片翼のスペシャリスト
@syu-inononn
ファイル1 もしものとき。
私はいつも通り、アパートの近くの公園を突き抜けて仕事場に向かう。
公園の植え込みの桜はいつ見ても見事なものだ。
ーーーー今は葉桜だけど。
オレンジ色のぶかぶかのパーカーを羽織り、空を見上げながら公園から仕事場まで私自身、身長があまり高くないため大股で闊歩する。時間帯の兼ね合いで車があまり走ってない道路を早足で横切り、大きな駐車場の突き抜けてその横に建っている大きな建物に向かう。
しばらくすると建物の影に入り重苦しい扉が目の前に現れる。
この扉は正規の入り口ではないスタッフ用の入り口だ。
わたしは手に収まりきれないゴツい鍵をバッグから取り出し、鍵を開ける。
扉の横にある警備装置に人差し指を嵌め込んで解除した。いわゆる指紋認証式のロックだ。そして、必要な明かりをつける。
入り口入ってすぐは倉庫になっており、そこから一分も歩くこともなく入れるスタッフルームに入る。真っ先に私は自分のロッカーにバッグと羽織っていたパーカーを仕舞い、上から制服である膝上丈の白衣を身に纏う。
そして、スタッフルームのテーブルに置かれた薄型の小型端末で、改めて出勤をつける。
そして、金庫からレジのお金を取り出し、薄暗い店内でレジにセットし、複数ある会計用の機械にスイッチを入れて使えるようにしていく。
店内での作業が一頻り終わるとスタッフルームに戻り、管理用の大きな端末で店内に商品の値段を確認していく。
なんだかんだと朝の開店準備をこなしていくと他のスタッフ達が続々と集まってくる。
この時間帯に出勤する彼女たちは長いこと勤めていらっしゃるパートタイムのお姉さまたちだ。
(わたしより年上なので敢えてお姉さまと言うが)
「おはようございます」
「栗原さん、おはようございます」
「さとちゃん、おはよう」
「おはようございますー」
私は今スタッフルームに面々の顔を確認すると今日の予定を書いた用紙をテーブル上に広げて朝の連絡事項を伝える。
ここはファインファイン55号店。私が今働いている店の名前だ。ここら辺で一番大きなドラッグストアだ。人々の健康を守るとか美容のためだとか言えば聞こえは良い。しかし実際は一部の特別な商品(薬や健康食品など)を中心としてさまざまな商品を取り扱っている大型商店である。
そして、私は栗原慧子(くりはら さとこ)。このお店で働いているスタッフの一人では店長ではないが店長がいないときの店のリーダー、いわゆる副店長みたいな存在である。私自身は身長がやや低め、30代になったばかりの女スタッフ。この店の勤務歴はそれなりに長い。
今日は休み明けの平日。店頭に並べるべき商品もたくさん来ているし、昨日遊び過ぎて体調崩しかけた人たちが相談に来るだろう。
病院にかかると結構待たされる上にお金がかかるから、欲しい薬が早くそれなりの値段で買える店は重宝される。
そして、薬のついていろいろアドバイスできる専門家もかなり重宝されるのだ。
言わばわたしや店長のような国家資格である薬剤師や地方自治体が管理している資格、特定商品販売資格(医薬品限定)を取得している人が、店頭に立っているだけで大半の人々は安心するのだ。
まず、私は倉庫にそびえる商品の入ったコンテナを台車に乗せると、店内に駆け出す。
ーーー休み明けは相変わらずえげつない。あそこの棚の商品、切らしている。早く商品を見つけて出さないと。
コンテナに入っている商品の数々を並べながら考える。
その時ーーーー
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
小さい子どもの声が響いた。
出していた商品を乗せた台車を通路の端に寄せて声がした方向に駆け出した。
駆け出てついた先はベビー用品のコーナー。
小さな子どもと若い母親の姿。
子どもの足元には黄色い水溜まり。
その声を聞いて店内で商品を並べていたパートさんもほぼ同じタイミングでかけつけた。
「お客様、大丈夫ですか?」
圧力を与えないように優しく声をかける。
「すみません!」
若い母親は頭を深々と頭を下げる。
私はかけつけたパートさんに視線を送った。
「お客様、お手洗いまで案内しますね」
パートさんにお客様をお手洗いを案内してもらい、私はその隙に倉庫から掃除道具を持ってきて黄色い水溜まりを処理した。
しばらく掃除すると、ほぼ水溜まりの後がなくなった。もちろん臭いもしない。
床が元に戻ったのを確認すると、掃除道具を元に戻し、自分が押していた台車のところに戻った。
私は押していた台車に乗っていたコンテナに入っていた商品をいくつか出し終えた。
ーーーーそろそろ時間かな?
私に近づく影が見えた。昼からのパートさんだ。
「おはようございます。栗原さん。休憩どうぞ」
「おはようございます。お願いします」
私はパートに挨拶すると軽く説明して、スタッフルームに向かった。
ーーーー昼からのパートさんが私のところにきたってことはすでに来ているな。
私はスタッフルームの扉を開けた。
「お疲れ様ですー。休憩入りますー」
スタッフルームには私と同じ制服を着た男性が管理用の端末を弄ってたが私の声で存在に気付き、こっちを向いた。
「サート子ちゃん、おはよう!」
猿顔の泥棒が好きな女の子を呼ぶような感じの声で私を呼ぶ声が響いた。
「店長、おはようございます。休憩入ります」
私はその言葉に対して冷静に返した。
その冷静さにがっかりしている気がするが今は関係ない。
よく調子に乗っている私と同じ空間にいるこのイケメンは別府篤司(べっぷあつし)店長。ここファインファイン55号の店長で、私と同じ薬剤師である。因みに私より5歳くらい年上。
二児のパパでありながら甘いマスクと優しいトークで御高妙齢の御姉様方(いわゆるおばちゃん)に大人気である。
「サト子ちゃん、今日のところはどんな感じかな?」
「今のところ問題ありません。売上も順調です」
休憩に入っているといえどもスタッフルームにいるから仕事の話が飛び交う。
店長と会話しながら
ロッカーに白衣をしまい、あらかじめ持ってきておいたお昼ご飯を取り出す。
野菜ジュースと魚肉ソーセージ数本とリサイクルボトルのコーヒーを取り出し、スタッフルームのテーブルの上に置いてその前に置いてある椅子に座る。
「お疲れ様ですー。休憩入りますー。あれ?さとちゃん、今日も魚肉ソーセージ?」
朝からのパートさんの一人が休憩に入るべくスタッフルームに入ってきた。
「お疲れ様ですー。結構栄養価高くてカロリー低いから割りとオススメですよ」
「ここ最近なんか同じのが続いてない?」
パートさんは着替えながら声かけた。
私は魚肉ソーセージのうちの一つを開けながら言った。
「気のせいですよ」
あまりにもさっくり応えたので近くにいた店長のなんとも言えない顔が見えた。
なんやかんやで昼休憩は終わり、終わりの時間が近づくとバックを片付け、白衣を纏い仕事の準備を始める。
昼からはレジ業務だ。商品を出しながらになる。
荷出しをしながらレジ業務を冷静にこなす。
支払いは基本的には現金払いではなく、デバイスと呼ばれる機械によるものやチャージカードに寄るものが多い。お金の誤差が生じることは少ない。
まぁ、私の場合レジ業務と言うより、医薬品関係総合業務と言った方が正しいだろう。相談カウンターにあるガラスケースに一部の薬を入れたり、医薬品コーナーの前にいるお客様に声かけて相談に乗ったりする仕事が中心だ。
いろいろしているとあっという間に時間が過ぎる。ガラスケースに入れるべき医薬品をすべて入れて、医薬品のコーナーに立っているお客様に声かけにいこうとした瞬間、
「サート子ちゃん、お仕事の時間だよ」
声がしたのでその方向に身体を向けると店長がたっていた。
「お仕事の時間って?」
私は店長の言っていることが理解できなかった。
ーーーーそろそろ上がりの時間だが、何事だろう?
「ほら!いつもやつだよ。ご指名が入ったんだから仕方ないよ」
ーーーーそういう事か。そう言われた以上は仕方ない。
私は店長にレジ業務を引き継ぐとある場所へと向かった。
店内に設けられた面談室。
通常は来られたお客様に対して使用されるものだ。
ーーーー通常は、だ。
そして2台ほどイヤホンマイク付きの端末がある。
普段は一台しか使わないから片方しか電源は入ってない。
私は電源の入っている端末に置かれた椅子の前に座ると、まず事前情報を確認する。
ーーーーまず確認すべきは私を指名したお客様の情報だ。
相手はハイグレード、16才の女の子。
・・・・この場合私以外適任者はいないってことだろう。
嫌な予感しかしないが、落ち着いてイヤホンマイクを装着する。
「お客様、大変お待たせしました。薬剤師の栗原でございます」
優しい声で話しかける。
『・・・・・あの、すみません。実は・・・・』
嫌な予感は見事に的中した。
話を要約すると、エッチしてから生理が来ません。予定から一週間くらいたってます。どうすればいいですか?だ。
「お客様、プランBはご利用になられましたか?」
『飲んでません』
プランBとはいくつかある緊急用アフターピルのことである。
・・・・そもそも飲んでいたらこんな問い合わせしてないか。
ーーーーさぁ、困った。どうすべきか?
と言うものの、言うべき言葉は変わらない。
「お客様、これから言うことをお約束していただきますか?」
私はこれから生理を来させるために彼女がすべき行動を説明した。
確実とは言えないため、責任は取れないことと、さらに二週間以上して生理が来ない場合は医療機関に行くことを約束してもらった。
・・・・・これで解決すればいいのだが。
医療機関に行けば解決策は確実に手に入る。飽くまでここで手に入るのは代替品に過ぎない。
私は話が終わるとスタッフルームの冷蔵庫に入っていた残業手当てを有り難くいただく。
ーーーー今日は白玉抹茶パフェ~!!
「仕事上がりの甘いものは最高ですねー!」
私は店長が買ってくれたであろう白玉抹茶パフェを堪能しながら言った。
店長はあきれた顔で私の方を見つめた。
「あぁは言うけどさ。サート子ちゃん、それでよかったの?」
「それを決めるのは私じゃありません」
店長の疑問に当然のように応えた。
「いつもこういう時助けてもらうからなにも言わないよ」
「それにしてもこの白玉抹茶パフェ、美味しいー」
「・・・また、頼むよ、サト子ちゃん」
「現物支給でも残業代出るなら大丈夫です」
「おいおい・・・・」
私の言葉に店長は苦笑いした。
後日の話になるが私が休みの時にハイグレードの女の子がお礼を言いに来たらしい。
どうやら無事に悩みは解決したようでよかった。
この事についてはこれでめでたしめでたしである。
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