第6話 旅行作家

廊下に居て、カメラを納めた彼は



ジーンズジャケットの胸から、はみ出している

切符の入った、出札でくれる

切符入れを取り出し、車掌に見せた。



「はい、大分まで。」と、車掌は

彼の切符を拝見し、スタンプを押した。


青丸スタンプで、大分車掌区、と

事務的な感じが、いかにも国鉄である。



ワイド周遊券、寝台特急券と

愛紗と同じ、旅慣れた人の選択。



7日間自由乗降、特急自由席に

フリー乗車と、豪気な切符で



利用者が増えようと減ろうと、国有鉄道は

困らないのだが(笑)。



列車や駅は、作りすぎてしまっても

減りはしないので



動かして、幾らかでも収益にした方がいいと言うような理由でもあった。



国鉄職員も、また公務員なので

減員するのも面倒で、民間のようには

行かないから


働き口が必要、と言う訳。



そんな時代の切符である(今はない)。




旅行作家のように、撮影をしている

男は、しかし、鉄道ファンでもなさそうだ。



出張でもなさそう。



右肩から下げている細いストラップのカメラはNIKON FE。

アナログのカメラである。


全部人間が操作できる物で

ピント合わせも、ファインダーの中の

二重像のぼやけを無くして見るもの。



金属の

ボディが重厚であるが

カメラマニアでもない事は、FやF3でない辺りにも解る。




首から下げているビデオも、マニア向きではなく

小型の、CANON HV1。

軽量だが、高性能で安価もの。




車掌が次の部屋に向かう。



彼は、振り返り「ああ、済みませんね、声は大丈夫だから」と、にっこり。



愛紗は、いえいえ、と。



あまり男の人と話す事もないので


ガイドをしていても、結構困った。


仕事ならともかく。




でもまあ、車掌さんが居てくれるから

安心できるのか。愛紗は

そのまま景色を見ていた。




景色を見たかったから、仕方ない(笑)。


有楽町、新橋、と通過する。新幹線が

ゆっくりと追い越して行く。


このままで、6時間で着いてしまう。




こちらは、明日の朝である。


なんとも早い新幹線だから

用があるなら、そちらで行くのが

まあ、普通だろう。



ぼんやりと眺めていると、列車は品川客車区を通り



いろいろな列車が、これから出発に備えていた。


あさかぜ、さくら、はやぶさ、出雲、瀬戸。


線路は客車区の海よりを通るので


個室の窓から、列車が見えるけど


愛紗は、ぼんやり窓を眺めていた。



廊下の彼は、個室に戻って見ようと

思ったのか、振り返る。



でも、列車が早いから


そこから見ても間に合わない。



まあ、いいかと言う表情の彼は


2階個室の愛紗を見つけた。



「ああ、見損なってしまった」と

ひとりごとみたいに言う彼に、愛紗はなんとなく和んだ。



彼は「ああ、僕は山岡と言います。趣味で旅行作家をしてます。」



と、山岡は面白い事を言った。




趣味の旅行作家ってなんだろう、と



愛紗は思うけど



職業で自己紹介をする人って(笑)と



思ったけど



「楽しそうですね」と、愛紗は

なんとなく返事。



田舎の人っぽい山岡は、尖んがっていないので



どこか、防御をしなくても良さそうな


そんな感じに思えて。



なんとなく、深町さんみたいだな、と



愛紗は思ったり。




大分に行く人だから、知ってる人かもしれないって思ったり。



その時、隣の1階寝台個室の開き扉が開き。


「なにしてるの?てつおちゃん?」と、山岡の母らしい、のどかなおばあちゃんが。にこにこ。




「はいはい。なんでもないよ」と、山岡は

扉の中に。





母の旅行に随伴する、優しい人なんだな、なんて


悪い人でもなさそうだ、なんて

勝手に想像(笑)。

愛紗だった。

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