保健室にて
「うっ…ひっく…」
「…」
星川君が前を歩いて、その後ろを私がついて行く、まるでニワトリとヒヨコの関係のようにして、私達は保健室へと向かっていました。
いつまでも泣いている私に、星川君は文句のひとつも言いませんでした。まあ、その優しさでまた涙が溢れてきてしまうのですが。
ところで、どうして星川君はこの学校の保健室の場所を知っているのでしょうか。
「ここだよ」
一度も迷うことなくここまで辿り着いてしまいました。
「失礼します」
星川君が中に入ると、
「は〜い」
穏やかな声が帰ってきました。星川君の後ろについて、私も保健室の中へと入っていきます。
「あ、星川君だ〜!どうしたの〜?」
中には、20代前半位の若い女性の先生がいました。髪の毛には、軽くウェーブがかかっています。どうやら星川君と面識があるみたいです。
「同じクラスの子が、気分悪くなったらしくて…」
星川君が適当な理由を言ってくれて、先生は『同じクラスの子』を探し始めました。すぐに私と視線が合います。
「わあ〜可愛い子〜!そんなに泣かなくても大丈夫だよ〜。ちょっとベッドで横になっていく?でも、今日の授業ってもうあとちょっとしかないよね?家に帰っても大丈夫だよ〜。そうする?」
私は、泣きすぎて上手く声が出せなかったので、何度か縦に首を振りました。
「了解〜。家までは私が送ってあげるからね〜。あ、家にお父さんやお母さんって、今いる?」
首を横に振ります。
「じゃあ、また後で家に連絡入れとくね〜。お名前教えてもらえるかな?」
「星野さんです。2組の」
「おお〜!星川君ナイス!」
「はあ…」
「えっと、名簿名簿〜」
先生の様子を見ているとなんだか拍子抜けしてしまって、いつの間にか涙も止まっていました。星川君がこちらに視線を向けます。
「えっと…とりあえず座る?」
星川君が私の後ろにあるソファを指さしながら言いました。何となく申し訳無さを感じながら、腰を下ろします。星川君も隣に座りました。
「名簿あった〜!この子だね〜」
先生も、名簿を見ながら机を挟んで向かい側にあるソファに座ります。
「蛍ちゃんって言うんだ〜!可愛い〜!あ、私の名前はね〜、花崎 美絵って言うんだ〜。よろしくね〜」
「ょろしくぉ願ぃします…」
泣き止んだばかりの、掠れてヨボヨボしている声で何とか返事を返すと、花崎先生はニコッと笑ってくれました。
「ホントに可愛いね〜この子。でもさ〜」
先生の笑顔が、突然いたずらっ子っぽさを含んだものに変化します。
「その子、本当は元気なんじゃな〜い?」
確信をつかれて、ドキッとしました。星川君が、先生に聞き返します。
「…どうしてそう思うんですか?」
「だって、本当に気持ち悪かったとしたらさ、そんなに泣いたら多分『オエ〜』ってなっちゃうもん」
「…」
星川君がバツの悪そうな顔をして、その後私の方に顔を向けました。
「…本当のこと言っても大丈夫?」
私はきょとんとした顔をしました。『本当のこと』というのは…?
「三崎さんとの関係のことで泣いてたんだと勝手に思ってたんだけど…」
そこで私は、星川君が大きな誤解をしていることに初めて気がつきました。急いで首を振って否定します。
「わ、私が泣い、ていたのは、その…星、川君が、や、優しく接してくれたから、で…」
「優しくだって〜!星川君何したの〜?」
「俺は別に何も…」
「あ、あの、だから、全然三崎さんとのことは話して貰っても、大丈夫、です…」
「…無理してない?」
私は首を縦に振ると、
「三崎さんとのことは、小学生の時からなので、もう、慣れました…。だから、大丈夫です…」
そう補足しました。そこまで言って、ようやく星川君は納得してくれました。
「わかった。じゃあ、さっきあったことをそのまま話させて貰うけど ー」
星川君はさっきあったことをそのまま、端的に説明しました。最後まで聞いた花崎先生は、苦虫を噛み潰したような顔をして、
「ほんまつてんと〜」
そう一言こぼしました。私にはその言葉が一体何を指しているのかはわかりませんでしたが、
「まあ…」
生返事をしている星川君に向けて言われたものであるということは確かでした。
「葉月も大変よね〜。あんまり不安にさせたらダメだよ〜?」
「…すみません」
「まあ、ここはいつまで空いてるからさ。なんかあったらすぐ来なよ。蛍ちゃんもね!」
「は、はい。あ、あの…」
「ん?どしたの〜?」
「葉月…さんって…?」
「ああ〜、気にしないで〜。ちょっとね、色々あるのよ」
「ご、ごめんなさい…」
「全然気にしないで〜。ところでさ〜」
先生が机の上にある置時計をこちらに向けながら言いました。針は11時33分を指しています。
「うわ…」
「授業って35分までだよ。星川君は教室に戻ったら怒られちゃうかもね〜」
「覚悟しときます…」
「まあ、安心しなよ〜。私が教室までついて行くからさ、適当に理由つけてあげる!だからさ、とっととカバン取りに行って帰ろ〜よ〜。星川君も車で送ってあげるからさ〜。この授業で今日はもう終わりでしょ?」
「まあ。じゃあお言葉に甘えて」
「よし決まり!さ〜さ〜二人とも立って立って〜。早く行こ〜」
花崎先生が立ち上がったのに続いて、私達も立ち上がります。
こうして私達は再び教室に戻っていくこととなるのですが、星川君と私が共に行動していたことを後悔するのはもう少しあとのお話です。
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