいつも来ているおじさんだ。今日はどうしたんだろう?
『・・・・・・よかった。女の子の方で』
おじさんは安堵した。
「どうなさいました?」
おじさんは話を始めた。
ーーーーなんか慌てている。気のせいだろうか?
『実を言うと飲んではいけない薬を飲んでしまったかもしれないんじゃ・・・!!?』
「どういうことでしょうか?」
おじさんの話が飛びすぎて私は理解出来なかった。
説明をするとこういうことだ。
昨日、足がつるので薬を買ったのだが、
こないだから飲んでいる便秘の薬と相性が悪いと言う説明を受けた。
そして、その薬を飲んだかもしれないからどうしよう!!!!?
・・・・・・・・と言う相談である。
「まず、結論から言いましょう。一回くらいなら大丈夫です。続いたらダメですが」
私ははっきり言った。
事の経緯を説明するとこうだ。
まず、3ヶ月前からおじさんは便秘がちになった。
そして、うちの店で便の出が良くなるベンデールを買い、服用していた。
ちなみにベンデールは商品名で中身は便の出が良くなる漢方の一種、防風通聖散である。
ここまでなら問題ないだろう。
さて、ここからが昨日の話。
昨日足がつるのでツリトレールを購入。
足のつりを取る薬だが、中身は芍薬甘草湯。これも漢方である。
漢方とは複数の薬用成分がある生薬(大半は植物)が決まった量で配合された古代中国で派生した薬物療法である。
まず、複数の薬草(その生薬の大半は植物だからこういう言い方になる)を組み合わせる。
そして、それをお湯で煮てその煮汁を飲むだ。もちろん、味は大抵苦いと言うべきだろう。
(店頭に販売されている商品の大半はフリーズドライ製法を用いて粉になっている)
その味を整えるために甘草を入れることが多い。この甘草がくせ者であるだ。
甘草にはある特定の物質が含まれており、厄介なことを引き起こす。
その厄介な現象は偽アルドステロン症と呼ばれるもので、
身体の中のカリウムが減ることで起きる現象である。
これはおそらくだが、昨日ツリトレールを買ったときに
「偽アルドステロン症に気をつけてくださいね」
ってな具合にうちの店長にスゴい真顔で言われたのだろう。
知っている人間から言わせて貰えば、なんともない話だ。
しかし、知らない人間から言わせて貰えば、恐ろしい病気のように聞こえる。
かかるとすぐに死ぬような·········
ーーーーそういう事態にはまずならないと私個人は主張したい。
『そうなんだー。安心した』
「ところでなぜ3ヶ月前から便秘の薬を飲まれているんです?」
その理由を知らなければ本当の問題の解決はできない。
『実は···········』
私はこれで原因を理解した。
3カ月前、おじさんの飲んでいた血圧の薬が変更になったのだ。
薬の名前はミリタリ。一般名はソジウムフェジピンと言って分類としてはカルシウム拮抗薬に当たる。
何のこっちゃと言われたら困るので、わかりやすく説明するとこうだ。
血管の筋肉を弛緩させて血圧を下げる薬である。
おじさんの健康管理ファイルのデータによると以前はミリタリ5mgを服用していたが、3ヶ月前から10mgに変更されていた。
血管の筋肉は平滑筋と呼ばれるものだ。それと同じものが別のところにある。
大腸や小腸と言った内蔵、消化器官である。そこが弛緩すると何が起こるか?
答えは消化不良や便秘である。
私はおじさんが近いうちに血圧の薬を処方している医者に会うことを告げられた。
「申し訳ございませんが、この便秘の話を血圧の薬を処方している先生に伝えていいでしょうか?」
おじさんは私の言葉を聞いて静かに笑った。
私はおじさんの健康管理ファイルを開き、薬の副作用歴にコメントを入れた。
もちろんきちんと警告音が出るように設定した。
おじさんはお礼を言うと私は安心した。今回の相談は終了となった。
そして、おじさんの会話が終わった後、健康管理ファイルから入れるおじさんのある情報を開いた。
薬剤師は必要に応じて食事の指導をするため、
ここ数ヶ月近隣の商店で購入されたものを、
閲覧する権限を持っている。
ーーーーここからは嫌なことだが、仕事の時間だ。
このおじさんがベンデールを買っていたのが少し続いていたのだ。
今回のコメント記入によってこれから発生するであろうベンデールの分、利益が減る。
別に私個人は雇われ人だ。その分は痛くも痒くはない。
しかし、それはそれ、これはこれ。
と言うことでまず、他所で買っていたこのおじさんの生活必需品の一部の売場を目立つようにした。
別のところで買っていたおじさんが好き好んで食べていたあろうおせんべいがかなり安く入るようだ。
ちょっと多めに仕入れてさらに値段を下げておく。
後、減塩せんべいも目立つように横に並べよう。
もちろん、メモをしっかり書いておこう。
つまり特権を使って下がってしまった利益を取り返しにかかるのだ。
これも仕事だ仕方がない。
数日後ーーーー
「この薬を貰えないだろうか?」
こないだのおじさんが医薬品カウンターの上に薬の空箱を置いた。
一部の商品は乱用または窃盗防止のため、イミテーションを棚に置いてある。
「かしこまりました。少々お待ちください」
私は箱の商品を確認すると笑顔で言った。
「その前に念のため健康管理ファイルを確認させていただきます」
「構わんよ」
私は健康管理ファイルのデータを確認すると別の商品を取り出した。
「お客様、申し訳ございませんが、
先程の商品はお勧めしかねます。
こちらの商品の方がいいと思います。
いかがでしょうか?」
「ここ最近、咳が出てつらいのに・・・・それはないじゃろ?」
ーーーー気持ちはわかる。その前に言い分を聞いて欲しい。
「申し訳ございませんが、これは仕方がないことなんです。しばらく我慢してください」
私はおじさんに対して別の商品を提示して、頭を下げた。
「そこまで言うなら仕方ないなぁ」
ーーーーわかってくれて良かった。
私は安堵した。
おじさんが新しく処方された薬はマドンナ。
一般名プリマプリル、アンジオテンシン変換酵素阻害剤である。
前もらっていたミリタリと違い、血圧を上げる体内物質を作るのを阻害する薬だ。
この血圧を上昇させる体内物質を作るの酵素と咳や炎症を引き起こす物質を分解する酵素が驚くことに一緒なのである。
「すみません!ダブルマックススペシャルセット、サイドはサラダで!飲み物はピーチカルピス。単品でチーズミートバーガー」
「私はダブルチーズミートのセット、サイドはマックスサラダ。ドリンクはスペシャルオレ。白玉クリームパイもつけてください」
「わたしも!白玉抹茶クリームパイ追加!」
ここはリーズナブルな食事が楽しめるマックスバーガー。
私はある人物から誘いがあってここにいる。
ーーーーその人物とは驚くことなかれ。ノースユーロから来た女の子。
・・・・・・あのDが恋い焦がれている人物である(本人非公認)
「さて、そろそろ教えてくれないか?」
私は食べ終わった後彼女に問いかけた。
「何をです?」
「私を個人的に食事に誘った理由だよ」
「決まっているじゃないですかー。個人的な話ですよ」
本人は多分思ってないだろう。
ーーーー自分がめちゃくちゃかわいい女の子であることを。
「で、その個人的な話はなんだい?」
「実はですねー。夏季の長期休暇の前からちょっと困ったことが発生しちゃってて」
よくぞ!聞いてくれましたと言わんばかりに彼女は応えた。
ーーーーここはのってやるか。
「その困ったことは一体なんだい?」
「最近学校に来なくなりそうなクラスメイトがいてスゴく困っているんですよ」
「そのくらいよくある話だ。気にしない方がいい」
「最近になって遅刻の頻度が増えて、夏季の長期休暇に入る1日くらい前なんか丸1日やすんだんですよ!同じクラスメイトとして気にかけて当然です!!」
彼女は私に対して強く力説した。
ーーーーこりゃ、なんかあるな。
「で、どんなやつだ?」
「··········えーと、短い黒髪の目付きが悪い男の子。体つきはいいですよ」
「短い黒髪の男の子·········んで、体つきはいいと·········」
私はなんとなくだが、彼女の言った特徴を頭の中でイメージした。
頭の中で出てきた人物はDだった。
ーーーーこのクラスメイトはDだ!Dで間違いない。
しかし、彼女は何故Dのことを気にかけるのだろうか?
私は少し考え込んだ。そして、答えは出た。
ーーーーなるほど。そういうことか。
さて、今度あいつに会ったら、ケツを蹴らないと。
「簡単な解決策がある。呪いをかけるんだ」
「呪いなんて、そんな複雑なこと・・・・」
「大丈夫。簡単な呪いさ。別れ際に必ず『明日、学校で』とか言ってやればいい」
「それならできそうですね。やってみます!」
彼女の笑顔はすごく愛らしかった。
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