第33話 全防壁展開

 ボス部屋が大きな影に覆われるのと、早倉さんの放った矢がグリーンエアツリーに突き刺さるのがほぼ同時だった。

 突然ボス部屋が暗くなったことに驚き、俺たちは頭上へ視線を向ける。


「「「「「…っ!!」」」」」


 全員が、目にした影の主に驚き、声にならない声を上げた。

 燃えるような赤色の体を持ち、部屋を見まわす瞳も赤く煌めいている。

 その巨体がBランクダンジョンのボス部屋に収まりきることはなく、空中で大きな輪を作って窮屈そうにしている。


「ルビードラゴン…。」


 早倉さんが、呆然として呟いた。


「ル、ルビードラゴン!?」


 ロロが驚きの声を上げる。


 ドラゴンというのは、モンスターの中でも圧倒的な破壊力を持つ種として知られる。

 ドラゴン種のモンスターはその全てがSランクダンジョン、SSランクダンジョンのモンスターだ。


 そして、Sランクダンジョンに出現するドラゴンの中でも特に探索者たちが恐れる12種類のモンスターがいる。

 それらは総称して「十二竜」と呼ばれ、多くの探索者たちがその餌食となった。


 十二竜には、12種それぞれの体の色とその「12」という数から、各種類に1月~12月の誕生石に基づいた名前が付けられている。

 目の前にいる巨竜の燃えるような赤色は、確かに7月の誕生石であるルビーの赤色だ。


 十二竜といえば、探索者の中で知らないものはいないモンスターたち。

 この場にいる全員がもちろんその名を知っていて、ただ呆然と、赤く煌めく頭上の巨竜を見上げている。


 Sランクダンジョンの最強格モンスター。

 そんな激やばモンスターが、なんでBランクダンジョンに…。

 ただでさえ、グリーンエアツリーが出現した時点で異常事態だというのに。


 最初に動いたのは早倉さんだった。

 ハッと我に返ると、全員に慌てて指示を出す。


「ぜ、全員、持っている防御系スキルを発動してください!!」


 その言葉で、俺たちは一斉にスキルを発動した。


「【グラウンドウォール】!!【グラウンドウォール】!!【グラウンドウォール】!!【グラウンドウォール】!!」


 まず俺が、グリーンエアツリーに攻撃するために解除していた土壁を再展開する。


「【ウォータールーム】。【ファイアールーム】。【ロックルーム】。」


 さらにその外から、早倉さんが水、火、岩の球状の壁を展開した。


「【ペアシールド】!!」


 静月の一声で、「アモルファス」が2対の盾に変形する。

 というか、その槍本当に便利だな。

 攻撃も防御も両方出来るなんて。


「【アイアンボード】!!」


 ロロの発動したスキルは、名前の通り鉄板で敵の攻撃を防ぐスキル。

 鉄板と言ってもかなり薄い板で、防御系スキルの中でもかなり初歩のスキルだ。

 やはり攻撃重視のため、強い防御系スキルは習得していないのだろう。


「【キューブバリア】!!【グリーンヘッジ】!!【ワイヤーフェンス】!!」


 ララが発動したスキルは3種類。

【キューブバリア】では、半透明で正方形のバリアが、早倉さんが展開した壁のさらに外側へ出現した。

【グリーンヘッジ】では、俺たちの正面、土壁の前に濃い緑の生け垣が展開され、枝と葉がそれぞれ動いて隙間を埋めていく。

【ワイヤーフェンス】は訳せば鉄条網。

 最前線に鉄条網が出現し、相手の侵入を阻む。


 外側から、鉄条網、半透明のバリア、水の壁、火の壁、岩の壁、緑の生け垣、鉄板、土壁、槍から変形した盾と、8重の防壁が俺たちを守っている。


 しかし、目の前にいるのは巨竜と巨木。

 果たして、この防壁の中は安全と言えるのだろうか。


「というか…」


 土壁の中で、ララが早倉さんに聞いた。


「今って、酸素ないんだよね?私たちはお兄ちゃんのスキルで何とかなってるけど、あのドラゴンは何で平気なの?」

「『何で』を正確に説明することは出来ません。私はモンスターを倒すのが仕事で、学者ではないので。」


 そう前置きした上で、早倉さんが答える。


「ですが、普通の生き物の中にも、無酸素の状態で数分から十数分活動できるものがいます。ましてや、あれは超強力なモンスター。無酸素で数十分生き延びても、さして不思議ではないかと。」


 つまり、ルビードラゴンが窒息死して万事解決というのはまずありえないということだ。

 数十分も待っていたら確実にこっちの守備が崩壊するし、ルビードラゴンが数十分で窒息するという保証もない。


「取りあえずは、グリーンエアツリーを倒すしかないみたいですね。」


 俺の言葉に、早倉さんは頷いた。


「ええ。酸素が戻れば、私と柏森さんがそれぞれ離れた場所から攻撃できます。幸いなことに、私の放った矢はグリーンエアツリーにしっかりと刺さっている。こちらは、もう倒したも同然です。」


 そういうと、早倉さんはグリーンエアツリーに向けて手を伸ばした。


奇術トリック・パワージェネレーション。」


 それと同時に、グリーンエアツリーの体が大きく揺れた。

 さらに小刻みに振動しながら、枝を振っている。

 まるで、苦しみ悶えているかのようだ。


「『パワージェネレーション』ってことは、発電、つまり電気ってことですか。」

「ええ。矢が発電機となって刺さった対象に電流を流し続け、継続ダメージを与える。グリーンエアツリーが自分で矢を抜くなどありえませんし、特注の矢ですから振り回している枝が当たったところで折れることはないでしょう。」


 なるほど、そりゃ「倒したも同然」だ。


「計算するに、グリーンエアツリーが倒れるまで残り20秒。しかし、その20秒をルビードラゴンが待っていてくれる訳ではありません。」


 それもそうだ。

「20秒で酸素戻りますんで、戦いはそれからにしましょう」などという話が通用する相手ではない。

 既にルビードラゴンの赤い目は、分厚い壁の中にいる俺たちをしっかりと捉えている。


「皆さんのステータスを、【鑑定眼】で確認しても構いませんか?」


 早倉さんの問いに、俺たちは全員頷いた。


「ありがとうございます。【鑑定眼】。」


 早倉さんは素早く全員を見回し、そしてルビードラゴンに目を向けて険しい表情になった。

 ここまで約7秒。


「まずい…。」


 心なしか、早倉さんの顔色が悪い。

 何か問題があったのだろうか。


「ゴガアアアア!!!!」


 ルビードラゴンが大きな口を開け、鋭い牙を覗かせながら咆哮を上げた。

 えげつない音量に、俺たちは耳を塞ぐ。

 グリーンエアツリーの枝から、バサバサと葉が落ちた。


「このままでは…いや、私なら耐えられる…か。」


 早倉さんは、何やらぼそぼそと呟いている。


「何か、問題がありましたか?」


 俺が聞くと、早倉さんは意を決したように言った。


「いえ、大丈夫です。静月、盾を貸してくれる?」


 静月が早倉さんへ盾を手渡す。

 早倉さんがその盾をルビードラゴンに向けて構え、みんなに言った。


「私の後ろに隠れてください。ルビードラゴンの攻撃が来ます。」


 残り20秒宣言から、ここまでで15秒。


 残り5秒。

 ルビードラゴンが、その巨大な口に青白い光の玉を宿す。


 残り4秒。

 早倉さんの盾を持つ手に、グッと力がこもった。


 残り3秒。

 青白い光の玉が、ルビードラゴンの口に収まりきらないほど大きくなる。


 残り2秒。

 ルビードラゴンが、咆哮と共に光の玉を俺たちに向けて放った。


 残り1秒。

 光の玉は壁をことごとく破壊し、俺たちに迫ってくる。


 残り0秒。

 力尽きたグリーンエアツリーがよろけ、早倉さんが盾を背面に回した。


「逃げて!!」


 早倉さんが声を上げた。


 巨木が倒れる。

 酸素が戻る。

 俺が、静月が、ララが、ロロが、光の玉を避けるべく駆け出す。


 そして早倉さんが…


 青白い光の玉に包み込まれた。

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