第51話 職員の名

「さてさて、この配信をご覧のみなさん、そして『魔王』柏森真央を始めとする探索者のみなさん」


 次はどんなモンスターが出るかと身構えていたところに声が響く。

 ボイスチェンジャーを使っているのか、機械的で妙な声だ。

 俺たちは、警戒を続けながら声に耳を傾けた。


「この事件を引き起こした犯人を、私たちはたった今取り押さえました。犯人の名前は村花雄二。大臣、村花栄一の弟です」


 突然告げられた事実に俺たちは驚く。

 弟がこんな事件を引き起こしたとなれば、村花大臣もただでは済まない。

 直接な関与はないと思うが、大幅な信用ダウンは避けられないだろう。

 俺が戸惑いを隠せない中、声は淡々とした調子で話を続けた。


「兄は今回の事件に関係ないと村花雄二は話しています。まあ、そこら辺の真偽は警察が明らかにしてくれるでしょう」

「警察がってことは、今喋ってるのは警察じゃないってことか…?」


 石狩さんが首を傾げた。

 声は犯人を取り押さえたと言っている。

 しかし、今の言い方からすれば警察の関係者ではないようだ。

 さらに警察などの公的機関なら、ボイスチェンジャーを使って本当の声を隠す理由も分からない。

 俺たちを油断させるための罠か、あるいは全く別の目的があり村花雄二の計画を邪魔した第三者ということになる。


「配信をご覧になっている世界中のみなさん。果たしてみなさんは、村花雄二の言う“ショー”に満足されたのでしょうか?少なくとも、私は満足していません」


 声はボイスチェンジャー越しに「くくく」と笑った。


「いずれ私たちが、今日の事件を超える最高のショーをお見せしましょう。それまで、首を洗って待っていてください」


 犯行予告ともとれる言葉だ。

 今回の犯人を捕らえたうえで、次は自分がこれを上回る事件を引き起こすと言っている。

 ボイスチェンジャーを使っている理由も納得がいった。


「茶番は終わりにしましょう。ここまで健闘した勇敢な探索者たちをダンジョンから解放します」


 声がそう告げると同時に、ダンジョンの攻略成功を知らせる声が流れる。

 ボスモンスターを倒した直後ではなく、声が望んだタイミングでダンジョン攻略成功が認定された。

 不可思議な事態に恐怖を感じつつも、俺たちはダンジョンを出る。

 新鮮な空気が体に入ってきた。


「終わったんだよね…?」

「一旦はな」


 俺が微笑みと共に返すと、静月はほっと胸をなでおろした。

 もう何日も外に出ていなかったような気がする。

 ひとまず戦いが終わったと思うと、安堵と共に疲労が襲ってきた。

 身体的にもかなり疲れたが、精神的な疲労も大きい。

 かなり頭も使ったからな。


「YesTube見てみろ。今も配信が続いてる」


 藤塚さんが自分のスマホの画面を見せてくれた。

 最大手の動画投稿サイトで配信がされている。

 事前に予告されていたわけでもないのに、えげつない数の視聴者数だ。


 俺も自分のスマホでサイトを開き、配信に接続した。

 真っ暗な画面に声だけが流れている。

 やはりボイスチェンジャーを使った声だ。


「私は必ず自らの計画を実行します。その時にはぜひお相手をお願いしますよ?『魔王』柏森真央」

「…っ!!」


 スマホを握る手に力がこもった。

 最強との呼び声高い4人ではなく、俺を名指しして挑発してきた。

 奴に計画を実行させないのが一番だが、もし防げなかった場合は全力で戦わなくては。


「もちろん、今すぐに計画を実行する訳ではありません。準備にはまだ時間がかかります。それまでは、せいぜい平凡な探索者ライフをお楽しみください。ああ、安心してくださいね。私は村花雄二のような予告なしのアクションは起こしませんから。必ず、計画の実行前にお知らせします」


 とても正気とは思えない言動だが、目の前でトパーズドラゴンやマーダーコングを見せられた今となっては虚勢だと思えなかった。

 何らかの方法で事件を起こせると、奴は確信しているのだ。


「それではみなさん、また会いましょう。これをもって配信を終わります」


 スマホの画面に「この配信は終了しました」の文字が表示される。

 それと同時にこちらへ何人かの人が駆け寄ってくる。

 スーツ姿の村花大臣を筆頭に、管理局の職員が複数いるようだ。


「みなさん!!無事ですか!!」


 村花大臣は俺たちを見回し、誰も大きなけがを負っていないことを確認してほっと息を吐きだした。


「弟の名が出てきて私も驚いています。事実関係は調査中ですが、この場を借りて謝罪させていただきます。申し訳ありません」


 頭を深々と下げる大臣。

 そこへ四桜さんが声を掛けた。


「大臣自身は関係していないんですね?」

「もちろんです。私は一切関与していません。弟とはもう何年も会っていませんし、連絡も取っていませんから」


 その答えを聞いて四桜さんは何度か頷く。

 頭を上げた大臣は、自分が走ってきた方を差して言った。


「あちらに車を用意しています。お疲れのところ大変申し訳ありませんが、管理局にて事情を聞かせていただけませんか?」

「分かった」


 石狩さんが代表して答え、みんなで歩き出す。

 用意されていたのは大型のバスだった。

 全員が乗り込んだのを確認し、バスが発進した。

 車内には無言の時間が流れる。

 目を閉じて休む者、武器を手入れする者、腕を組んで思考に集中する者。

 俺も、目を閉じながら今日あった出来事を整理していた。


「麻央、着いたよ」


 隣に座った静月に体を揺さぶられて目を開ければ、バスは管理局に到着している。

 バスを降りて建物の中に入り、以前に事情聴取を受けた3階の部屋に案内された。

 やはり、俺の探索者登録をしてくれた職員さんが座っている。


「お疲れ様でした。柏森さん」

「いえいえ」


 軽くあいさつを交わしてから、ダンジョン内で起きたことを順を追って話した。

 職員さんは、メモを取りながら真剣なまなざしで俺の話を聞いている。

 俺が全てを話し終えたところで、向こうもパソコンを閉じた。


「ありがとうございました。これからのことは追ってご連絡します。今日はゆっくりお休みください。もし寝泊まりする場所がないようでしたら、近くのホテルをこちらで手配もできますが…」

「あ、家が近くにあるので大丈夫です」

「分かりました」


 一礼して俺は席を立つ。

 それから、ふと気になって言った。


「そういえば、職員さんの名前を聞いてもいいですか?」


 何度か話をしていたが、俺は彼の名前を知らない。


「そういえば自己紹介をしていませんでしたね。失礼をいたしました」


 そう言うと、職員さんは立ち上がって胸元から出した名刺を渡してくれた。


「探索者管理局 第24支部職員、 まことと申します。これからもよろしくお願いします」

「よろしくお願いします」


 俺は笑顔でその名刺を受け取り、管理局をあとにした。


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「これからもよろしくお願いしますよ。柏森真央」


 自分一人だけになった管理局の一室で、赤堀が笑顔で呟いた。

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