ファイル2 アバンチュール

 お昼、正午の少し前の時間帯だ。私はいつも通り公園を歩いていた。

 ーーーー今日の魚肉ソーセージはチーズレモン風味だ。

 実はトマトチーズとどっちにしようか悩んだが、

 トマトチーズの方はこないだ食べたところだったので、チーズレモンになった。


 私はいつも通り、単に時間がきたのでそこに向かうのだ。いつもそういうサイクルを繰り返している。

 それは開始時間が何時からになっても一緒である。


 大型ドラッグストアファインファイン55号店。今、私が入った建物の名前・・・つまり仕事場だ。

 今日はただの平日。入荷した商品はさほど多くない。んで、私の上司である店長は休みでパートの薬剤師さんが仕事をしているハズである。


 私が入った時間は普通に営業している時間なのでお客様が入る入り口から店内に入ったのだが、パートの薬剤師さんが見当たらない。

 休憩中かと思い、スタッフルームに入ってみた。


「おはようございます」


 スタッフルームにて見慣れた顔の人物がいた。

 ーーーー顔は・・・・死んでた。

 この目の虚ろ具合、明らかに死んでいる。これはいわゆる生きている死体ってやつである。


「・・・・おはよう、サト子ちゃん」


 生きている死体、つまり私の上司、別府店長が挨拶した。私は何も言わずスタッフルームのテーブルに座り、今日の昼食を用意する。

 ーーーー少し早めに来てゆっくりお昼を食べようと思ったが、そういう訳にはいかないようだ。


「ねぇ、サート子ちゃん聞いてよ」


「なんでしょう?」


 私はチーズレモン風味の魚肉ソーセージを噛りながら応えた。


「開店時間一時間くらい過ぎていきなりデバイスが大音量で鳴ってさ、コーリングだから誰かと思ったらパートの志賀野さんだったんだ」


 店長のその言葉を聞いた瞬間、話の大半を理解した。


 この後の話を要約するとこうだ。パートの薬剤師の園田さん(店長はマキちゃんと呼んでいる)が倒れてしまったので休みを満喫中の店長が呼ばれてしまった。


 ーーーーと言うわけである。まぁパートのお姉さまのリーダー格の志賀野さんとしては前回私を呼び出したので順番的に店長を呼び出したのでだろう。

 それにしても呼び出されたにしては店長の疲れっぷりはおかしい。ある意味異常だ。仮に夜遅くまで子供と遊んでいたにしろ、疲れ過ぎだ。


「で、一つ聞きたいんだけど」


「なんですか?」


「なんであんなに売れるの?プランB。しかも買う人、俺よりかなり年上の人が多いんだけど」


 私はここで死体が出来上がったわけを理解した。


 まずこのファインファイン55号店の近隣には学校がいくつかある。

 つまり、適年齢期の難しい方々が千人単位、お客様としてご利用になられる可能性がある。むしろ緊急用アフターピルであるプランBを真に必要としているのは彼らの方であると言っても過言ではないだろう。

 さてはてここに買いに来ることがまずない彼らに誰がプランBを提供しているのか、考えたらわかる。


「プランBって書いてもらうやつだから、理由聞くだけど、俺とアバンチュールって書きたいって言われて・・・・しかも30人くらい連続で」


 死んだ目のまま、店長はもらした。しかしいつもふざけているが、変なところで真面目である。

 ーーーーあっ!!そうか!!

 私は気づいたのだ。そう言えば説明してなかった。いや、説明するのを忘れていたのだ。

 私は咄嗟にテーブルの隅に置いてある小型端末を手に取り、手書きメモモードにして店長に伝える事項を記入する。そしてそれを見せる。


「え?そうなの?」


『ここら辺は中高生が多いからその親が買いに来るんです』


 と書かれた端末の画面を手早く消した。

 犯罪抑制も兼ねてだが一部の薬は購入時記帳していただく事がある。

 プランBもそういう対応が決められている薬だ。真面目に対応すると店長みたいにゾンビになる場合もある。


「ですよ」


「俺、ここに売っているアンパンの使い方と同じくらいカルチャーショック受けたんけど」


 その言葉が終わった瞬間スタッフルームの扉が開いた。


「お疲れ様です!休憩入りますー!店長、すみません。言っていたの、見つかりませんでした!」


 開けて入ってきたのは私より少し年上の女性スタッフの和泉さんだ。最近パートで入ってた人で、なんでも家族の方の都合で、この近くに引っ越ししてきたらしい。


「そうか。ありがとう。休憩どうぞ」


 店長は少し眉をひそめたが明るい口調で返事した。


「わかりました」


 和泉さんは端末を操作して休憩に入る。


「さっき言ってたアンパンってなんの話ですか?」


 和泉さんは制服である白衣(と言ってもやや青みがかっているが)を脱ぎながら聞いてきた。


「子供さんが飲む薬のなかで余りにも味が酷くて飲まないものがあるからあんこで味を誤魔化して飲ませるんだ」


「へぇ、そうなんですかぁ」


 和泉さんは持ってきたお弁当を、広げながら返した。


「あれ?知らなかったんですか?」


 私は多少だが驚きを覚えた。和泉さんには息子がいるはずだ。男の子は一般的に身体が弱く幼い時によく病気になる。


「まぁ、うちのアキラ・・・・あまり病気にならなかったから。風邪ひいたって言っても数えるくらいだし・・・」


「珍しいこともあるんですね」


「えらい!なんてえらい子なんだ!アキラ君は!!」


 いきなり店長が立ち上がった。


「・・・そうなんですか」


 ーーーー和泉さん、ドン引きしているぞ。


「そりゃそうだろう。おかあさんを心配させたくないアキラ君の思いやりなんだ。きっと一生懸命手洗いとうがいをしたんだ」


「・・・そういうものなんですか?」


 和泉さんは私の方を向いた。


「まぁ、統計的にですが・・・」


 ーーーー人を困らせるな!!

 ・・・・・・と言いたい気持ちを抑えた。


「大体病気になった時に飲む薬は味が酷いものが多い。例えば喉が真っ赤に腫れて痛いときに飲むオレンジ色のやつとか3日飲んで一週間効果が続くやつとか」


 ーーーーいわゆる抗生剤ってヤツだ。


「オレンジ色のは確かにあんこやチョコがないと厳しいですね」


「そうそう。二回目に飲むヤツの方がマシ。ピンクのやつとか」


「確かに」


 私は同意した。


「そう言えば、以前、3日飲んで一週間効くヤツ、別のメーカーの舐めさせて貰いましたが、余りにもバナナミルク過ぎて涙出ましたよ」


「サト子ちゃん、それ、ホント!?」


 店長はそれの余りにも味が酷すぎたため、私の言葉に驚いたのだろう。

 ーーーー事実だから、仕方ない。


「そんなところで嘘ついてどうするんですか」


「まぁ、そこまで言うんだから、そうなんだろう。あっサト子ちゃん、ごめんなんだけど」


 私は店長が何を言いたいのかわかった。


「わかりました。少し早いですが、業務に入ります」


 私は手早く制服である白衣を羽織ると勤怠を入力して店内に入った。


 私は唖然とした。それを見た瞬間、頭の中が真っ白になった。

 ーーーーある商品の数が余りにも少ないのだ。


 店頭にある一部の医薬品を入れているガラスケース。私たちスタッフはカウンターとして使っている。

 いつもならそれぞれの医薬品がそれなりの数で入っている。

 ーーーー休憩入る前の和泉さんの報告で気付くべきだった。

 もっと言えば店長の愚痴のときに察すれば良かったのだ。


 ・・・・・・プランBの在庫が後5個しかない。

 後2時間ほど経てば代用品が使えると言えどもだ。


 仮に代用品を使ったとしても合わせて10人分だ。代用品は一回でいいプランBと違って、二回目飲まないといけないし、吐き気が結構キツいからそこも踏まえた上で販売しないといけない。

 ーーーーさて、もしなくなった時はどうするべきか?


 選択肢は二つある。一つはないものはないと言うことで頭を下げて、近隣で売っているところを探してそちらに行っていただく。

 ただ、閉店間際だとこの辺りではうちしか開いてない。

 もう一つは、近くの同系列の店にお願いして持ってきてもらうことだ。一番近くの同系列の店は大型ショッピングモールハライドにある別形態のアルファナイツ店。

 ここはサロンタイプだから薬剤師の人数は多いし、それに営業時間が短いしそんなにいらないだろう。

 ーーーーただ、これには重要な問題点がある。

 私とアルファナイツ店の丸亀店長は学生時代からの犬猿の仲・・・・いや、それより仲が悪い表現があれば教えていただきたいくらい仲が悪い。

 そして、困ったことにうちの店長は私が業務に入る前に行くところがあると言って姿を消した。

 休みの最中、わざわざ出てきてもらったんだ。このくらいのこと自分で解決しないと・・・・

 ーーーーと思う反面。

 あの店長!!どこにいった!!?人が困っているのに!!!

 と思う私がいる。我ながらに悲しいと言いたくなる辛い中間管理職の性である。

 今は目の前の仕事をこなす方が先決だ。まず、ガラスケースの中を整理して見た目だけでも整える。

 そして、他の医薬品コーナーを確認しながら、迷っている人がいれば声をかけにいく。半分くらい現実逃避だが、考えても仕方がない。来たとき考えよう。




「あの、すみません」


 私とあまり年が変わらないスーツ姿の男性がカウンター越しに声をかけてきた。恐らく仕事帰りだろうか。


「どうなさいましたか?」


 私はただ一つのことしか考えてなかった。

 ーーーーこの人もプランBくださいとかだったらどうしよう!!?後二つだ!もう1個の方を説明するにしてもまだちょっと早いよ!!


「・・・・子どもの薬、ください。あの、予防するやつ・・・」


「・・・え?」


 私は目を丸くした。そして切り替えた。


「はい、少々早いですが大丈夫です」


 私はニコッと笑顔で応え、カウンターの上に台帳を開き、ペンを置く。


「お手数ですが先にこちらの方にご記入お願いできますか?それとお子さんの健康管理ファイルの提示をお願いします」


 私はカウンターの上においてるある機械を提示をした。仕事帰りであろう男性は機械の上に普段持ち歩いているデバイスを乗せた。


「確認ですが何歳のお子さんでしょうか?」


「3歳です」


「かしこまりました。どのくらいご入り用でしょうか?」


「・・・・5個、出来たら10個欲しいのですが・・・・」


「お客様、可能であれば下の段に他のご家族の名前だけでも記入していただきたいのですが、お願いできますか?」


「大丈夫です」


 男性の顔は少し明るくなった。


「それでは少々お待ちください」


 私はカウンターを離れて面談室にいく。

 ここはいわゆる秘密の部屋、実を言うと子供用の一部の薬とかプランBの代用品だとかはここに置いてある。

 さっき男性が言っていた子供用の薬は恐らく座薬だ。この部屋の冷蔵庫に入っている。

 まず、私は電源が付いている方の端末の画面を確認する。

 一部の医療従事資格者に限り健康管理ファイルと呼ばれる個人の健康手帳のようなものを確認できる。これは個人個人の病院の受診歴や薬の処方歴、副作用歴、アレルギーなどを確認することができるものだ。このようなものは本人の認証、未成年者の場合は保護者の認証が必要になる。

 もちろん書き込むことも可能だ。資格者であれば、専門領域の情報を書き込むことができる。私は薬剤師なので薬に関する情報のみ書き込むことができるって訳だ。

 まず、することは、子供の体重と使用歴のある医薬品の確認だ。

 どうやら三ヶ月前くらいに熱性痙攣を起こしたようで何回か予防の坐薬をもらっている。その時既往歴の記入をしてなかったのだろう。

 どうやら3日前に風邪ひいたらしく痙攣を診断したのと違う病院で薬をもらっている。


 ーーーーここまではいい。ここからが問題だ。

 その時に咳と鼻水の粉薬をもらっているのだが、その粉薬に入っている成分2つが熱性痙攣には使ってはいけないと言われている。

 病院の診察を受けた後、薬を配布するときに確認していると思うが処方を書いた医者がそのままでと言ったのだろう。

 ーーーーさぁ、楽しい楽しいお仕事の時間だ。


 私は医薬品情報記入の画面を開き、処方禁忌薬品の欄に情報を記入し、オプションで仮にどっかの医者が処方した場合はアラームがなるように設定した。

 最後に、これから渡す痙攣予防の坐薬をここで渡したと言う内容を記入した。

 そして坐薬が入るくらいの大きさの紙袋を二枚取り出し、 白衣の胸ポケットに入っている羽根が生えた指輪を取り出した。指輪を使って紙袋に私の名を焼き付けた。最後に冷蔵庫から取り出した坐薬をそれぞれ5個ずつ先程の紙袋に入れて口を折り曲げて封をする。

 ーーーーいい感じの時間になったな。

 私は端末の画面の端に表示された時間を確認するとそのままカウンターで待っている男性の元へと向かう。


「大変お待たせしました。お薬はこちらになります。保管は冷蔵庫でお願いします」


「・・・・後、もう一つ、相談が・・・」


「はい、なんでしょうか?」


「子供の薬のことで・・・・」


 ーーーーなるほど。病院でもらった咳と鼻水の粉薬を飲むとそうとう眠たくなるのか機嫌を悪くして時々泣き出してしまうことがあるらしい。親としてはそれが心配なのでどうすればいいのかわからないと言うことだ。


「かしこまりました。それでは・・・」


 ーーーー多少は予想していた。あの組み合わせだと確かによく寝る。寝た方が病気が早く治るから敢えて何も言わなかったが、相談された以上は仕方がない。

 確か病院で貰ったのは咳と鼻水の薬だけだ。渡した人間は中止するなも変更するなも言ってないだろう。

 ・・・つまりするなと言ってないってことはやっていいってことである。

 私は子供用のお薬コーナーに男性を案内した。棚に並べてある子供用の咳止めのシロップと一日二回の鼻水の粉薬を案内した。

 一日二回の粉薬は眠気がまず出ないもので熱性痙攣があっても安心して使えるイチゴヨーグルト味のものだ。

 別々になってしまうが症状に合わせて調節できるし、粉薬の方は保管状況さえ良ければしばらく使える。


 男性は私の説明に納得したのか、その二つも買うと言った。


「すみません。それではお会計お願いします」


「かしこまりました。こちらへどうぞ」


 男性はデバイスを取り出し、支払いの機械に読み込まさせ会計を済ませた。


 私は男性の背中をしばらく目で追う。

 ーーーーさて、この子供が3日前に診て貰った病院に再度診て貰うときが楽しみである。

 確かにアラームの設定はした。ただのアラームなら無視されるだろう。私の設定が反映されるのであればまず警告が出る。それでも処方しようとしたら、病院内に怪獣が襲ってきたようなサイレンが鳴り響くだろう。

 そもそも怪獣が襲ってくることはないが。


「そう言えば、前から思ってたですが、なんで時々家族の名前も書いて貰うんですか?」


 隣のカウンターでレジをしていた和泉さんが聞いてきた。


「実を言うとあの薬は一人5個までと決まっているんですよ。でも一家族5個までではないんです」


 医療用医薬品緊急公布制度、遥か大昔は零売と呼ばれていた医療用医薬品の販売制度だ。かなりややこしい制度だったが、法改正が幾度なく入り再構築された。要約すると病院で貰う薬の一部は夕方以降ならここでなんとか対応できるってことだ。


 時間がきたので私はレジの業務から離れ、本来であれば誰もいないであろうスタッフルームの扉をあけた。

 ーーーー本来であればである。


「サート子ちゃん、お疲れ~~」


 扉をあけた瞬間私が探していたお調子者の声が響いた。


「お疲れです」


 私は黒い上下の私服姿のお調子者に冷たい視線を浴びせた。


「サート子ちゃん、お願いがあるんだけど、これ片付けてくれる?伝票の方は俺がするから」


 このふざけたお調子者、店長はテーブルの上に置いてある半透明のコンテナをトントン叩いた。品出しの商品を入れている見慣れたコンテナだ。

 ここから見た限り何か入っているのは間違いないが中身がわからない。


「店長、それより・・・・」


「まぁ、中身を見て」


 その言葉に不満を覚えながら私はコンテナの中身を確認した。

 確認した瞬間、この男は救世主となった。


「・・・・店長、これは・・・」


「丸亀くんを突っついてもらってきたよ。ついでにパートさんも借りてきた」


「ありがとうございます」


 私は頭を下げた。コンテナの中身は今の私にとっては恐らくどんな宝石より価値があるものだろう。

 ーーーープランBだ。数は30ほどある。


「これで今日と明日入って来なくてもなんとかなるかな」


「・・・多分ですけど」


 私はこの後大変な事を聞く事になる。


「そうそう、次のシフト五連勤よろしくー!」


 ーーーーなんだとぉ!!!

 怒りを抑えながら私は作業に移った。

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