第2話 【宝貴創造】

 大きな物影の正体は、女の子の倍の大きさはあろうかという大型の狼型魔物モンスターーーブラックウルフ。


 黒色の体毛はその一本一本が非常に硬く、その体毛で覆われた体は刃物による攻撃を通しにくい。

 そして黒く輝く大きな牙で、自身よりも巨大な魔物モンスターをも喰い殺す。

 攻守そろったとてもやっかいな相手だ。


 だけど問題なのは、ブラックウルフーーこいつは『まどわしの森』に存在するはずのないBランク魔物モンスターであることだ。

 ーーなんでこいつがこんなところに?


 おそらくCランクの冒険者五人でパーティーを組んでいい勝負というほどの相手。

『まどわしの森』に挑んでいるレベルの冒険者ではまず勝てない相手であろう。


 ーーさて、どうするか? 幸い、こちらには気付いていないようだが……。

 いつもの俺なら、『冒険者との直接の干渉はタブー』と言って、付近にいる他の冒険者を探して救援に差し向けていただろう。


 だけど――。


 もう首になったんだからタブーなんて関係ない。

 それにいまはちょっとばかし何かに当たりたい気分なんだ。

 久々に一発かましてやるーー。


 後ずさりしている女の子をじりじりと追い詰めるブラックウルフ。


 俺は腰に備えた短剣二本を両手に構え、そして【気配遮断スニーク】。

 スキルを発動。

 すっと森に溶け込むように気配を断ち切り、ブラックウルフへとゆっくりと近付く。


 まだだ、まだ飛び掛かるなよ――。


 ブラックウルフは女の子へ飛び掛からんと、後ろ脚に力をためた。


 いまだっ――!

 その瞬間に合わせてブラックウルフの背後から飛び掛かり、首元に短剣を力いっぱい突き刺す。


 グサッ――。

 硬い体毛を押しのけて、その首元へと俺の短剣が届いた。


 ブラックウルフは突然の痛みに驚き、

「グォオォオオッッ!!」

 耳がつんざけるほどの叫び声をあげる。


 攻撃を加えた時点で【気配遮断スニーク】の効果は切れ、ブラックウルフも俺の存在を認識。

 そして首元に取りついている俺を振り払うかのように大きく体を振る。


 あまりの勢いに飛ばされそうになるも、

「おおっと」

 その前にブラックウルフの首元から離脱した。


 ――一撃じゃ無理か。

 とりあえず女の子の安全を確保が先かな。


 すかさず俺は女の子に向かって叫ぶ。

「逃げろ!」


 しかし女の子は、

「……えっ……あっ……あっ……」

 その場から動こうとしない。いや、動けないのか。

 どうやら完全に腰が抜けている様子。


 ダメかーー。

 まあ仕方ない……か。


 すぐさまブラックウルフへと視線を戻すと、

 ギロリ。

 ブラックウルフは鋭い眼光で俺を睨みつけている。


「おー、こわいこわい」

 まるで餌を奪われんと威嚇する野獣のような顔だ。


 そして間髪入れずに俺へと向かって、鋭い牙を全開にしながら飛び掛かる。

 その形相はさながら鬼のごとく。


 邪魔するなってか?

 でも残念ながらそう易々と引くわけにはいかないんだ――。


気配遮断スニーク】。

 再度気配を断ち切り、ブラックウルフの突撃をヒラリとかわす。


 攻撃を回避されたブラックウルフは急停止。

 そして後ろを警戒するようにすぐさま反転。

 しかし、ブラックウルフの視界の先には誰もいない。


 突然視界から消えた標的に、ブラックウルフは完全に混乱している様子だ。

 完全に足がとまり、周りを見渡すように首を左右に振っている。


 ーー残念、後ろに避けた訳じゃないんだな。

 もういっちょっ!!

 ブラックウルフの首元に忍び寄り、再度短剣を突き刺す。


 グサッ――!!


 今度はさっきよりも深く突き刺さった。

 ――よし!! すぐさま離脱……ってあれ!?

 離脱しようと短剣を引き抜こうとするも、ブラックウルフの強靭な筋肉に挟まれ抜ける気配がない。


 そして再びブラックウルフは暴れだす。


「こいつ、わざとかっ!」


 ブラックウルフは自分の身体で俺を押しつぶそうと、近くの大木に向けて突進を開始。


 さすがにこの巨体に挟まれたらまずい。

 俺はとっさに短剣から手を放し、地面へ向かって飛ぶ。


 そして転がるように受け身を取った先には、へたり込んだままの女の子。

 ブラックウルフは再び急停止して、俺の方へと反転。


 女の子をかばう形ですぐさま臨戦態勢を取るも、俺の武器はブラックウルフの首元。

 つまりは丸腰だ。

 それはブラックウルフもわかっているのか、勝ちを確信したかのように悠然と歩き出す。


 なかなか賢い犬だな。

 だけど、その余裕が命取りだ――!


 俺はブラックウルフの頭上を左の手のひらで示し、

「【宝貴創造クリエイトコッファー】!」



 ◇◇◇◇◇◇


宝貴創造クリエイトコッファー】が発動。

宝貴の箱ストレージコッファー】の素材〈火打石〉と〈魔石(C)〉×三を使用し、

 〈爆裂罠(大)〉を生成しました。


 ◇◇◇◇◇◇



 生成された宝箱がブラックウルフの頭上に出現。


「目をつぶって――」

「……え?」

「いいから!」

 俺は女の子にそう言うと、ブラックウルフに背を向けるように女の子に覆いかぶさる。


 そして宝箱はそのまま落下しブラックウルフにぶつかった。

 衝撃で宝箱の上蓋が開き、中からは目もくらむほどの閃光が辺り一帯に広がる。


 直後、

 ドカンッッ!!

 大地を揺るがす振動と共に爆風が駆け巡り、砂ぼこりが俺の視界を包み込んだ。


 魔石は魔物モンスターから採取できる魔力の結晶体。

 高濃度の魔力が込められた魔石は燃料になるほか、様々な武具やアイテムに加工される。

 今回はその応用で、魔石に込められた魔力を暴発させる罠を作成した。


 そして次第に砂ぼこりが収まると、俺は立ち上がり地面に倒れ込んでいるブラックウルフへと近付く。


 そこには体毛が焼け焦げたブラックウルフの姿。

 ――どうやら倒したようだな。


 ブラックウルフはその強固な体毛により斬撃に対する耐性が高い。

 そのため、魔法や打撃などで衝撃を与える攻撃が効果的なのだ。


 俺は身体についたほこりを払いながら女の子へと近付いて、

「大丈夫か?」

 女の子に声を掛ける。


 戦闘中でしっかりと顔を見られていなかったが、長い耳、そして後頭部で結ばれた綺麗な白髪。

 歳は一五くらいだろうか?

 少し幼い雰囲気はあるものの、顔立ちには凛々しさも感じられる。


 この特徴は――耳長エルフ族か。

 グランフォリア王国では珍しいな。

 エルフ族といえば、グランフォリア王国の北部で接する隣国、ミクロン公国がエルフ族の国だったか。


「…………」

 しかし女の子は固まったまま動かない。


「おーい」

 女の子の眼前で呼びかけながら手を振る。


 すると女の子は、はっとした表情で辺りを見回す。

 そして、

「ああああ、ありがとうございますです!」


「ああ、どういたしまして。大丈夫だったか?」


「ははは、はい! だ、大丈夫なのです!」

 まだ気が動転しているのだろうか。

 依然として落ち着かない様子だ。


「本当か? どれ、立ちあがってみろ」

 俺は手を差し出し、女の子を引き起こそうとした。


 すると、

「痛いッ……」

 女の子の脚に切り傷。


「ああ、すまん。さっきので怪我をしたのか?」


「いえ……さきほどの魔物モンスターから逃げるときに切ってしまったみたいです」


「そうか」


 痛みで我に返ったのか、大分落ち着いてきた様子。

 しかし怪我をさせたまま放置すのも気が引ける。


 仕方ないな――。


「どれ、少し待っていろ」


 俺は女の子から少し離れ、地面を左の手のひらで示し、

「【宝貴創造クリエイトコッファー】」



 ◇◇◇◇◇◇


宝貴創造クリエイトコッファー】が発動。

宝貴の箱ストレージコッファー】の素材〈蒸留水〉と〈薬草〉×三を使用し、

 〈回復薬〉を生成しました。


 ◇◇◇◇◇◇



 女の子の目の前に宝箱が出現。


「えっ……!?」

 突然の出来事に女の子は驚いている様子。

 まあ突然宝箱が現れれば誰だって驚くだろう。


 そもそも『九鼎大呂きゅうていたいりょ』の関係者以外にこのユニークスキルを見せるのは初めてだ。

 これも本来はタブーなのだが……さっきの戦闘でも見られているのだから今更だな。


「開けてみろ」


「は、はい……」

 女の子はおそるおそる宝箱の上蓋に手をかけ、ゆっくりと開いた。

 すると宝箱の中には緑色の液体が入った小瓶。


「回復……薬?」


「ああ、そうだ。脚が痛いのだろう? 早く飲むといい」


「あ、ありがとうございます」

 小瓶の蓋を開けて、チビチビと飲みこんでいく。

 徐々に脚の傷はふさがっていき、最後にはほとんどわからないほどまでに回復した。


「とにかく無事で何よりだった。そういえば自己紹介がまだだったな。俺はヒュージ。ヒュージ・クライスだ。君は?」


「私の名前はアンジュリ……あっちがっ…………アンジュ・ミストリアです」

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