第5話 映像作家

ホームの音が、遠くに聞こえる。


遮音、断熱がよいのは

列車の中で眠る為の配慮で

住宅であるような、遮音基準があったりする。



そのおかげで静かなのだ。




ホームでは、駅員のアナウンス。



ー14番線、寝台特急富士号、発車致します。

お見送りの方は、ホームからお願い致しますー



と、さすがに


駆け込み乗車

なんて言う事もないのは当然で



伝統の東海道線、1列車である。



車掌もホームに下りて、安全確認。



発車メロディーは、鉄道唱歌で



汽笛一声、とか。



新橋からどうして出るのか、なんて



今では、ほとんどの人になじみのない

言葉が沢山、である。




愛紗は、いつだったか

新橋駅に行って、保存蒸気機関車を見たりした。



ここから、走っていたのかな、なんて

思って。




空想は拡がった。



客車の中で、黒い鞄を下げて

制服姿で切符を売ったり、料金を

貰う自分。



「発車ーおーらいー」と、鐘を鳴らして

デッキに立って。



乗降が大変なおばあちゃんや、大荷物の

人を助けたり。



それで、ありがとう、って言われたり。



笑顔になれて。



そんな毎日だったら、いいなぁ。





そう、空想してみると


別に、自分で運転士になりたいと

思っていた訳でもないのかな、なんて

思い出したり。


なんて事を思い出していると、駅の発車メロディーは消えて


車掌さんの笛の音が聞こえる。



ばたり。



空気の折り戸が閉じる音だけは大きい。


これで、よく夜中に目覚めてしまうのだけど。


この車両は、客室自動ドアなのだけど


普通の寝台車は、手動ドアで


開いたまま止められるから



なぜか、開いていることもあって。



深夜の停車駅で、ばた、と言う音がして

驚く事もあった。







ゆらり、と車両が揺れる。

ブレーキが緩んだのだろう。


静かに列車が動き出す。




ああ、さよなら東京。



なんて、住んでもいないのに

愛紗は思ったり。






ゆっくり、ゆっくり、ホームの景色が流れて行く。



階段、エスカレーター、新幹線のホーム。


駅員事務室。



貨物積み降ろしホーム。




さっき、機関車が止まっていた

斜めの留置線路。




だんだん、スピードが速くなって行く。



見上げるようなビルも、雑踏も


遠くに。





ーご乗車ありがとうございます。

この列車は、

日豊線経由、寝台特急、富士号。

西鹿児島行きです。


只今、東京駅を定刻、16時30分に

出発致しました。



東海道線、山陽線、日豊線を

経由致します。


博多、鳥栖、熊本方面には参りません、

ご注意下さい。



次は、横浜に停車致します。


およそ、10分程で

到着致します。



これから、車掌が切符を拝見に

参ります。


個室のお客様は、恐れいりますが

車掌が通りましたら、ドアを開いて

ご協力お願い致します。



各車両前よりに洗面所がございます。

押し蓋式の屑かごが備えてございますので

ご旅行中に出ましたごみは、恐れ入りますが

こちらにお願い致します。



この列車は、寝台列車で

自由席はございません。


ご乗車には、乗車券の他


寝台券、特急券が必要です。


ご入り用の際、車掌通りましたら

ご用命下さい。



各車両のご案内です。


全車寝台です。



4号車はA個室、10号車はB個室。


7号車は食堂車、8号車は

ロビーカーで


他はB寝台です。



1号車から3号車までは、下松から先、立席特急券での乗車が可能です。


恐れ入りますが、ご協力をお願い致します。





主な駅の到着時刻は、横浜発車後に

お知らせ致します。



次は、横浜ですー




軽快なメロディーに、心も弾むけど


まだ、夜行、と言うような

雰囲気にはなれない。



扉を半開きにしていたので、車掌さんが

検札に来た。



さっきの日野さん。



帽子に手を沿えて「ああ、さっきの」




にこにこ。



愛紗も、切符を用意していて

重ねて出した。



「えーと、九州ワイド周遊券ね。良く知ってるね。まあ、急行だったら良かったけど」と車掌。


特急が珍しかった頃の企画切符で、急行なら

無料で乗れるが



寝台特急は、特急券、寝台券が必要。


でも、乗車券は要らないから



東京ー門司で10000円くらいなので

それだけでも大変お得だ。



知らない人が多いのだし、新幹線は

別に乗車券も必要。




当然え、別の線路だからなのだから、なんだけど



それで、人気のあまりない切符でもあった。

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