第580話 primal

揺れる機関車の背中を見ながら、山岡は

「でもまあ、贅沢な悩みだよ、そんなの」



友里恵は「愛紗のこと?」と、ちょっと意外なことを言う山岡を見て。



山岡は頷いて「うん。ふつーはさぁーあ、仕事なんて選ぶんじゃなくて

とりあえず、使ってもらえるから、って、

ほんの少し前は、そうだったんだよ。若い人が多かったから。」




友里恵は「今だってそーだよーぉ。アタシだって、専門学校に入れたから

なんとかできたけど。」


山岡は「うん。そうかもしれないね。友里恵ちゃんも愛紗ちゃんも

「いい子」


で居ようとする。それは同じだよね。


より、「よい人」で生きたい。



愛紗ちゃんは、それに疲れちゃったんだね、きっと。


誰かに「いい子」って褒めて貰える生き方をしててーーー。


でも、それにも限度があって。」





友里恵は「まあ、それで・・・・誰でもそうだと思うけど

「自分のしたい仕事」


なんて、ないよねホント。


アタシだって、資格取ったのにカンケーない仕事してるし。


でもそれでいいんじゃないか、と思うの。


愛紗にはそれがないから。自分のシタイ仕事、なんて

元々何にもないんじゃないかなぁ、誰だって。」



山岡は「うん、そうそう。僕だってバスの運転・・・なんてしてみたいと

思って、結局投げ出しちゃったけど。


それでいいんじゃないかなぁ?


バス、というか・・・鉄道とかさ、公務とか。



「何か」の為に。



ってあるでしょう?



それがカッコイイと思ったんだ。

僕のおじいさんは国鉄だったし。」



友里恵は「そうかもねー。アタシもトリマー、なんて仕事が

したいと言うかぁ。

中卒で資格取れるのって、そんなもんだったし。

それだけ。

犬やネコは好きだけど。」




と、揺れるデッキの壁に背中を靠れて、友里恵。「アタシタチ、なんで

こんなハナシしてるんだろ」と笑った。


山岡は「ホントだ。」と笑った。「夜だからじゃない?」


山陽本線2列車「富士」は

どこか・・・都会に近くなったのか

高架線を走っている。


速度は高いけれど、あまり揺れはしない。


神戸・・・あたりだろうか?




時折、ホームらしき建物が左右に見えるけれど

列車は真ん中の、ホームと離れた線路を真っ直ぐに。


「夜だと、こんなハナシするワケ?」と、友里恵はちょっと笑いかけて。



山岡も、微笑んで「そうだね、おかしいよね」



レールの響きが足もとから・・・・

そんな雰囲気もあるかもしれない。



「でもさ、普通はそれで・・・結婚したりして

コドモできて、追いまくられて。

いつのまにか、おばあさん。


なんて感じだよね」と、山岡。「考えてもしょうがないよ」



友里恵は、少し考えて「愛紗は、それが嫌だったのかなぁ・・・でもアタシは

嫌じゃないよ別に。」



山岡は、友里恵の顔を見て「友里恵ちゃんはそういうタイプだよね。

どんな時だって、前向きな。」




「そんなことわかる?」と、友里恵。




まあ、わかってるわけでもないけど・・・と、山岡は言いながら。


「考えたって仕方ないけど・・・・でも、今はあんまり・・・

そういう・・・家族とかって・・・もういらないんじゃないかなー、って

僕は思ったりする。」




「なんで?」と、友里恵は山岡を見上げて。



山岡は「メンドクサイもんねぇ。楽しいことが一杯あるのに

家族だとか地域だとか、会社だとか。

コドモのためとか、社会の為とか。

そんなんイラナイよ、って。」




「じゃさ、鉄っちゃんが年取って、動けなくなったら?」と友里恵。



山岡は平然と「それが最後でいいんじゃない?動物だってみんなそうだから。

地球の上で人間だけが増えすぎてさ、もうイラナイってみんな思ってるんじゃない?

だから争うし。」




友里恵は「アタシは、やっぱり・・・いままででいいなぁ」




「それって、友里恵ちゃんが幸せだからじゃない?」と、山岡。

ビデオカメラを左手で撫でて。


とても小さい、銀色の。


HDV、と書いてある。


なぜか、キャノンのカメラなのにソニーのHandycam、と言う編みこみの

ニットのストラップが付いている。

青い。




「アタシ、幸せなのかな・・・・そうかもしれない。

愛紗みたいに辛そうな感じもないし。」と、友里恵。



「自由でいいんだよね」


山岡は言う。自分にも言っているのかな?

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