3日後【 前編 】

それから2日間、三崎さんもあの日のことがあってからは私にも星川君にも何もしてこず、本当に平和な日々を過ごしていました。ですが、本日は私にとってあまり平和な日ではなさそうです。なぜなら…

「じゃあ、2人1組になってー。これからオリエンテーションがあるからなー」

本日は1年生全体で、学校の中を探検するオリエンテーションがあるからです。

当然のように、私と星川君は余りとなってしまいました。男子も女子も人数が奇数なので、絶対1人余るのです。

星川君は私なんかが相手でも許してくれるでしょうか?不安になって星川君の方を見てみると、相も変わらず星川君は外をぼーっと見ていました。

「ペアができた奴からどんどん回って行けよー。十一時には体育館に集合だからなー」

声をかけようかどうか悩んでいましたが、どうやらそんな時間はなさそうです。次々と皆が教室を出て行くので、まだ座っている私達はとても目立っていました。

「あ、あの、星川君…」

星川君が外から視線を外し、こちらに顔を向けました。

「あ、あのね、私、誰ともペア組めなくてね、それで…。ご、ごめんなさい…私なんかとペアで…」 「あー…」

星川君は微妙な返事をすると、席を立って、

「じゃあ、行こうか」

そう言いました。私も急いで席を立ち上がります。

「まずはどこから?」

「え、えっと、この地図とか書いてあるプリントによると、美術室から、です」

「…了解」

星川君は、地図を全く見ずに歩き始めました。



¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆*・゚•*¨*•.¸¸☆*・゚•*



「あ、あの、星川君…」

「ん?」

「何で、地図見てないのに全部の教室の場所がわかるんです、か?」

「入学式の時に、靴箱の前に学校全体の地図が置いてあったから」

「い、一回見ただけで覚えたんですか!?」

「まあ…」

「す、凄いです…!じゃあ、入学式の日に保健室の場所がわかったのも…」

「いや、あれは事前に保健室に来たことがあったからだよ」

「…?」

「目のこと、保健室の先生には知っておいてもらった方がいいと思って、親と一緒に春休みに来てたんだ」

「そ、そうだったんですね…」

「…。あと行かなきゃ行けない教室ってどこ?」

「あ、えっと…、あとは保健室だけです」

「そっか。じゃあもうすぐそこだね」

「はい…」

「…」

「…」

「…」

「…あ、あの!」

「?」

「あ、えっと、その…」

「…保健室、もう目の前だけど。道は間違ってないよ」

「い、いえ!そうではなくて…」

「…」

「…私、は、星川君が、眼帯…してること、おかしいだなんて、思い、ません…」

「…どうしたの急に?」

「わ、私は!私は、皆から避けられる怖さだって知ってます…。一人ぼっちが悲しいことだって…痛いくらいわかってます。だから、その…」

「…ーせに」

「へ?」

「…花崎先生のところ行こうか」

「え、えっと…?」

「ごめん、戸惑ってるんだ。どうしたらいいのか、判断がつけられない…」

「あ、ご、ごめんなさい…私が突然こんなこと言ったから…」

「いや、いいんだ。気にしないで。…今はとりあえず、俺の目のことを知っている人を交えて話がしたい」

「わ、わかりました…」

「…」



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「それで私のところに来たのね〜。オリエンテーションの時間もあと三十分くらいあるし、まあ、ちょっとゆっくりしってても大丈夫でしょ〜、それに他の子たちも中までは入ってこないから大丈夫でしょ〜って思ったわけね〜」

「最後のところは抜きにして、そういうことです」

「まあいいのよ細かいことは〜。でさ〜、本題のことについて言わせてもらうけど〜」

「…」

「まあ、蛍ちゃんなら目を実際に見せてあげるのがいいんじゃないかな〜っていうのが私の意見かな〜」

「え?」

「ん?蛍ちゃんどうかしたの?」

「い、いえ、その、私は、見せてもらうつもりなんて一切なかったので…」

「星川君的にはどう考えてたの?」

「俺も、試しに一度見てもらうのがいいんじゃないかと思ってました」

「おお!私と同じ意見だね!」

「はい。もしかしたら、全く効かない人もいるかもしれないので…」

「そうよね〜。その力について知るためにも、とりあえず色んな人に試してみるのが1番よね!」

「あ、あの…」

「あ、ごめん蛍ちゃん!おいてけぼりになってた〜」

「い、いえ!平気です!で、えっと、その、力って…」

「星川君のね〜、目を見ると不思議なことが起こるんだよ〜」

「ふ、不思議なこと…?」

「…記憶を失うんだ」

「え?」

「俺の目を見ると、直近三十分間の記憶が消えてしまうんだ」

「で、でも、今星川君の目を見てもなんともならないです…よ?」

「右目だけだよ。そんな不気味な力が宿っているのは」

「だ、だから眼帯…」

「そういうこと」



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「そういうこと」

そう言うと、星川君は力なく笑いました。どこか、泣きそうな表情のようにも見えました。彼の笑顔を見たのは、この時が初めてです。

「…信じられないでしょ?いきなりこんなこと言われたって」

「……でも私、その話信じます。信じられないような話だけれど…、それでも、信じます。大丈夫です」

「…どうしてそこまで俺達の言うこと信じてくれるの?俺達は星野さんに実験台になれって言ったんだよ?そんな人の言うこと、普通信じられないよ。それに」

星川君は視線を私から逸らしました。

「怖いでしょ、いきなり記憶を消すだなんて言われて」

彼の震えるその声を、私は聞いていられませんでした。

「…正直、とても怖いです。でも、きっと、怖いのは星川君も同じで…」

「…」

「だから、そんなものをずっと抱えてきた星川君に、なにかちょっとでも出来ることがあるんだったら、力になりたい、です…」

「お人好しがすぎるよ…」

星川君はそう言うと、まるで現実逃避をするようにして天井を見上げました。

「…もういいんじゃない?星川君。蛍ちゃん、ここまでの覚悟があるみたいだし」

「…わかりました」

私の方へと再び顔を向け直します。

「あ、そうだ。花崎先生」

「ん?どったの?」

「保健室の鍵、閉めて貰えますか。驚いた反発で、星野さんが外に出たら困るので…」

「ん〜。本当はあんまり良くないけど、了解〜」

花崎先生が立ち上がり、両側のドアの鍵を閉めました。

「これでお〜け〜?」

「はい、大丈夫です。あと、これだけは念押ししときますけど、絶対に俺の目見ないでくださいね。先生は、もしもの時の説明役なので」

「は~い、りょうか〜い」

「…じゃあ、いきます」



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光はまず、右耳にあるアジャスターを触った。緩めようとする手が震え、上手く力が入らない。

『私達にはもう、どうすることもできません…』

突然、医者に言われた言葉が蘇ってきた。行きたくて行った訳では無いのに、最終的にはこんな無責任ことを言われた。

勿論、「目を見ると不思議なことが起こっちゃうんです」なんて、馬鹿げたことを伝えに医者に行った訳では無い。光自身が病院に行っていたのはもっと別の理由で、この目のこともその時たまたま見つかっただけなのだった。

医者は、おかしなことを言った。

『この子の目を見ると、見る以前にやっていたことが全く思い出せなくなるんです。このままこの子の治療を続けると、他の患者の治療にも支障が出てしまいます。だから ー』

だから、もうこの病院には来るなと、そう言われたのだ。

こればかりは仕方がないと思った。もし本当に患者にとって必要な治療を忘れてしまっていて、なくなってしまった人が出てきてしまっても光には全く責任が持てない。だから、この話はきっぱりと飲み込むしかなかった。

そして同時に、自分の目のことについて関わった人は不幸な目にあってしまうということを理解した。…つもりだった。

そう、つもりなのだ。だから今だって、こうやってまた誰かと目のことで関わりを持とうとしている。何度も後悔したのに、それでもだった。

どこかに、「今回こそ」という思いがあるのかもしれない。だから、何度も後悔を繰り返す。いい加減に辞めたかった。

だから、そう、「今回こそ」こんなこと辞めようと思う。もし、星野さんが普通の人間であったとして、この力について何もわからなかったとしても、もう辞める。

その方が、自分にとってもいいじゃないか。もう、誰かに忘れられる恐怖を味わうことも無い。

さあ、終わりにしよう。これで、全てー

光は眼帯を一気に外した。




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Time @nagisa_kinosita

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