第26話 【成長】

 監視砦から早馬を走らせ、ミズイガルム村に到着。

 二日ほどの道程だったが、はぐれ魔物モンスターの姿はどこにも見えなかった。


 二〇〇体もの大群だ。そうそう見失うはずがない。

 ミズイガルム村とは異なる方向に向かってくれた……と考えていい……のか?


 いや、そうであってほしい。

 この村に大量の魔物モンスターが押し寄せれば、その被害は決して小さくはないだろう……。


 そんなことを考えていると、俺の後ろから野太い声。

「あんたはアンジュちゃんと組んでいたやつじゃないか。今日は一人か?」

 振り向くとそこには男女の四人組のパーティーの姿。


 この四人組は確か……『ヘミング峡谷』で出会った冒険者パーティーか。

「ああ、そうだが?」


「なんだ、残念。アンジュちゃんともっと話したかったんだけどな」

 笑顔が一転、厳つい顔に戻り肩を落とす大きな斧を背負う男。


「残念で悪かったな。それでそっちは迷宮ダンジョン帰りか?」


「ああ。オーク討伐のクエストを受けたんで『グラウスの火釜』に挑戦して来たんだが、どうにもオークの姿がなくてな」


「無駄足だったにゃ」


「一体も見つからないなんて、ついてなかったですねー」

 四人組は代わる代わるそう話す。


 オークが? 一体も?


『グラウスの火釜』はオークの群生地。

 それが一体も見つからないなんて、明らかにおかしい。

 ……もしかすると監視砦のはぐれ魔物モンスターの件と何か関わりが?


「どうした? 考え込んだ顔をして」

 斧を背負った男が俺の顔をのぞきこむ。


「……いや、なんでもない。急ぎの用がある。すまないがこれで」


 ――いずれにせよ、王国騎士団に動いてもらわなくてはならないだろうな。


 ☆


 そうして俺は冒険者ギルドを訪れ、はぐれ魔物モンスターの件をミーアに報告した。


「オークが二〇〇体近くにゃ!??」


「ああ?監視砦の騎士からの情報だ。それに、二〇体のオークが監視砦を襲撃している場にも出会した。情報に間違いはないだろう」


「ヒュージさんに限って嘘はないはずだにゃ……わかったにゃ! 王都の冒険者ギルド経由で騎士団に報告すればいいんだにゃ? すぐに報告するにゃ!!」


「ああ、頼んだ。それと、さっきそこで聞いた話だが、『グラウスの火釜』からオークの姿が消えたそうだ」


「…………??」

 ミーアは首を傾げ、不思議そうな表情を浮かべている。


「俺の推測だが、『グラウスの火釜』からオークが消えたことと、監視砦に現れたオークには何らかの関係があるはずだ。冒険者ギルドとして、調査をしてもらえると助かる」


「わかったにゃ! 『グラウスの火釜』についても上申しておくにゃ!」


 ――あとは冒険者ギルドと王国騎士団に任せて……アンジュが心配だな。


 魔物モンスターは避けるよう強く言い聞かせておいたから大丈夫だとは思うが……念のため合流を急ぐか。


 ☆


 そして俺はアンジュと合流するため、エミリアのもとに向かって『ヘミング峡谷』を走っていた。


 すると遠くから、聞き覚えのある声が微かに聞こえてくる。

「潰………せ、全………押し潰……岩石の……とく! 【岩石魔法ソルダーストーン】……」


 この声は……アンジュか?

 俺は【気配遮断スニーク】を使用し、声の出所へと走った。


 峡谷のカーブを抜けて視界が開ける。


 するとそこには、杖をかざした耳長エルフ族の少女と、巨岩を両手で受け止めているリザードマンの姿。


 ――やはりアンジュか。

 どうやらリザードマンと戦っているようだが……アンジュが俺の言いつけをすすんで破るとは考えにくい。

 となると、避けられなかった……と見るのが妥当か。


 俺はいつでも助けられるよう、アンジュの側へとそっと近付き、様子を見る。


 ――足元を凍らせて身動きを封じたのか。


 アンジュの今の力では正面からリザードマンと戦っても苦戦は必至。

 だが、この作戦ならばおそらく――。


 そしてアンジュは杖をリザードマンへと向け、

「響け響け。空駆ける風のごとく! 【烈風魔法ソルダーウインド】!」

 瞬間、リザードマンを飲み込むほどに大きな風弾がアンジュの杖から放たれた。


 それは轟音をあげながら、リザードマンへと突き進む。

 そして風弾はリザードマンの体表を切り裂きながら、巨岩を支える両の手を払い除けた。


 直後、支えを失った巨岩が、ミチミチと音を立てながら凍結した水面に衝突した。


 ガシャン――!


 凍結した水面は砕かれ、破片が飛び散る。

 そしてそこには、押し潰されたリザードマンの姿があった。


「か、勝った……勝った!!!」

 小さくガッツポーズをあげ、喜ぶアンジュ。


 ――見事だ。


 だが油断は禁物だ。リザードマンは群れで行動することもある。


 しっかりと索敵を――

 すると、アンジュが周囲を見渡し始めた。

 どうやら俺の教えをしっかりと覚えていたようだな。


 そしてアンジュは三方向への注意を厳にした様子。

 直後、アンジュが注意を払う方向から、三匹のリザードマンが姿を現した。


 リザードマンたちは、アンジュに向かって、じりじりとにじり寄る。


 今度は三匹とも陸上。

 先ほどの作戦は使えない。


 その上、数的不利では勝ち目は薄いだろう…………ここまでだな。


 だが、よくやった――。


 俺はアンジュの真横まで近付き、

「成長したなアンジュ。まさかもう、一人でリザードマンを倒せるようになっていたとはな。あとはもう大丈夫だ」


 そして【気配遮断スニーク】を解き、アンジュの前に自らの姿を示した。

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