【荒野の復讐剣】あとがき

▼荒野の復讐剣

https://kakuyomu.jp/works/16816452219991593218


※上記作品のあとがきとして公開した物の移植になります。




『荒野の復讐剣』、読了ありがとうございます!


 趙娥さんみたいな烈女大好きなんですが、観測範囲で作品の題材にしている人を見かけなかったので自ら書いたって所です。




 ちなみに前述した『後漢書趙娥伝』では二百文字弱、息子に関して書かれている『魏志龐淯伝』の補足で母について語られている部分が百文字前後という(原文での)記述文字数なのですが、西晋時代の皇甫謐こうほひつが著した『列女伝』では、趙娥さんに関する記述が何と千二百文字以上あります。


 これは『魏志夏候惇伝』や『蜀志関羽伝』に匹敵するとんでもねぇ文字数なのですよ。仇討ちの話しか残ってないのに、関羽や夏候惇の生涯と同じレベルの文字数って、どんだけ好きなんだとw


※ちなみに皇甫謐さんは、文中で「近古已來,未之有也(歴史上で、未だかつてないっすよ!)」ってレベルで趙娥さん大好き宣言してます。


 そんな『列女伝』には、父・趙君安の名前、その当時の県令、太守、刺史の名前や、家族を亡くした後の近所の人との会話なども記されており、大いに参考になったのですが、一部大きく改変した所があります。


 それは本文中でも語っている当時の儒教倫理が、現在のそれには合わない部分が出てくるからですね。


 具体的に言うと正史の上では、李寿に仇討ちをした時点で趙娥は既に龐子夏と結婚し、三人の子供を産んだ後だったそうなのです。

 夫と子供がいるにも関わらず、仇討ちとはいえ殺人を犯して、そのまま「処刑してくれ」となると、当時としては問題なくても、現代人からすると「何だかなぁ」となってしまいますからね……。


 しかし『後漢書』、『魏志』、『列女伝』いずれにも、趙娥の生没年、そして息子である龐淯の生年が記されていないのを利用し、年齢をずらして再構築。失う物は何もない独り身として仇討ちをさせたというわけです。


 これは現代の犯罪史でもたびたび言及される「無敵の人(失うものが何もないので、何でも出来ちゃう)」の話にも繋がります。

 仇討ちをする場面の章タイトルである「無敵の剣」というのは、その点でダブルミーニングになっているわけですね。


 原典を読んだ際に、血まみれの若い女性が「人をあやめました……」と無表情で呟いている姿が、こう、浮かんできたんですよ。朧気おぼろげながら浮かんできたんですよ。


 そこから全てを失った人というイメージの逆算で「無敵の人」のネタに辿り着いたわけですが、書いていくと最後の復讐シーンは、勝手に筆が動いた感じでした。


 そして反復させた「人を殺めました……」の瞬間にあったのは、爽快感でも、達成感でも、消化不良の怒りでも無く、ただただ「虚無」でした。

 全てを失った人が生きている唯一の理由が復讐で、それも無くなったら「もう生きている理由がない」という虚無しか残らない。

 自分の人生はこれで全て終わりという、覚悟とも脱力とも違う、色々な思いが籠った一言になっていればいいなと思います。




 さて、他に本編のキーワードとして出てきた「越女」と、その剣技ですが、これら自体は実在したか定かではありません。しかし伝承自体は実在しています。

 呉越戦争について書かれた史書として真っ先に引用される『史記』や『春秋左氏伝』には記述が無いのですが、『呉越春秋』と『東周列國志』に「處女出身於南林」として、その存在が記されています。


 そして度々とりあげる武侠小説の大家・金庸が半世紀ほど前に、越女伝説そのものを題材にして、そのものズバリ『越女剣』というタイトルの中編小説を書いております。日本語訳の文庫(それを表題作とした中編集)も出されているので、興味がある方はそちらもオススメです。


 ただし越女伝説の逸話から想像されるようなクールな大人の女性ではなく、金庸の『越女剣』の方では、純朴な十四歳の羊飼いの少女という設定なので、昨今の長文タイトル風に言うなら「天然ロリが無自覚無双! 美青年軍師(范蠡)にスカウトされて軍隊の剣術師範に!? 恋敵は何と傾国の美女(西施)!!」みたいな内容なので、人は選ぶかもですねw




 もうひとつのポイントを上げるとするならば、今作『荒野の復讐剣』は、それ単体でも物語として完結しているのですが、現在連載中(二〇二二年一月に完結)の『西涼女侠伝』の前日譚的な側面があります。


▼『西涼女侠伝』

https://kakuyomu.jp/works/16816452218737394790


 上記『西涼女侠伝』の主人公・趙英こそ、今作で趙娥が会得した越女剣法の後継者って設定なのですな。なので使う技の描写がほとんど同じで、両作の文中でも意図的にヒントを散らし続けております。


 ここで重要なのは、酒泉郡の趙君安、趙娥親子と、漢陽郡の趙昂、趙英親子は、単に同姓という共通点だけでって部分が留意点ですね。そこはワタクシの創作部分でございますw




 とまぁ、このような感じで補足解説を延々と書いたわけですが、こういう解説って本編に「余談であるが」のように、地の文に含めて説明すると「設定資料集化」の恐れが出るし、こうして後記で書くと「言い訳乙」の恐れが出るし、難しい所ですなぁ……。



 いずれにしても、ここまでお付き合いくださった皆々様方には感謝の至りでございます。例によって、感想やコメントもお気軽に残してくださいませ。


 それではまた別作品にて!





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