第421話 DF200

洋子は、編成最後尾の乗務員室から出る。

貫通路でふたつに分けられたそれは、引き戸がついていて

雰囲気は、専務車掌の乗るA寝台車の乗務員室のようである。


ふと、その・・・A寝台車に乗務する事を夢想する洋子。


白いスーツ、帽子に金色と赤のライン。


腕章も赤く


専務車掌

CONDUCTER


である(^^)。



大分車掌区でも、時折「彗星」「富士」などに乗務する

専務さんのそのスーツを見ていたりした記憶があるから、だろうか。





勿論、女子の深夜勤務は出来ないので夢想、でしかないが。




「でも、黒の方がスマートに見えるかしら」


なんて、思ってる洋子は

乗務員室の扉を締め、腰にショック・コードで下げた

鍵でそれを閉じた。


それから、足早に3号車に向かい・・・デッキの傍の席に掛けている

さっきの婦人に、指定券(?)を渡す。



「おまたせいたしました。こちらで予約が取れましたので

フロントにご提示なさってください」と、洋子はにこやかに。



さっきのおばちゃんは、にこにこ。「ありがとう。助かったわ」と


かばんの中から「かぼすジュース」を。



洋子は、勤務中だから、と断ろうかと思ったが


まわりは学生ばかりだし・・・



「ありがとうございます、お気遣い」と言って

それを受け取って。礼をし


「由布院駅で下車をお願い致します」と言った。



おばちゃんは「ありがとう。ほんとに」と、にこにこ。



洋子は、その「かぼすジュース」。

緑のペットボトルに、かわいい女の子の絵が描いてあるそれ、を持って

4号車に戻る・・・・。







同じ頃・・・DE10 1205の機関室で

機関士・理沙は主幹制御器のハンドルを戻し0ノッチ。


逆転機は中間位置。


慣性走行である。


質量の大きい列車なので、慣性だけでかなりの距離を走行可能である。


変速機も切り離してしまえばいいのだが、そこまでする必要も無かった。



V12シリンダ、61000ccターボ・ディーゼル・インタークーラーエンジンは

静かにアイドリングを続けている。


1350ps。 =1046KJ (KN-m)である。


つまり、1046tの質量を一秒間に1m加速するだけの力で

クランク軸を捻る事が出来る、と言う事である。


(ただ、それは1350psを発生する回転数で、の話である。

0回転から起動する時は、それほどの力はないので

トルク・コンバータ・クラッチで回転を高く保つ必要がある訳だ)。


変速機を経て、減速されると変速比によってトルクは増やされる訳で

4倍、程度だろうか。



そのくらい、起動時のトルクは少ないが、貨物列車でもない

客車4両程度、せいぜい150tくらいなら


DE10には、軽々、である。



その為、慣性走行でも速度はあまり落ちないので

力行は控え、次の駅に定時で着く程度の速度に至ったら

慣性で走行する事が推奨されている。


勿論燃費の為もあるし、エンジンなどの機械を労わる意味もある。

モータよりは故障も多い、エンジンである。



「どこの駅から、加速するのはどの程度?」などと言う加減は

乗車率でも異なるし、天候にも拠る。



機関車は難しいのである。

それを御している自分。


いくらか、誇らしくもある。



しかし、奢ってはならない。危険は、いつ訪れるか解らない。


前方を注視し、予防安全に勤めるべきであるーーーと、自戒する

機関士・理沙である。




ターボ・ディーゼル・インタークーラとはいえ、アイドリングでは

ほとんど充填効率(KL)は高まらない。


本来のシリンダー空気量との比率で表すこの数値であるが

ターボなどで空気を加圧しても、100%にはならない。


もっとも、容積比ではなく、質量で表す方が一般的である。

その値はPM、と評されてこちらは%ではなく、0.6、などと比で表す。


ディーゼル・エンジンは、圧縮比が20程度と高い為に

比較的熱効率が良いが、その圧縮比の関係で

高回転まで上げることは難しい。


クランク・ピストンなどの剛性が無いと、圧縮・膨張に耐えないからである。

従って、排気量が61000cc等と言う、桁違いに大きい値になるのであるが

それでも、DE10のエンジンはターボ・インタークーラで

排気の勢いを利用し、回転軸によって吸気・コンプレッサを回し

吸気を加圧する。


それでも圧縮比が20程度あるのは、寒冷地の始動が難しいから、である。

ディーゼル・エンジンは、空気を圧縮する事で軽油の発火点を超えさせ

自然着火させると言う動作原理であるから、である。


自動車のエンジンなどでは、排気バルブを少し開ける事で

慣性による加圧を行う手法を取る事もあり


この場合は圧縮比が14程度まで落とせる。

すると、ガソリンエンジンに近い回転数まで上げる事も可能であるが

鉄道車両では採用されていない。


堅牢性が大切なのである。

始動できない、などと言う事はあってはならない。


このため、ディーゼル・カー等でも折り返し時間等では

エンジンは停めない事が多い。


始動不可となったら困るから、である。



そして、加圧すると温度が高まる吸気を冷やすのが

中間冷却器(インタークーラ)である。


そうして吸気密度を上げ、出力を向上させると言う仕組みである。

見かけ上の熱効率は、この場合のシステムで

よく出来たものでは60%程度にまで達する事があるから

内燃機関がCO2を出す、と言っても

火力発電(コージェネで60%)とそれほど変わらない数値にする事も可能である。


つまり、新世代のディーゼル機関車DF200等は

かなりクリーンな存在である。

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