第27話 【揺れる想い】
「これで最後だ」
俺は最後の一体のリザードマンに、短剣の連撃を与える。
短剣はリザードマンの体表を切り裂いていく。
リザードマンはみるみるうちに身体中が切り裂かれ、力なく地面に倒れ込んだ。
リザードマン三体を難なく倒した俺は、アンジュと改めて再会した。
すると、
「せ、先生っ!!」
アンジュは今にも泣きそうな顔で俺に抱きついた。
おそらくかなりの無理をしていたのであろう。
アンジュの身体は小刻みに震えていた。
「大丈夫だったか?」
「……はい」
アンジュは顔を見て伏せたままそう答える。
「遅くなってすまなかったな」
「……はい」
アンジュは変わらず顔を伏せている。
そして、アンジュの震えが少し落ち着いてきたころを見計らい、
「――そろそろ離れてもらってもいいか?」
女の子に抱きつかれているのは、悪い気分ではないが……さすがに恥ずかしい。
「あっ! ご、ごめんなさいっ!!」
アンジュは慌てて俺から離れると、しどろもどろになりながらそう答えた。
「エミリアの下へ向かっている途中だったのか?」
「は、はい!」
「――日暮れまでには辿り着きたい。急ぐぞ」
そして俺たちはエミリアの下へと向かい、岩が重なり合ってできた、とある空洞にたどり着いた。
そこは人が数人入ることの出来るほどの大きさで、洞窟の入り口がよく見える――監視にはうってつけの場所。
エミリアはそこに潜み洞窟の動きを監視していた。
そして俺はエミリアに、ラザリーの助けが得られたことを報告した。
「そうか、ラザリー殿が動いてくれるか。それならば安心だ」
そう話すエミリアは、安堵にも似た表情を一瞬浮かべる。
「ああ。――それで洞窟の状況は?」
エミリアは再び険しい表情に戻り、
「……特に主だった動きはないな。怪しい動きもない」
「そうか。――ラザリーとは一月後に再会することになっている。ナタリー姫の救助はその結果次第……ということになるな」
「ああ……わかっている……」
唇を噛み締め、エミリアはそう答える。
重苦しい空気がエミリアから発せられているのがわかる。
それほどまでにナタリー姫のことを想っているのであろう。
だが、この張り詰めるほどの緊張感。
このままではエミリアの身体が持たないのは明白。
ならばここは気分を変えさせるのが得策か――。
「俺が監視をしておく。一度、ミズイガルム村に戻り、汗を流して気持ちを切り替えるといい」
俺はそう提案した。
「……だがっ――」
俺はエミリアの言葉を遮るように追撃する。
「ナタリー姫がこんな状況にあるのに、自分だけが休むわけには……そう言いたいのだろう?」
「――!!」
エミリアの気持ちもわからなくもない。
だが――。
「この一週間、ほとんど寝ていないのだろ? いくら回復薬を飲んでいても、そろそろ限界が近いはず。もしいま、ナタリー姫に動きがあったとしたら……そんな状態で何が出来る?」
「…………確かにヒュージ殿の言うとおりだ……ここはヒュージ殿の好意を受け入れるべき……であるな……」
エミリアは浮かない表情ながらも、俺の提案を受け入れたのだった。
☆
私たちはミズイガルム村の浴場に足を運んだ。
エミリアさんが
一〇人は入れそうなほどの木製の浴槽。
少し熱めのお湯と、ほどよく香る木の香りが心地いい。
――エミリアさんの顔はこの一週間ずっと張り詰めた顔をしているな。
お風呂で少しはすっきり出来ればいいのだけれど……。
そんな時、
「アンジュ殿、色々とすまなかったな」
エミリアさんが私に声を掛けてきた。
「いえ! 困っている人を助けるのも冒険者の仕事ですから!」
「ふふっ。そうかそうか。そういうことか」
エミリアさんは納得したような表情でそう話す。
一体何のことだろう??
「――??」
私は首をかしげる。
「いや、すまない。アンジュ殿がどことなく姫殿下に似ていてな」
「え……! 私がナタリー姫に!?」
「見た目はもちろん、性格も違う。だが、その真っ直ぐな瞳が姫殿下にそっくりなのだ」
「真っ直ぐな瞳……ですか?」
「ああ。姫殿下は少しばかりお転婆な姫さまなのだが……木登りはする、侍従に悪戯を仕掛けて困らせる、そんなことは日常茶飯事でな。私もよく悪戯をされたものだ」
「うふふ。とっても元気な方なのですね」
「しかしな、国のこと、民草のこととなると、姫殿下は人が変わったように真剣な顔付きになられる。その時の瞳がアンジュ殿に似ていたのでな」
そしてエミリアさんはボソッつぶやくようにこう続けた。
「しかし、リカルド国王はそのひたむきさを疎んでいたようだがな……」
「――そ、そんなことが」
「あ、いや、これは国王批判になるのか? と、なると少しまずいな。すまないが、今のは聞かなかったことにしてくれ」
エミリアさんはそう言うと、右手の人差し指を口元で立てた。
「うふふ、わかりました」
「少し話題を変えよう。アンジュ殿とヒュージ殿はどんな関係なのだ? まだ詳しく聞いたことがなかったな」
「私と先生の……。そうですね……先生には
「ほう。そうか。てっきり私は恋人関係なのかと思っていたのだが、勘が外れてしまったか」
「え、えええ!! わ、私と先生が、そ、そんな!」
「ん? その反応をみるに、あながち外れた訳でもない……か?」
エミリアさんは悪戯な笑みを浮かべて、私をからかう。
「い、いえ!! そ、そんなこと考えたこともないです! それに先生は私のような子どもに興味なんて……」
「そうだろうか? ヒュージ殿は絵に描いたような堅物で、浮いた話など今まで一度たりとも聞いたことはなかった。いや、ラザリー殿以外の特定の誰かと行動を共にすること自体が珍しい。だが、そんなヒュージ殿がこんなにも長い時間、アンジュ殿と行動を共にしている。――それに色々と気にかけてもらえているのだろう? ならば、脈はあるのではないかな? 私からみたら、お似合いの二人組に見えるぞ」
私と先生が?
い、いや、そんなこと……そ、それに私はミクロン公国を……。
あ、でも今日も先生に助けてもらって……先生はいつも私を救ってくれて……。
それについ抱きついちゃって……。
うー!!!
だめだ、これ以上考えると本当に……。
「な、なんだか熱くなってきちゃいました! きっとこのお湯が少し熱すぎたのですね! すみませんが、先に上がりますね!!」
私は逃げるようにして浴場を後にした。
いまはナタリー姫の救助……そしてミクロン公国のみんなのことを何とかしないと。
私のことを考えている場合じゃないんだ……!
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