第464話 scout

そんな時期が、誰にでもあるのだろうと愛紗は納得した。

ほんの数日前、衝動的に電話で、愛の言葉を口にした自分。

それを思うと、とても恥かしくも思った。


遠い、遠い日の出来事みたいな気がした。


なぜ、そんなことを・・・?自分でも解らなかった。

思いつめていたわけでもなかった。



ただ、そういう言葉を言ってみたくて、いえなかったから・・・だったのかもしれない。



「深町さんでよかった」



そういう自分を解っていて、本気にはしなかった人だから・・・・。




そうでなかったら、かなり面倒なことになっていた、かもしれない(笑)








203号室に戻った理沙は、畳の部屋にごろり。



どうも、ベッドはニガテである。



でもまあ、あまり綺麗でない和室だと畳も怖いかな、なんて思ったりもするけど。





そして、思うのは愛機、DE10 1205の操作感、実感だった。


機械の塊。金属だと言う質感。


ブレーキハンドルの冷たさ、重み。

機関車単弁の上にある、全ゆるめ、階段ゆるめスイッチの操作感。


逆転機レバーの、どこかの機械に繋がっている、と言う実感。


歯車が、がちゃん、と・・・噛み合うような。



主幹制御器レバーの、何か、油、を意識するような動き方。



エンジンの、排気の匂い。音、振動。



機械だー、と・・・全身で主張しているような機関室にひとり。

とても大きなものを、ひとりで操作し


長く、重い列車を率いる。その実感。


瞬間、生きている、と思えるのである。




機関車に乗る、と言う仕事。



こんなに楽しい事をしながら、お金を貰えるだけでも

とても幸せなコトだ。




機関車は、一台、一台

それぞれ違うし

編成の重さや、種類でも乗り味は全然違う。


天候でも違う。


そういうものを、感じ取れる人でないと・・・機関車は乗れない。

センス、みたいなものがある。



向き不向きで、こればっかりは乗ってみないと解らない。


いくら好きだと言っても、向いてない人には危険な代物でもある。



少し前、新幹線の運転士志望の青年運転士が、通勤快速の運転を誤り

事故を起こしたニュース・・・などは、そんな例かもしれない。



どんなプレッシャーがあったにせよ、物理的にヘンな操作をすることは

やはり、運転のセンスがないのだろう。



カン、だろうか。それ、やったら危ない。



そういう感覚である。



それがあれば、カーブで急ブレーキを掛けることはないはずなのだ。



たとえば、オートバイで同じコトをして転んだことがあれば、とか

自転車でもいい。



そういう経験があれば、そんなことはしないだろう。



いや、オートバイだって、それをすればどうなるか予測できるひとが


運転をするのに向いている、人。




だろう。




「消しゴムじゃ消せないんだ」と言う・・・・言葉を理沙はどこかで聞いた事がある。

機関車の運転は、失敗したから、ごめんなさい。

では済まされないもの。



なのである。




それを思うと・・・愛紗はすこし頼りないと思わないでもなかったが



「そのあたりは、区長が考えるでしょう」と。



理沙よりも、ずっと、ずーっと。人間を見ている区長だから。



「あ」区長、と言う言葉で思いだした。



大分機関区に電話してみよう。休み取れるかな?なんて。




「ここはKKRだから」鉄道電話が使えるな、と・・・(^^)。

携帯電話だと料金が勿体無いし。


機密事項である。



外線発信ではなく、番号8をダイヤルすると

鉄道電話につながるので、大分機関区の番号、21、をダイヤル。

あとは運転の内線。372をダイヤル。




「はい、運転」と。指令が出る。


夜8時過ぎ、だいたい、少し落ち着く時間である。


格納も終わり、夜行列車も、大分ではこの後はしばらくは無い。



ひと息の時間。




「あ、橋本です指令。あのー、どこかで3日くらい休めますか?5月の連休明け辺り」



指令は「公休2+1なら」




有給扱いは1で、公休2、と言うのはそれ以前にある超過勤務をそれで

打ち消す、と言う事になる。



給料が減るので、所帯持ちは嫌がる(笑)。



理沙はシングルだから「いいですよ」



指令は「それなら、大丈夫だよ。だいたい」






理沙は、にっこり。黒い受話器もって「ありがとうございます。じゃ、あとで

日程が決まったら」



指令は「墓参りかい」




理沙「そんなとこです。弘前のね、庫内手になりたいって子が居て、付き添い」



指令は「橋本も人がいいなぁ。それに、庫内手にわざわざ?」



理沙「ディーゼルに乗りたいんだって。機関車」




指令は「変わってるヤツだなぁ」



理沙「女の子」



指令「へー。いまどきのコは変わってるなぁ」





理沙「かわいいコですよ」



指令「ふーん、じゃ、大分でスカウトするか」



理沙「そうして」と、笑って「じゃ、ありがとうございました」


指令は「あいよ」と、笑って受話器を降ろした。



理沙はちょっと考えて「弘前だと雪がタイヘンだからなぁ」


雪かきも仕事なのである。

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