世界唯一の宝箱創造者《コッファークリエイター》 〜宝箱の中身を自分のために使ったら実は最強でした〜

山崎リョウタ

第1話 【最後の仕事】

「すまない……王を説得できなかった。『宝箱を置いてくるだけのような無能に、高給を払うわけにはいかない。本日を最後に、そやつを免職せよ』との王命だ……」


 俺の執務室に入るなり申し訳なさそうにそう話すのは、グランフォリア王国の高級文官ラザリー・アーボック。

 金髪、高身長、おまけに才色兼備で、人心掌握もお手の物。

 どんな人間でも自分の掌の上で操るような恐ろしい男なのだが……。


 そんなラザリーが唯一手を焼いているのが、国王リカルド・グランフォリア。

 前国王が一月前に崩御ほうぎょし、その嫡子ちゃくしとして国王の座を引き継いだばかり。


 そして崩御ほうぎょの少し前に、当時のリカルド皇太子の御側付きとして重用されたばかりの配下。これを盲目的に信頼しているようで、それ以外の配下……特に前国王の配下の話は一切聞き入れない独裁王だと噂されている。

 それは前国王の右腕だったラザリーも例外ではなく……。


 仕方ない、か――。

 俺は机に伏すようにして俯く。


 王城内で俺のことを最も理解してくれているのはラザリーだ。最善を尽くしてくれたのは聞くまでもないだろう。


 そんなラザリーを責めることは……俺には出来ない……。


 再び顔を上げ、

「そうか。今日で最後か…………。まあちょうどこの仕事にも飽きてきていたところだ、ラザリーが気負うことはない」

 強がりを言う。


 だが、幼少時代から二〇年以上の付き合いになるラザリーには強がりなど何の意味もなさなかった。

「お前は本当に嘘が下手だな。『悔しいです』って顔に書いてあるぞ。俺たちの付き合いが何年になると思ってるんだ――しかし、まあ三百年も代々続けてきた家業だ。そんな顔になるのも無理はないが……」


「…………まあ、その……なんだ……少しだけ、少しだけ一人にしてくれないか?」

 俺は立ち上がり、窓から外を眺めるようにそう言った。

 窓硝子には沈んだ表情の黒髪の男がうっすらと写る。

 俺の気持ちとは裏腹に、外は陽気な気候だった。


「――わかった」

「すまないな。最後の仕事もしっかりとこなすから任せておいてくれ」

「…………ああ。それじゃあ、また――」

 ラザリーは一瞬の間ののちにそう言うと、俺の執務室を後にした。


 俺――ヒュージ・クライスはグランフォリア王国直属の冒険者支援部隊『九鼎大呂きゅうていたいりょ』の部隊長を務めている。

 部隊長と言っても、実務を行うのは俺一人。

 いや、ついさっき首を宣告されたから、実務者は〇になるのか――。


九鼎大呂きゅうていたいりょ』。

 それは冒険者を育てるという名目で始まった国の施策。

 迷宮ダンジョンなどに宝箱を設置して冒険者を影から手助けをする――つまりは自主性を持たせつつ成長を促すのが俺の役目だ。


『冒険者は国の礎』、グランフォリア王国が脈々と受け継いできた言葉。


 冒険者が魔物モンスターを倒して得られる素材や魔石は国の生活を支えている。

 強力な冒険者を多く有しているということは国力の顕示にもなり、他国との政略にも関わってくるほど重要な要素。


 故にどの国も競うように、冒険者育成に関する新しい施策を打ち出ししのぎを削ってきた。


 しかし、とある国だけは異色で、三〇〇年もの間同一の施策を取り続けている。

 それがグランフォリア王国。


 直接的な支援では、それに胡坐あぐらをかいて冒険者の成長が鈍化すると考えた三〇〇年前の国王が『九鼎大呂きゅうていたいりょ』を発案し、今に至るまでの間続けられてきたのだ。


 それが功を奏し、グランフォリア王国の冒険者は強者つわもの揃い。

 グランフォリア王国が大陸一・二を争う大国だと言われる所以ゆえんでもあった。


『全てはグランフォリア王国のために』。

 父にそう言い聞かされてきた俺は、幼少時代から厳しい訓練を積んできた。

 迷宮ダンジョン魔物モンスター、そして冒険者……ありとあらゆる知識を頭に詰め込んできた。


 それなのになぜ――。


 ついついマイナスのことばかり考えてしまいそうになるが、

「王命は絶対。うじうじ考えていてもしょうがない……か」

 俺は自分の顔を両の手で挟み込むように、パチン! と叩く。


「よし! 最後だ。頑張るぞ!」

 気合を入れて無理やりに気持ちを切り替えた。


 俺は用意しておいた軽鎧を身につけ、前腕ほどの刃渡りの短剣二本を腰に差す。

 そして執務室から離れ、王城内の転魔の祭殿へと向かう。


 祭殿は俺の執務室からすぐの場所に位置しており、そこには三人の魔導士と床に刻まれた魔法陣がある、いかにもな雰囲気の部屋。


 最後の仕事は――王都の北東にある村、ミズイガルム村に隣接した迷宮ダンジョン『まどわしの森』か。

 俺は祭殿へと入ると、黒いローブを羽織った魔導士の一人が声を掛けてくる。


「ヒュージさん、こんにちは。今日はどちらへ?」

「『まどわしの森』へ頼む」

「――かしこまりました」


 俺は魔法陣の中央へと移動する。

 三人の魔導士は魔法陣を囲むように立ち、人の背ほどもある杖を天に掲げながら、

「【転移魔法テンポネーション】」

 瞬間、俺の視界は暖かな光に包まれた。




 ――そして光が消えると、そこは草木が繁茂はんもした森の中。


 俺は辺りを見渡し、

「ここは『まどわしの森』の外れか」

転移魔法テンポネーション】もその精度は完璧ではなく、使用の度に転移位置のズレがでる。

 しかし――幾度となく訪れた迷宮ダンジョンだ。

 どこに飛ばされようと、自身の位置は把握できる。


「【気配遮断スニーク】」

 自身の気配を遮断するスキルを使用した。

 俺の持つ三つのユニークスキルのうちの一つ。


 このスキルを用いれば、どんな相手だろうと俺の存在を感知することはできない。


 宝箱の設置は誰にも見られてはいけない。

 誰がいつ設置しているのか、それを知られては悪用される可能性もある。

 故に、身を隠すことのできる【気配遮断スニーク】は重宝している。


 そうして迷宮ダンジョン内をひっそりと進み、袋小路へとたどり着く。

 そこにはちょうどよく宝箱が隠せそうな茂み。


 ここにするか――。


『まどわしの森』は迷宮ダンジョンの中でも出現する魔物モンスターのランクが最も低く、駆け出しのEランク冒険者向け。

 そのため迷宮ダンジョンに挑戦している冒険者は経験も装備も乏しい。

 そういった迷宮ダンジョンでは回復アイテムを多めにしつつ、〈鉄のつるぎ〉や〈かしの杖〉などの、駆け出しの装備よりもワンランク上で、かつ扱いやすい装備品を仕込んでおくのがセオリーだ。


 そしてそれを仕込むのが俺の二つ目のユニークスキル。


「【宝貴創造クリエイトコッファー】」

 左の手のひらで地面を示し、スキルを発動。


 すると、



 ◇◇◇◇◇◇


宝貴創造クリエイトコッファー】が発動。

宝貴の箱ストレージコッファー】の素材〈薬草〉×三を使用し、

〈回復薬〉を生成しました。


 ◇◇◇◇◇◇



 俺の脳内に【宝貴創造クリエイトコッファー】からの言葉が走る。

 それと同時に、手のひらで示した地面に宝箱が出現。


宝貴創造クリエイトコッファー】。

 所有している素材と魔力を使用して宝箱を生成するスキル。

 その中身には回復薬から武器・防具まで、を設定できる。


 ただし【宝貴創造クリエイトコッファー】を使用するには、三つ目のユニークスキル【宝貴の箱ストレージコッファー】で具現化した宝箱に素材を事前に収納しておく必要がある。


『まどわしの森』各所への宝箱の設置は順調に進んで行き、

 さて、次で最後――。


 次の場所へと移動しようとしたその時、

「キャーーーー!!」

 どこからともなく悲鳴のような叫び声が聞こえてきた。


 俺はとっさに声の出所に向かって駆け出す。

 体感的にそう遠くないはずだ。


 木々の合間を縫うようにひた走る。

 ほどなくして、黒く大きな物影と後ずさりするようにへたり込む女の子の姿を視認した――。

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