教室にて

 「和泉(いずみ)小学校から来ました。星川 光です。よろしくお願いします」

 必要最低限のことだけを言って、私の隣の席に座っている男の子は自己紹介を終えました。

 (この子も緊張しているのかな…?)

 あまりの短さから、私はふとそんなことを感じました。

 『この子も』の『も』のところに含まれているのは、もちろん私自身です。私、星野 蛍は極度の人見知りであり、同時に上がり症です。私ほどこの行事が向いていない人はきっといないと思います…。 それはさておき…。私は、彼の顔をチラリと横目で見ました。表情から、彼の心境が読み取れるかもしれないと思ったからです。

 でも、私の計画は失敗に終わりました。なぜなら、彼の右目には眼帯が被せられていたからです。

 自己紹介の時の緊張があって、すっかり忘れてしまっていました…。おまけに、私は彼の右側に座っているため、到底彼の表情を読み取ることができませんでした。

 彼が何故眼帯をしているのかは、恐らくこのクラスの誰も知りません。皆、彼に会うのは入学式の日、つまり今日が初めてだからです。

 彼は、私達が6年間を過ごしてきた浴衣和小学校とは別の学校から来た生徒でした。だからさっき、学校名からの自己紹介だったんです。彼以外にも、確かもう一人そんな生徒がいた気がします。

 別の学校から来たという事だけでも、私達にとっては不思議な存在なのに、そこに眼帯という要素がプラスされているため、彼の存在はこの空間において異質そのものでした。現に、彼の方をちらちら見ながら、コソコソと何かを話している人がたくさんいます。誰あれ…、眼帯が…。小声なので言葉の端々しか聞こえませんが、きっと良いことは言っていないでしょう。

 それに対し彼はというと、自己紹介をする前からずっと外を見ており、彼らのことなんて気にも止めていない様子でした。

 彼らから目を逸すためなのか、それとも単に外に何かがあるのか、私には知る由もなく、 「よし、若山までいったな。じゃあ皆、一年間このメンバーで頑張っていこうな!」

 結局何もわからないまま全員が自己紹介を終えてしまいました。丁度よくよれいも鳴りました。

 号令をかけ終わり、先生が教室を出たことを確認すると、私と星川君以外のみんなが同時に立ち上がりました。そして、みんなキョロキョロと周りの人と目線を合わせて、星川君のもとへと駆け寄って来ました。わらわらと、星川君の机の周りに大きな群れが出来上がります。

それに気づいた星川君は、そこでようやく窓の外から視線を外して、その視線を正面へと移しました。とはいうものの、私からは彼の目元が見えないため、頭の向きでどこを向いているのかを判断することしか出来ないのですが、

「……」

何も言わずに固まっている彼の姿を見れば、目元を見なくったって、彼が驚いて目を見開いていることくらいはわかりました。

「あ、ごめんな。いきなりこんなに人が集まって、びっくりしたよな。ほら、ここって田舎だからさ。別の学校から来た奴なんて、俺たち今まで1回も会ったこと無かったから、皆お前に興味湧いてんだよ」 「そういうことだから、ちょっと私たちの話に付き合って欲しいの。あ、ちなみに私、江川 紹子ね !よろしく」

「俺も俺も!俺、遠藤ってんだ!よろしくな!」

「私は大川っていって」

「俺は井上で」

興奮がヒートアップして、皆が言葉を被せて話し始めたので、星川君は口を開けてぽかんとした顔をしていました。

助けてあげたいけど、どうしよう…。なにか、私にできることは…。

私が頭をフル回転させていると、

「ちょっと皆!星川君が困ってるでしょ!ほら、どいてどいて!」

大きな声で叫ぶ女の子の声が聞こえました。辺りが静まりかえります。

私の心臓はその声に反応して跳ね上がって、私は息が詰まるような感覚になり、もう何も考えられなくなってしまっていました。思わず顔を伏せてしまいます。

大きな群れを割り込むようにして、星川君の正面へと現れた女の子。

「ごめんなさいね、騒がしくしちゃって。紹介が遅れたわね。私、三崎 凛っていうの。よろしく」 「…」

「あら、無視かしら?」

「…あ、いや、ごめん。ビックリして…」

「まあ、それならしょうがないわね!いきなりこんな美女が出てきたら、誰だってビックリするわよ ね!」

「はあ…」

星川君は生返事を返しました。

「毎日お肌のケアは欠かさずやってるからほっぺたプルプルだし、髪だって高級シャンプー使ってる からサラサラだし!なんてったって、元がいいのよ。こんなに可愛い顔してる人なんて他にいない わ!」

三崎さんが自慢げに言い、少し間を開けてから、

「…えっと、結局要件って?」

星川君が聞き返しました。

「えっ?」

「皆を押しのけてまでして俺の所に来ているんだから、なにかそれだけの用があったってことだろ?」 そんな聞き方をしては、三崎さんの機嫌を損ねてしまうのではないかと心配していたのですが、

「あ、そうよ!」

そんなことはありませんでした。

「私、あなたに質問がしたかったのよ。皆を代表して。ほら、さっきみたいに皆に一斉に話されたら 大変でしょ?」

「まあ…」

三崎さんの声は、興味で満ち溢れているように聞こえました。反面、星川君はあまり乗り気ではなさそうです。

「ね、ね、質問してもいいでしょ?とは言っても、あなた自身も大体どんな質問されるかわかってる んじゃない?」

「…答えられることには答えるよ」

星川君は、三崎さんの質問を軽くスルーしました。それでも三崎さんは構わず話し続けます。

「それじゃあいくわね。まず1つ目〜」

「…」

「なんで和泉から引っ越してきたの?それも、わざわざこんな田舎に」

「…ごめん、答えたくない」

「じゃあ、2つ目〜。今数分話してて思ったけど、あなた人と話すの苦手よね?」

「まあ」

「なんで?」

「なんで、と言われても…」

「なにかそうなった原因の出来事があるんでしょ?教えてよ」

「ごめん、言えない…。てか、そんなこと聞いてどうするの?」

「じゃあ3つ目〜」

「…」

「なんで眼帯してるの?」

「それは絶対答えられない」

「あのねぇ…」

三崎さんの声には、明らかに苛立ちが含まれていました。そして、

バーン!

その苛立ちを、思いっきり机を叩いてむき出しにしました。私はビクッと体を震わせました。「キャッ!」と、小さな悲鳴も聞こえました。

星川君と三崎さんの様子が気になり、目線だけを少しだけ上げてみると、三崎さんが星川君の机に手を着きながら、星川君のことを思いっきり睨んでいるのが見えました。

「さっきから何一つ答えて貰えてないんだけど?ふざけてんの?」

「『たまたま』答えられないような質問ばかりだったんだ。ごめん」

「はあ!?何それ、そんな質問ばかりをぶつけた私が悪いって言いたい訳!?じゃあわかったわよ! そこまで言うなら ー」

三崎さんは私の方をキッと睨んできました。ビクッと体を震わせ、同時に視線を逸らしながら、

(星川君、ごめんなさい)

申し訳なさで涙が出そうになりました。

「そこまで言うならコイツと同じ目に合わせてあげるわ!」

「コイツって言うのは…」

「アンタの横に座ってる星野のことよ!星野もアンタと同じように私に反抗してきたのよ!私のこと を侮辱してくる奴は、誰であろうと絶対許さないわ!」

「だから、いじめてるって言うのか?」

星川君が低く、冷たい声で言いました。

「…い、いじめてなんかないわよ。見てもないのに勝手なこと言わないでよ!」

「じゃあ、彼女に対して具体的にどんなことしてきたんだよ」

「それは…」

三崎さんが口ごもり、星川君が小さく息を吐きました。

「恐らく、三崎さん自身がこのクラス…と言うよりも学年で、一番偉いポジションにいるんだろ。だ から誰も三崎さんに逆らえない、逆らおうと思わない。三崎さん一人に逆らったら、その時点で学 年全員を敵に回したも同然だからな」

「…」

「星野さんが一体何をしたのかは知らないけど、俺はイジメ集団の中には入りたくない。だから、三 崎さんに言われなくったって星野さん側につくよ。イジメを続けるんだったら、勝手にやってくれ。 でも、今度からは ー」

あぁ…

「今度からは、俺も相手だから」

あぁ、誰かからこうして守って貰えたのは、一体いつぶりだろう…。いつも、いつも見て見ぬふりをされて…。

私は、星川君の優しさに涙が止まりませんでした。

「何よ、なんなのよ…」

三崎さんの声は、微かに震えていました。


予鈴がなります。一人の机に群がる異様な光景に、戻ってきた先生が驚いて、更に私が泣いているのを見つけて、心配の言葉をかけてくれました。「どうした?大丈夫か?」と何度も先生が聞いてくれているのに、私が何も答えられずにいると、星川君が代わりに代弁してくれました。

「体調が悪いらしいので、保健室に連れて行ってあげてもいいですか?」

驚くことに、そんな一言で、その場は収まりきったのです。




 

 

 

 

 




 

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