第420話 津軽湯ノ沢ー陣場

理沙は、仕業票を確認。

「次は、引治、停車!」と、右上に掲げられている表、

パウチされていて汚れない、縦長のそれを

軍手の右、人差し指で確認。


列車が走り出し、恵良駅を後部が過ぎようとする、その時に

機関室窓から、反り返るようにして乗り出し、後部確認。


「後部、異常なし!」指は差せない。


右手は編成制動弁レバーにある。

左手は、主幹制御器。ただいま4ノッチ。

トルク・コンバータ・クラッチなので、ゆるーりとした加速である。


エンジンは、走り出しのトルクが比較的小さいので

油を介する事で、エンジン回転を比較的高く保ち

スリップさせながら変速機軸に伝える。


これが変速段である。


その他、固定段と言って

軸を固定するものもある。


ディーゼルカーなどでは、変速3段、などと言うものもある。



自動車で言うロックアップ・クラッチである。






理沙は、ふと思う。


「青森機関区だったら、寝台特急の構内牽引、なんて出来たかもしれないな」





入れ替え機関士を希望すればの話だが。


本線よりもある意味、入れ替えは難しい。

連結もそうだし、複雑な駅の配線、信号を覚えないとならない。




青森駅、東北本線上り2番線。

そこに、東青森客車区からの寝台特急・・・「ゆうづる」「はくつる」「あけぼの」

等の最後尾にディーゼル機関車、DD13だったりするが

青森駅は行き止まりなので、盛岡方面の客車区から

客車を率いて。


12両のブルー・トレイン編成。それを率いるのは

電化する前の奥羽本線でも、ディーゼル機関車の仕事だった。



「もう少し生まれるのが早かったら、ね」と、理沙は思う。


奥羽本線も電化され、その仕事も電気機関車になったのだった。



津軽湯の沢ー陣場の峠を越えて走る。

先頭の機関車に乗り、重連総括制御で制御する。

後方にはブルー・トレイン編成。24系。「あけぼの」だろうか。



そんなことを夢想したりしていた、弘前機関庫、庫内手であった理沙である。




これから、今乗務している275列車は、久大本線の水分峠を越えるのだ。

そこを走る時、ふと、それを思い出す。


水分トンネルの日田より、カーブの佇まいは

どことなく、その・・・奥羽本線の

津軽湯ノ沢ー陣場間を思い出す理沙だった。



幼い頃、写真が趣味の伯父に連れられて

津軽湯の沢駅で自転車を借り、写真撮影に行った事を。


モノクロームのフィルムに焼き付けられているのは、黒い、蒸気機関車である。

貨物列車なら、前補機、後補機。



3重連であったりする。


客車列車なら、普通は4両程度で

C61であったりする。



その、汽笛の音が今でも思い出される。

黒い煙、白い蒸気。


とても、頼もしかった。力強かった。



ーーーそんな思い出があって、今の自身があるのかな、などと

理沙は思う。




前方を注視しながら・・・・踏み切りを越える、いくつも。



そのたび、ベルの鐘を叩く音が聞こえる。

遠くから、近づくと高く聞こえ・・・離れていくと低く聞こえる。


かん・・・かん・・・・かん、かん・・・・・。







同じ時を、最後尾・車掌室で

洋子は、行過ぎる恵良駅のホームを見ながら

右手はドア・スイッチに。


もし危険があった時、一瞬でもドアスイッチを「開」方向に押すと

ドアが開かなくても非常ブレーキが掛かる。


天井から下がっている非常ブレーキひもを引くと

封印が外れるので、車両が使えなくなってしまう。


そんな、ちょっとした生活の知恵でもある。



ホームが終わり、安堵。



振り返り、指差す。「後部、よし!」




ホームは安全である。



それから・・・・。さっきのKKRの予約票を作る。


わら半紙の紙片に、印刷がされている用紙。




列車名


時刻


経由



摘要


などと書いてある、手書きの指定券用のもの。



それに


KKR由布院、宿泊



1室、和室。



由布院駅、手配済



と、綺麗な文字で書き



275列車車掌 三井洋子


と、記した。




「これで、よし」



列車よりは楽である。

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