第581話 ああ

「鉄っちゃんは、旅行が好きなんだー」と、友里恵は楽しそう。


目の前のガラス窓には、機関車の後ろ側が映っていて

相変わらずの高架線を、かなりの速度で。


時折、駅のようなところを高速で通過するけれど

早いので、どこの駅かは解らない。



「いや、どちらかと言うと母がね・・・旅行、と言うか逃避好き」と

山岡。



友里恵は「逃避?・・・あ、愛紗と似てるの。」



山岡は頷いて。言いたいことが通じた、と言う感じ「そうかもね。

母も、旧い・・・寿司屋の娘だったから。

働く事・・・を美徳とされて育った。

だから、もうダレも居ないのに

家に居ると、働かないと・・・って思い込むタイプ。


そのワリにだらしないんだけど(^^)。」



友里恵は「アタシも、どっかそういうとこはあるけど・・・

でも、おばあちゃんが居たから庇ってくれたし。」



愛紗にはそういう逃げ場がないんだろうなあ、と・・・友里恵は思う。

だから、遠くへ旅行に行ったりする・・・・あ、鉄っちゃんのお母さんもそうなんだ。と。

ひとり合点。


「で、鉄っちゃんは・・・ずっと、お母さんに仕えてるんだ。」




山岡は「まあ、暇だし。父も死んじゃったから。他に居ないし。

それ考えて結婚もしなかったし。」



友里恵は「じゃあ、お母さんがいなかったら、希望ってないのか」と、雑なコトバになっちゃ


た。と、笑いながら。




山岡も笑顔で「そういうものじゃない?食って、寝て、それだけあれば

生き物として不満はないよ。


普通は交尾して、つがいになって。それに追われるけど

それ捨てちゃったら、なんにもないんだし。男って。自由だよ。

母が死んだら、ホントに自由になれるから。

それまでは、これでいいんじゃない?」




友里恵は「男はね。それでいいんじゃない?」


でも、誰かが・・・山岡を選んだら。

どうするんだろう?とは思った。

それほど親しい間でもないから、それは言わない。





「でも、まあ、そんなこと考えるのも

最近だから。


昔はね。おじさんが20歳くらいの頃は

そんなこと考えなくて良かったんだもの。


誰だって終身雇用で、余程でなければ

一生安全で。


「サザエさん」みたいに生きていけたんだから。」


と、山岡はにこにこ。


それが嫌なわけでもない、と付け加えて。



友里恵は「そうだよね。そういう時代だったら

愛紗も何も・・・あ、でも・・・親が選んだお婿さんじゃ

嫌かもな」(^^;







「うん。僕も覚えがあるよ。25歳くらいの時。

母が、気に入った女の子をね。お嫁さんにどうかと。」



と、山岡。


友里恵は「どんなこ?」と、にこにこ。




山岡は「うん、大人しくて可愛い子で。別に不満は無かったけど。

もうちょっと自由で居たかったから。」




友里恵は「でも、男はいいんじゃない?・・さっきも言ったか」と。微笑んで。




「だから、愛紗ちゃんの気持も判るけど・・・ホラ。僕は男だから。

連想したのはネ。


レンタルビデオ借りてきて、大切なビデオデッキに入れるのが嫌、って言う感じ、」





と、山岡。



友里恵は「なんか、やらしいなあその喩え」と、笑って。


山岡は「そうか?ハハ。・・・その女の子もネ、そうじゃないかなと思ったり。

愛紗ちゃんもそうかも」





イレるから?と、友里恵は、なーんとなく。へへ、と笑う。


まあ・・確かに。



「じゃさ、お母さんの・・・ソレに。

一生付き合うつもり?」





山岡は「うん、まあ・・・いくらかは、その


「縁談」


を、反故にしちゃった懺悔もあるかなー。


だって嫌だもの。結婚そのものが。

相手が誰でも。


ずーっと、誰かのいいなりにされて。



また、家族とか、そんなものに

縛られるの。」



怒るでもなく、叫ぶでもなく。


淡々と。




友里恵は・・ふと思う。


タマちゃんもそうなのかな?




だとすっと・・・愛紗と似たもの同士だね(^^)。




旅人たちの気持を乗せて、列車は東へ進む・・・・。



「まあ、お見合いだって

付き合ってみると、いい人だった、って事もあるから」と、山岡。



通路の左右にある、乗務員室。

すりガラスに



CREW

  乗

  務

  員

  室


と、そこだけ透明なので

中に、誰もいないのは

なんとなく解る。




友里恵は、その、取っ手を右に回しながら

「それって、愛紗のこと?鉄っちゃんのこと?」



と。



かちゃ。



「開いちゃった」



山岡は「ああ」と言って

中をちら、と見て「両方かな。僕もね、意地張ってたのは若かったから。

付き合ってみて、振られることだってあるし」



人が居れば・・・・灯りがついているだろう。



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