ファイル3 ブロッカー

 私は押していた台車に乗せていたものを確認した。そこには空になって折り畳まれたコンテナが4つ。

 ーーーー今日の品出しはこれで一区切り!!

 私は倉庫にあるトイレで用を済ませると意気揚々スタッフルームの扉を開けた。



「お疲れ様です。休憩入ります!」


「はい、どうぞ」


 スタッフルームの端末を操作していた好青年は明るく返事した。私は端末を操作して休憩に入った。


「ごめんね、からすくん。今日わざわざ応援に来てもらって」


 私は好青年に声をかけた。


「いえいえ、センパーイに会えるなら大丈夫なので気になさらず」


 短く切り揃えた黒髪の好青年の名は烏丸 侑(からすま ゆう)。年齢は私と変わらないが入社したのが私より少し遅いためか、私のことを先輩扱いする。

 店長と違ってちょっと真面目そうで少し色白。まぁ、店長は外でスポーツするだろうからちょっと焼けているのだろう(子供と一緒に遊んでいる可能性もあるが)。


「まぁ、珍しく志賀野さんと店長がいないし、応援の甘利さんがいるうちに休憩済まさないとね」


 私は好青年に笑いかけた。からすくんは私と店長と違い、薬剤師ではない。正確に言えば医薬品限定の特定商品販売資格を持った栄養士だ。彼はアルファ店から応援にきた社員で、今日は本社からきた連絡事項を他のスタッフに伝え、業務のサポートをしてもらっている。

 私はいつも通り制服である白衣を脱いで何時も通りのお昼を広げる。


「・・・・あの、またですか?センパイ」


「どうした?」


 からすくんはちょっと難しい顔をしながら私の昼食を眺めた。私が広げた昼食はいつも通りの魚肉ソーセージと野菜ジュース、カフェオレの三点セットである。


「・・・あの、前もそうだったんですが、飽きませんか?というかいつもそんな気がするんですが」


「あぁ、大丈夫。今日は趣向を変えてシソサンショウ風味だ!」


 私はいつもと違う味の魚肉ソーセージを噛った。


「うん!山椒の新しい可能性を感じる!」


「・・・わかりました。おれがセンパイのお弁当作りますよ」


 からすくんは少し考えたのだろう。ちょっと黙ってから応えた。呆れていた可能性もあるが。


「私は自分のサイクルが乱れると体調崩すから断るよ」


 私はやんわりと言った。

 ーーーーおれの最高傑作です!ご賞味ください!とか言って渡されたら有り難くいただくが。


「というか、むしろ普段どんな食生活してるんですか!?」


「一応それなりにまともだよ。料理は基本的にしないけど」


「そうだ、烏丸。お前、栗原のところにすんで栗原の飯を三食作れ」


 横から低い女性の声がした。私はこの声の主を知っている。


「・・・・びっくりした!!!なんなんですか?いきなり」


 からすくんは驚きの声をあげた。私が休憩に入り白衣をロッカーに仕舞っているときに静かに入って来るのを見ていたから驚かなかった。


「お疲れ様です。志賀野さん、何の用ですか?」


 今日休みの志賀野さんがわざわざスタッフルームに来るなんて何事だ。


「栗原、こないだ何かしたか?」


「なんですか?いきなり」


 ーーーー何の事だろうか?


「今日、姪を病院に連れていっていたんのだが・・・」


 待ち時間の最中に怪獣が襲ってきたかバリのサイレンが病院内に鳴り響いたらしい。んで、私が対応した人を見かけたからわざわざ文句を言いに来たらしい。


「・・・・・すみません。覚えが有りすぎてわかりません」


「まぁ、いい。姪も楽しそうにしてたからな」


 ーーーー怪獣が襲ってきました!と言うアナウンスが流れるように設定したのもあって大事にはならなかったようだ。


「・・・でだ、烏丸」


 志賀野さんが険しい顔でからすくんを見る。


「・・・なんですか?」


 からすくんはおそるおそる口を開く


「お前、彼女いるか?」


「志賀野さん、何を聞いているんですか!!」


 思わず私は大声を出してしまった。


「からすくん、ごめんね。うちのパートさんが変な事言って」


 嵐が過ぎた後、私は口を開いた。もちろん部屋の外に聞こえないように少し小さい声でだ。


「別に問題はありません。おれ、燃えてきましたんで」


 私はからすくんの反応見て頭が痛くなった。


「・・・・冷たい飲み物、買ってあげるから頭冷やしてきなさい」


 次の瞬間、からすくんが沈黙したのは言うまでもない。


「大変です!」


 私がカフェオレを飲み干した頃、スタッフルームに声が響いた。パートの和泉さんがいた。髪の毛乱れ具合からかなり慌てて飛び込んできたようだ。


「和泉さん、どうしたんですか?」


「箱便の対応していたら店頭の商品が・・・」


「あちゃー。今日から殊城町の方も対応し始めたからなぁ。そのせいか」


 ーーーー思わぬ事態が起こるとは。


「あの、すみません。箱便ってなんですか?」


 からすくんが小さい声で聞いてきた。

 ーーーーそういえば、アルファ店には基本的にないシステムだから知らないか。


「ウェイバーツールボックスタイプ・・・私達は箱便と呼んでいる」


 何でも地下にトンネルが張り巡らされていて、そのトンネルを使って各家庭(地域によっては集積所と言う場所になる)に様々なものを運ぶシステムだ。


「何でもいいですけど、そのトンネルってどうやって掘られているんですか?」


「これは私個人の想像なんだが、昔の漫画でもぐら型のロボットが出てきただろ?手のひらサイズくらいの」


「そういえばありましたね」


 からすくんは頷いた。


「ああいうのが作っているんじゃないかな」


「・・・そういうことですか」


 ーーーー夢とロマンのない男は嫌われるぞ!からすくん。

 冷ややかな反応に対するツッコミは心の中で留めた。


 ーーーーさてここは事態が事態だ。仕方あるまい。ここはしっかり対応するか。

 私は大型端末が置かれている机の引き出しからイヤホンマイクを取り出し取り付ける。

 ーーーーとりあえず休憩から出た設定にしておいてっと


「からすくん。応援の甘利さん、何時まで?」


「夕方の五時までです」


 ーーーー後一時間半くらいか。


 私は端末の画面の隅に表示されている時間を確認する。


「からすくん、甘利さんに勤務終わるまでレジにいるように言って」


「わかりました、センパイ!」


 からすくんは店内に消えた。


「和泉さんはまずは在庫がないものの教えてください。箱便の対応は集積所の方と時間指定が早い方を優先してください」


「わかりました!」


 私は和泉さんから在庫がない商品を聞いて、ジャンル分けしながら書き出した。そして商品の名前の横に印をつけ、大型端末を手早く操作する。


『お疲れ様です!集荷管理センター葭村です!』


 先ずは通常納品で入ってくる商品だ。これは本社に所属している商品管理の担当者に話を通すのが筋だろう。


「すみません。緊急配送、お願いします」


 私は和泉さんから聞いた在庫のない商品の名前をいくつか読み上げ個数を指定する。


『わかりました。すぐに手配します』


「お願いします」


 続けて私は端末を操作した。


『お疲れ様です。21号店盛山です』


 ここから比較的に近い店舗に繋げた。近場の店舗をいくつかピックアップして必要な商品の在庫状況を確認し、一番在庫を持っている店舗に繋げた。


「お疲れ様です。55号店、栗原です。盛山さん、商品の緊急店間、お願いします」


『栗原さん、店長じゃなくていいんですか?』


「数がすごく少ないのとか入荷しにくいものじゃないから大丈夫です」


 私はあっさり応えた。その後、商品をこっちに送って貰うようにお願いした。



 とりあえず応援の甘利さんが帰るまで、なんとか最悪の事態を脱却できた。


「センパーイ、おれ、へとへとです」


 からすくんはかなり走り回ったせいで相当疲れたのだろう。スタッフルームの椅子に座り込み、テーブルに突っ伏した。かく言う私も何回か他店に交渉したせいで気疲れしている。


「箱便って使う側からしたら便利なんでしょうけど実際に対応する方は大変ですね」


「特に開始初日や雨の日はね。基本的に頼む商品は決まっているから在庫さえ気を付ければ問題ないよ」


「・・・そうなんですか?」


「まぁね。私が追加配送を頼んだ商品は何が多かったか覚えてる?」


「全然です」


 私はからすくんの言葉に思わず笑ってしまった。今日彼は慣れないことをしたんだから仕方ないだろう。


「センパ~イ、なんで笑うんですか?」


「すまない。逆にからすくんなら箱便で何を頼む?」


「わからないです」


「ふふっ。君が店長する日はかなり遠そうだな」


 私は笑いながら返した。からすくんの場合、箱便が仮に家に付いてたとしても使わないタイプなんだろう。


「センパーイ、どういうことですか?」


「そうだね、君はそろそろ上がる時間だから家に帰りながら考えなさい」


 私はやさしく言い放つとからすくんを帰らせた。


 ーーーーここからが腕の見せ所かな。

 私は端末の画面を確認しながら発注の設定を確認する。今日在庫がなくなりかけた商品を中心に設定を変更していく。

 実を言うと箱便で頼むものは大体決まっている。まずテッシュ、トイレットペーパーのような大きな日用消耗品だ。これらは軽いが持って帰るのが大変だ。

 そして、大きなリサイクルボトルの飲み物。ファインファインオリジナル商品は値段も他の同じサイズの同じような飲み物の半額程度の値段だったりするわけだ。これを持って帰るとして一本くらいならまだいいが、数が多いとうんざりする。

 と言うことは、必然的にそれらの商品を箱便で頼むことが多いってことだ。


 しばらく作業していたら疲れのせいか考えが煮詰まってきた。

 ーーーー気分転感もかねて医薬品の棚のメンテをしよう。最悪残ったら店長に押し付ければいい。


 私は店内に出ると医薬品のコーナーに向かい、メンテをこなしていく。胃薬のコーナーに若い男性が立っている。じっと商品を見比べている。

 ーーーーなんだろうか?悩んでいるのは間違いないが。

 私は悩んでいる男性に近付いた。おっとりした若い男性だ。服装や持っているショルダーバッグからしておそらく大学生だろう。


「あの、すみません」


 私が声かける前に彼は私に声かけてきた。


「いらっしゃいませ。どうなさいました?」


 私は彼ににっこり微笑みかけた。


 彼の話を聞いてみるとここ最近、飲み始めた薬のせいで吐き気が酷いのでなんとかして欲しいようだ。


「お手数ですが、健康管理ファイルの提示をお願いできますか?」


 私はカウンターまで案内して彼のデバイスを機械に乗せて貰う。

 カウンターに置いてある少し大きめの端末にポケットに入れてある指輪で認証を行い、最近貰ったであろう薬のデータを表示する。

 個人情報保護のため、私しか読めない文字に変換してある。



 どうやら彼は5日ほど前、近くの病院でマリネラを2ヶ月分、吐き気止めの錠剤を10回分貰っている。しかし、この吐き気止め、よく使うものだが一日何回までとか書いてない。

 このマリネラのせいで吐き気がひどいようだ。おまけに貰った吐き気止めがなくなったから、わざわざここに来たって訳だ。

 ーーーーマリネラ、一般名パタリオセキチン・・・セロトニン再取り込み阻害剤略して、SSRI。

 例えば環境の変化に気持ちがついていってない場合、いろいろと問題が生じる。これはそういう時に使われる薬だ。

 このマリネラなんだが、効きはシャープなのだが副作用が強いらしく、しばらく服用を続けると何かの拍子でパパンがパンっ!と踊ってしまうと言う。

 ・・・・と言うのは冗談でホントに問題になるのは胃腸障害、大抵の場合は吐き気だ。

 酷い場合は空きっ腹にアルコール濃度が高いウォッカを大ジョッキ一杯で一気に飲み干したみたいにゲロゲロ吐くらしい。そもそもアルコールの弱い日本人がそんなことをすれば病院に運ばれるのが関の山だが。

 さて、何も食べてないのに何故ゲロゲロ吐くのか?実はそこを解決すればこの問題は解消される。


 私は端末の画面を切り替えるとカウンターを兼ねているガラスケースからあるものを取り出し彼に見せた。


「お客様、こちらをご利用してみたら如何でしょうか?」


「はい。試してみます」


「1日2回、間8時間以上あけて飲んでください。症状が辛いときに飲んでください」


 彼は会計を済ませると店を出た。


 私が彼に渡したのは胃酸の分泌を抑える薬H2ブロッカーだ。よく使う病院で貰った吐き気止めより効果時間も長いから、問題ないだろう。

 慣れれば胃腸障害が無くなる・・・・と言うが実際は結構辛いものである。


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