第419話 機関士の仕事

275列車に乗っている愛紗の、職業の悩みを

坂倉真由美は、だから・・・理解できるのかもしれない。



大分行き「タウンシャトル」は、「お笑いマンガ道場」で

良く知られている富永一郎さんの描く

ユニークなマンガ・ヘッドマークが

四角い、白い金属板に描かれていて

デッキ正面のランボードに、鎖を張って

そこに取り付けられている・・・が。


きょうのDE10 1205は「味覚トロッコ列車」仕業に使われていたので

ヘッドマークなしである。


そういう日もある。

特に、決められている訳でもない。




恵良駅の停車時間は2分である。

それよりも速く発車する事は出来ないが

遅く出る分には、それほど問題にはならない。

とはいえ、せいぜい30秒くらいでないと

CTCなので、中央の管理局に全て伝わってしまう。


その辺りは、車掌の腕、である。


すんなりと乗降してくれる客も、アナウンスの言い方で

ヘソを曲げる客も居る(^^)。


その辺りも、昭和の頃、戦後のような・・・運んでもらえる事が、有難い。

そういう時代とは、違っている。


ただ、大分のこの辺りのように、鉄道が重要な移動手段である地域は

乗客も、長閑である。


豊後森ー大分間では、依然として鉄道が最速の移動手段なのだ。

道路の整備が進んでいないこともあるし、高速道を使っての

移動、と言うのはコストがかかりすぎる。



タウン・シャトルが豊後森発着なのは、どちらかと言うと昔の名残で

豊後森に機関区があった、と言う事、東西の管理局が

この辺りで分け合っていた、と言う事情もあった。


今は、豊肥・久大は一様の管理であるが、それでもなかなか、列車ダイヤと言うのは

変えにくい。



友里恵たちの乗った単行ディーゼルカーのように、そのまま大分まで

直通する列車であっても、列車番号を変えて


ダイヤ上は別列車。



とする扱いも、そのような旧来の名残であるし・・・・

列車が遅延した時、別列車を仕立てられる、と言う利点もある。



山岳路線は、様々、である。





さて・・・・275列車の乗降は、済んだ。



洋子は「文子ちゃんは乗ったかな?」と、見ると


2号車付近で、黒い制服の文子ちゃんは右手を上げた。


乗降、終了。  その合図である。

夜間は、カンテラを掲げるが

今は、まだ見えるので・・・白い手袋の右手、である。



もっとも、4両では中間で確認する必要はないのだが。



車掌・洋子は、車掌補・文子が乗車したのを確認し


「乗降、終了。」と、白い手袋の左手で、確認。


自身は乗務員室扉を開き、乗車。そして、ドア・スイッチを下げる。

前に、もう一度乗降確認。



ホームから駆け込んでくる人も、いないとは限らない。

列車本数が少ないローカル線でも、ある。



車内アナウンスで「大分行き列車、発車します。ドア付近のお客様は

閉じるドア付近から離れてください」。



「ドア、閉!」と、確認してドアを閉じた。




ドア・エンジンに空気が入り、折り戸がばたり、と閉じる。

ステップに人がいない、とも限らないが

そこまで見ては回れない。



腕時計を見て、定時10秒前。


「275列車機関士、こちら車掌」



機関士・理沙から返答があり「275列車機関士です、どうぞ」




定時。





「275列車、発車。」




機関士・理沙は無線のマイクで「275列車、発車!」



時計を見る。定時。



「1番、出発、進行!。進路、久大!」

恵良駅には出発信号機があるので「出発・進行」である。


軍手の左手で、機関室から、遥か先、線路の左に立っている信号機を確認。



いくつも立っているので、見間違えないのも大切である。


機関士の資格試験には、その適性・視力も存在している。

メガネでもいいが。


それから、左、手前にある逆転機レバーを左。

機械、と言う手応えで、油圧回路が切り替えられる。

右上の変速機スイッチは、高速、になっている。


その上にある主幹制御器を1ノッチ。

ゆら、と機関車が進もうとする。


そのあと、機関車単弁、右手の上の段のレバーを、0にする。

もう一度。



既に、機関車ー編成の間の自動連結器バネは伸びた状態である。


編成が進もうとするので、編成弁、左手下の段のレバーを0に。

もう一度。


圧搾空気が抜ける。



ブレーキが解放され、編成は衝動なく、ゆらり、と

走り出す。



かったん、たん・・・・・・。機関車、DE10 1205は走り出す。

編成も続く。


単純だが、この作業を繰り返す。

誤り無く、確実に。


それが機関士の仕事である。




間違えても、やり直せない。厳密である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る