第50話 男の名

 あっという間に、俺はマーダーコングの肩へたどり着いていた。

 ロロのスピードにマーダーコングは対応できていない。

 俺がマーダーコングの肩に降り立ったところで、ロロは急いでシールドへ飛び去る。

 俺はスマホを取り出し、タイマーをセットした。


「四桜さん!!」


 俺が両手を上げて合図すると同時に、四桜さんが高々と杖を掲げる。

 合わせて、俺もマーダーコングの頭部へ手を伸ばした。


「【フリーズトルネード】!!」

「【ガスコントロール】!!」


 マーダーコングの体が、首から上を残してカチコチに凍る。

 時を同じくして、頭部周辺の酸素が奪われた。

 突然呼吸が出来なくなり、マーダーコングの顔がゆがむ。

【フリーズトルネード】で固めておけるのは1分間。

 少しのずれが命取りになるため、タイマーを使って確実に計測する。


「早倉さん!!」


 タイマーが残り23秒になったところで、すでに弓矢を構えている早倉さんに呼びかけた。


「【奇術トリック・フローズン】!!」


 凍った体に矢が突き刺さり、凍結時間が20秒延長される。

 マーダーコングは、目を見開いて口をパクパクさせていた。

 もう少し…もう少しだ…っ。


 残り15秒。

 凍結が解けるまでにマーダーコングを倒せなかったら、まず俺が反撃にあう。

 凍っているうちに、ここから逃げなくてはいけない。


 残り10秒。

 膝をかがめ、いつでも【跳躍】を発動できるように備える。

 俺がこの場を離れれば、マーダーコングの顔周りには酸素が戻る。

 頼む。早く倒れてくれ…。


 残り5秒。

 もうダメか。

 俺が諦めて飛ぼうとした時、ふいにマーダーコングが口を閉じて白目を剥いた。

 何とか呼吸をしようと強張っていた筋肉が緩まり、首ががくんと曲がる。


「【跳躍】!!」


 体力は削り切れたはずだ。

 希望を込めて、俺は高く飛び上がった。

 地面に着地すると同時に、マーダーコングの体を覆っていた氷が消え去る。

 そのまま、巨体が地面に崩れ落ちた。

 マーダーコングはもう、ピクリとも動かない。


「やった!!」


 最初に、ロロが勝利の声を上げた。

 続いて静月と早倉さんが笑顔でガッツポーズする。

 緊張が一気に解け、俺はその場に膝をついた。


「ははは…。まさか倒しちまうとはな」


 石狩さんが笑顔で拍手を送ってくれる。

 どうやら、回復は既に完了しているようだ。


「助かった。これで十分に回復できた」


 藤塚さんのグーサインに、俺もグーサインで返した。


 しかし、まだ攻略成功を知らせる声は響いていない。

 戦いが続くはずだ。


 ---------------------------

「マーダーコングがやられるのは、まだ予想の範囲内。しかし誰も死んでいないとはな。1人くらいは殺しておきたかった」


 次なるモンスターの出現をコールするべく、男はマイクを手に取った。

 ネット配信の視聴者も徐々に徐々に増えている。

 SNSで拡散されているようだ。


「さてと…」


 男がマイクの電源を入れようとしたところで、部屋の扉が開いた。


「誰だ!!」

「私です」


 入ってきたのは、協力者である赤堀だ。


「なぜここに?お前の仕事はまだ残っているはずだが」

「仕事…?何のことでしょう?」

「とぼけるな!!配信が終わるまで、お前はカメラやネット回線の管理をするはずだろう」

「そのことですか…」


 赤堀はため息をつくと、首を横に振った。


「残念ですが、私はもうあなたの協力者ではありません」

「何を言っているんだ?」


 男は慌てて立ち上がり、赤堀の胸ぐらをつかんで詰め寄る。

 それを、赤堀は冷たく突き飛ばした。


「あなたは魔王の器ではない。柏森真央とは比較にならないんですよ。私はもっと適性のある人間を見つけた。だから、あなたを切り捨てることにしました」

「切り捨てる…?どういうことだ!!」

「まだ自分の立場に気付いていないようですね」

「何だと…?」


 冷ややかに男を見下ろしながら、淡々とした口調で言葉を紡ぐ赤堀。

 ただならぬその様子に、男の顔が強張る。


「もともとあなたには、優秀な兄に対する劣等感があった。そこに、探索者として【怪物図鑑モンスターブック】のオリジナルスキルを獲得したことで力も加わった。あなたにはダンジョンの悪役、魔王になれると私は考えました」

「その通りだ。俺には力がある」


 男のオリジナルスキルである【怪物図鑑モンスターブック】。

 それはこのようなスキルだ。


 ---------------------------

怪物図鑑モンスターブック

 効果:モンスターを記録し、緯度と経度、高度によって指定した地点へ出現させる。

   ただし、実在しないモンスターは記録できない。

   また、ダンジョン内、及び2DSのバトルフィールド以外の場所には出現させられない。

 ---------------------------


 男はこれを使い、スキルに記録したモンスターをボス部屋の座標へと出現させていた。

 もし最後の一文、「ダンジョン内、及び2DSのバトルフィールド以外の場所には出現させられない」という指定がなければ、今頃は大惨事になっていたことだろう。


 赤堀は男のスキルを知り、ダンジョンの悪役である「魔王」にならないかと持ち掛けた。

 麻央の「魔王伝説」もあり、話題性は十分。

 ダンジョン探索の歴史における大事件になるはずだったのだが…


「あなたには先見の明がなく、行動は行き当たりばったり。派手な演出にこだわる割に、中身がありませんでした」


 スキルを持っているのは男の方だったため、赤堀も不用意な行動は出来なかった。

 そんな中、指示を放棄してここへ来たというのは状況が一変したことを意味する。


「入ってきてください」


 赤堀の隣に、もう1つ人影が並び立つ。


「新たな『魔王』候補です。オリジナルスキルは【戦技強奪スキル・スナッチ】。さあ、どうぞ」


 赤堀に促されて、人影が男へと手を伸ばした。


「【戦技強奪スキル・スナッチ】」

「何をするんだ…やめろ…」


 男にもスキルをスナッチするとはどういう意味か、よく分かっている。

 ガタガタと震え、慌てて逃げようとするが時すでに遅し。


「【怪物図鑑モンスターブック】」


 [スキル【怪物図鑑モンスターブック】Lv.2を強奪スナッチしました。]

 [スキル【怪物図鑑モンスターブック】Lv.2を習得しました。]


「ふざけるなぁぁ!!」


 自分のオリジナルスキルが強奪されたことに、男が絶叫する。

 それでも赤堀は、自ら立てた新たな計画通り冷静に行動した。


「さて、私の計画はもうすでに始まっています。その中には、この一大事を引き起こしたエセ魔王の正体を世間に周知することも含まれています」


 男の顔色があからさまに悪くなった。

 この事態を引き起こしたことがバレれば、それはそれは重い刑罰を受けることになる。

 計画が成功したのなら、男は満足感と共にそれを受け入れただろう。

 しかし計画は失敗し、トカゲのしっぽ切り的に男だけが世間へとさらされるのだ。


「さあ、茶番は終わりにしましょうかエセ魔王。いや、村花むらはな雄二ゆうじさん」


 ダンジョンを担当する大臣、村花栄一。

 その弟の名を、村花雄二という。

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