第404話 なつかしい弘前

理沙は、豊後森駅の鉄道電話の、ふるーい受話器を取って。

ハンドルをくるくる。



なつかしい、番号を押す。

以前は交換手が出てくれるタイプだったが、さすがに近代化された。



「あー。理沙ですー。区長さん?」



電話の向こうは弘前機関区。駅のすこし東にあるひろーい敷地の中に

機関車車庫。転車台。入れ替え線路、側線。

大きな木が立っていて。ぶな、だろうか。夏になると、よく、蝉時雨になる。


涼しいので、真夏でもひぐらしが、高い声を響かせていたりする、その木。

理沙は、風景を思い出していた。



まだ、蒸気機関車があった頃・・・・。

おじいちゃんのところに、お弁当を届けに来たりしたものだった。

その頃のおじいちゃんの同僚のひとりが、今の区長さん。




区長は、のーんびりと受話器を取って。たまたま、静かな時間である。



「はい。おー、りすぁっ子か。元気しとるか?」と、にこにこ。




理沙は「はい。あー。区長さんもげんきソねぇ、ははは。」




区長は「はーぁ、なんだね。祝言でもあげんのかいな?」と。


理沙はちょっと赤くなって「そんただでねー。あんねぇ。友達が庫内手やりたいんだって。

それで、弘前はいいかなー、って」




区長は「ああ、庫内手・・・って言っても、今はディーゼルになったんで。

機関車乗りての?」




理沙は「んだ。機関車乗りになりてだと」



区長「そだなー、年いくつ?」



理沙「21」



区長「21かー。まあ、持てばいいけど。仕事きつい。給料安い。汚れる。

3Kだべさ」



理沙「わがってるべさ」




区長「ははは。まあ、りすぁっ子はわがってても、彼はわがらんべさ」




理沙「めごい子さってば。女の子」


区長「いやー、そった子に勤まるべか。めごい子なら駅員か車掌の方が・・・

21ならまだ入れるべ。定期採用でも」




理沙「機関車乗りたいんだって。」



区長「まあ、国鉄は来る者は拒まんけどなぁ・・・本人の為、だべさ。女の子はねぇ。」



理沙「うん。そだね。まあ・・・じゃ、そっち行けば入れそう?」



区長「めごい子なら、事務員でも」


理沙「区長、女の子に甘いもんね」


区長「なはは。まあ、りすぁっ子んときも、半分事務員みたいだったしの。

若い男が「サベツだー」って笑ってたけどな」



理沙「ははは。ありがとね、ホント。」


区長「なーに、じさまの子だば。今は立派に機関士だべさ。たいしたもんだべ。」



理沙「区長のおかげです。感謝してます」と、理沙は受話器持ってお辞儀したり。



区長「そっちでDF200、乗るでねの?そろそろ」



DF200は、「ななつ星」の牽引機である。




理沙は「ありそうだけど・・・・まだ解らない。それよっか蒸気乗りたくて」



区長「ははは。頑張って。あるかもしれんね。機関士みんな年寄りだし。若い男よっか

女の方がいいかもしれん。」




理沙「がんばりまーす」



区長「がんばって!」



理沙「はい」



と言って、理沙は鉄道電話を置いた。




豊後森駅の駅長さんは、にっこり。「行けそうだか」




理沙「うん」と、頷いて「でも、車掌の方がいいって言ってたね」



駅長は「そだね。貨物もきついしなぁ。女の子だと。運転してて体調不良とかあったら

立ち往生だし」



理沙「電車はよくあるけどね。」と、近年よくある電車運転士の体調不良事故を思い出して




理沙は、心の中では、それは心構えが足りないと思ってはいる。

具合が悪くならないように、常に気を付けるのが乗務員である。

なんといっても、自分が鉄道を動かしているのだから。


それができないなら、運転士になるべきではないとまで思っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る