ファイル8 カントリー

 それはある休みの日の昼。

 図書館に行った帰り道の出来事だった。

 私はたまたま新しいうどん屋を見つけたので入った。

 ーーーー用事は本を返すことだけだったけどなぁ。

 まぁ、新しいお店を見つけたし、いいか。


 できたばかりなのか、お昼のピークタイムなのにお客さんが少ない。

 私は適当なテーブルに座り、今食べたい物を注文した。


「すまないが、ここに座らせてもらっていいだろうか?」



 料理来るまで気長に待つ私の前に一人の初老の男性が座った。



 ーーーーん?どこかで見た人だな。しかし、他に空いているテーブルはあるのに何故だろうか?


「・・・あんたの分もわしが払う。今はわしの娘の振りをして欲しい」


 ーーーーまぁ、奢りになるならいいかな。

 それに、もうできない親孝行をする良い機会だと考えよう。


 私は、了承した。




 しばらくすると料理が二人分、テーブルの上に運ばれた。

 私のは山菜ご飯と海藻がたくさん乗ったザルうどんのセット。

 男性の方は、定食のようだ。

 日替わりだろうな、おそらくだけど。

 男性は一通り、料理を見るとまずテーブルに置かれた醤油に手を伸ばした。

 どうやら醤油を浅漬けにかけるようだ。


「お父さん!漬け物に醤油にかけたらダメだよ!料理に失礼だよ!」


「そうか。すまないな、まゆみ」



 ーーーー今は我慢だ。まゆりよりマシだ。


 私はいろいろと沸き立つ感情をグッと堪え、そのまま箸をすすめた。


 しかし、困ったことにたまにいるのだ。浅漬けやぬか漬けに醤油かける人。

 私自身、職業柄もあってやめろと言ってしまうのだ。

 ただ、健康に良くないというより、料理に失礼だと言った方がやめるかなと思って言っている。

 せっかくのおしんこだ。

 ありがたく、このままでいただこう。

 ーーーー味の好みはとにかくとして


 と、そんな具合で父と娘のフリをするのだが・・・


 ーーーー悲しい話だが、私はこういう時どういう話をすれば良いのかわからない。


 そして、目の前に座っているおじさんに至っては基本的におしゃべりな人ではないから黙っている。


 私はちょっと嬉しそうにしているおじさんの顔を見つつ、お互い黙々と食べることになる。


 ーーーーこういう親子も多分いる・・・ということにしよう。


 二人が食事が終わった時、そいつはやってきた。

 きっちりスーツは着てなかった。少しラフな服装だった。

 しかし、その身に纏う雰囲気は怪しかった。

 ホントに怪し過ぎて、怪しさが大爆発していた。


「おやおや、清水さん、こんなところにいらっしゃいましたか?」


「なんじゃ?わしは娘と一緒に食事してただけだ」


 怪しい男とがおじさんに声かけた瞬間、おじさんの優しい顔が険しくなった。


 ーーーーよほど関わりたくないのだろう。

 むしろわざわざ逃げてきたと思ってしまう。


「へぇ。娘さんなんていらしたんですか。これは初耳ですね」


「フンッ」


 おじさんは機嫌悪そうに黙った。

 ----いや、実際、めちゃくちゃ機嫌悪いんだ、きっと。


「娘さんがここにいるならちょうど良い。こないだ、お父さまの健康診断がありましてね。腎臓の数字が少しばかり良くなかったんですよ」


 突然として怪しい男は私に語りかけてきた。


「腎臓の機能を改善するお薬を飲んでいただこうと思うんですが、大変嫌がっておりまして・・・」


 ーーーーまさかの作戦変更か!?

 私に説得しろと!?


 あの男はおそらくだが、ライフコーディネーターだ。

 ライフコーディネーターはあくまで医療機関や代行サービスの仲介や、行政関係の手続きの代行や提案が主な仕事のハズ。

 ただ、たまにいるのだ。表の仕事はそこそこしているが裏でどっかの企業と繋がっているトンデモネーター。


「あの薬は嫌じゃ!一回飲んで、調子悪くなったから飲みたくない!」


 ーーーーなんだって!?身体の調子を悪くした薬を飲ませようとしているのか!!?

 おかしい。よほどのことでない限り、有り得ない。

 私は私という人間をわかっていると思う。

 結論から言おう。もう娘さんのフリなんて無理だ。頭に血が昇りすぎて冷静になれない。



「申し訳ございませんが、娘さんのフリはここまででよろしいでしょうか?」


 私はおじさんに頭を下げた。そしてデバイスに社員証を表示させ、男に突き付けた。


「私は薬剤師の栗原だ。話は聞かせてもらったよ。なんてことをするんだ!?」


「おやおや、貴女は・・・?みたことありませんね?どこかの店員さんですか?」


「これでも資格は持っているのよ。トンデモネーターさん」


 私は頭を冷やすべく冷ややかに言い放った。


「へぇ。たかが、店員如きが何ができると?」


「背中に背負ったものの重さを知らない人に言われたくない」


 私は男を睨みつけた。

 私は清水さんと呼ばれた男性に身体を向け、頭を下げた。


「すみません。もう少し娘さんのフリをした方が良かったと思いましたが、その・・・つい、我を忘れてしまいまして」


「いいんじゃよ。あんたはそう言う人だと知っていた。だから頼んだよ」


 おじさんの言葉を聞いてなんか恥ずかしくなってしまった。

 ーーーー気を引き締めてここからは仕事の時間だ。

 休日手当はもらった。

 やるしかない。



「すみません。それでは健康管理ファイルの提示をお願いします」


「わかった。頼むよ」


 おじさんは提示を承認した。

 私は承認を受けると真っ先におじさんの過去のデータを確認した。

 今まで医者でもらった薬の一覧だ。

 しばらくみているが、一向に見当たらない。


「すみません、いつ貰ったものかわかりますか?」


「確か2年ほど前じゃ」



 ーーーー嘘だろ!!!?

 と思わず叫びたくなる気持ちになった。

 急いで抑えたが。

 なかなか見当たらないなぁと思ったらそういうことか。

 くっ。あのトンデモネーターの顔、ニヤニヤしているままなのが腹立つ。


 我々薬剤師は薬の専門家であるが、万能ではない。その権限もだ。

 一般の薬剤師が見れる個人のデータは、

 過去1年間のものあるいは15回分の投薬歴である。

 このおじさんの場合、言っていた薬をもらったと言う2年前のデータは見ることは不可能だ。


「・・・一般の薬剤師ではアンタを止められないって言いたいのね?トンデモネーターさん?」


「さぁ?何のことやら・・・わからないですねぇ」


 男のニヤニヤ顔に磨きがかかった。


 ーーーー私は言ったからな!一般の薬剤師では・・・と


 私は敢えて腹の中でその言葉を紡ぐと私はおじさんに言い放った。


「それでは申し訳ございませんが・・・」


 私はおじさんに頭を下げた。


「マイスター契約をお願いできませんか?後日、お店に来ていただければ必ず解約させていただきます」


 マイスターとはマイスタンダードヘルスケアアドバイザーの略で、

 一部の医療資格者のみが行える個人の健康サポート契約である。


「よくわからないが、いいよ」



 ーーーーいいんかい!?っと言いたくなるが今回は仕方ない。

 何故なら、私は特別になれるのだ。

 契約者であるおじさんにとって。


 ふとみると画面が変わった。

 ーーーー契約が承認されたのだ!


 私は勢いで2年前の処方歴を開き、該当する薬を見つけた。


 ーーーーカスケードだと!!最近一部で騒がれているカントリードラッグじゃないか!!?


 一般名はピスタチオンマレイン酸カリウム。

 何年か前、ある大学の教授がある植物から精製した化合物で、腎機能の向上又は保護に効果があるとされ、腎機能低下の予防に使われている。

 実際問題、一定の条件下でしか効能が発揮されないので海外ではあまり使われてない。

 ーーーーいわゆるカントリードラッグ(田舎薬と言うべきだろう)である。


 私は冷静に健康管理ファイルに書き加えた。


「副作用歴に追加。薬品名カスケード。動悸、胃腸障害。投与する場合は必ず検討すること」



 男の顔色が変わった。


「どう言うことだ?ただの一般の薬剤師じゃないのか!!?」


「私は特別な存在になったのさ。ついさっきね」


 男は絶望でうなだれた。


「たかが、ただの店員なアンタがそこまでやるんだ!?」


「これからもお店に来てもらわないとうちの売り上げ落ちるから当然だ」


 言葉は時として残酷だった。


 3日後。

 店の外は真っ暗になっていた。

 私はカウンターで医薬品の棚のメンテナンスをしていた。


「来たよ」


 私は声をかけられた。

 ーーーーあのおじさんだ。


「いらっしゃいませ。契約解除の件ですね?」


 私はにっこりと話しかけた。


「このまま継続をお願いしにきたんだ」


 ーーーーえ?どういうこと?


「ちゃんと説明せずにしたものなので一回解除してもう一度説明させていただいてからの方が・・・」


 おじさんは大丈夫だよと言いたいばかりの顔で言った。


「あれからいろいろ調べたんだ。そして、決めたんだ。もし必要であればお金は払うよ」


 私は、すみません。冗談ですよね?と言いたくなった。


「私は契約料とか料金とかは取りません。

 ですが・・・」


 私は口籠った。


「まぁ、と言うことでまた贔屓させてもらうよ。コレ、会計して」


 おじさんは商品がたくさん入ったかごをカウンターの上に置いた。


 会計が終わるとおじさんは去っていった。


「これからもよろしく〜」



 ーーーーお願いだから、私の話を聞いて〜〜!!


 私の心の叫びは届くことはなかった。











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