第34話 勝負の分かれ目
「早倉さん!!」
「奈菜姉!!」
俺と静月が、同時に声を上げた。
激しい光のせいで、早倉さんの姿は見えない。
徐々に徐々に、光が落ち着いてきた。
それと共に、地面に片膝をついてルビードラゴンを見上げている早倉さんのシルエットが浮かび上がる。
「奈菜姉!!」
静月が真っ先に駆け寄った。
早倉さんが右手を上げて応える。
「大丈夫。心配は必要ありません。」
「心配するよ!!本当に大丈夫?」
「本当に大丈夫よ。」
そう言うと、早倉さんは盾状態の「アモルファス」を静月に渡した。
全員で展開した防壁がことごとく破壊されたにも関わらず、「アモルファス」だけは一切傷ついていない。
「『アモルファス』、使わなかったんですか?」
俺は早倉さんに聞いた。
光の玉が襲う直前、早倉さんが盾を背面に回していたからだ。
「本当は使おうと思ったんですけどね。」
そう言うと、早倉さんはふらつきながら立ち上がって言った。
「【鑑定眼】を用い、全員の防御力と発動した各スキルの効果、ルビードラゴンのステータスとスキルの効果を総合して計算したところ、全防壁をもってしても攻撃を防ぎきれないことが分かりました。」
早倉さんが【鑑定眼】を使ってから、ルビードラゴンが光の玉を放つまで、ほとんど時間はなかった。
その一瞬で完璧に計算するとは、この人はただレベルが高いだけの探索者じゃない。
相当、頭の良い人だ。
「しかし、防壁に全く意味がないという訳ではありません。各防壁を通過する度に、ルビードラゴンの攻撃が与えるダメージは確実に減少していました。そして私のところにたどり着いた時、攻撃が与えるダメージは私の体力で耐えられるものでした。」
なるほど。
8重の防壁が、ルビードラゴンの攻撃をじわじわと削っていたということだろう。
「『アモルファス』の【ペアシールド】発動時の防御ダメージは自身の防御力×150%。防御系スキルとしては優秀ですが、この場合の『自身』とは静月のことなので、『アモルファス』が破壊される可能性がありました。そこで、あえて最後の防壁に私がなったという訳です。」
身を挺して守るとは、まさにこのことである。
「もう、奈菜姉が無茶してどうするの?」
静月が頬を膨らませて言った。
「無茶ではないよ。きちんと、耐え切れることを計算した上での行動だから。私だって、耐えられない時にはきちんと逃げるから。そこは安心して。」
「心配したんだから。」
「ごめんごめん。」
早倉さんが静月の頭を優しくなでた。
その様子を見ていたロロが、不安気に言う。
「あの、こんなに話していていいんですか?まだ、ルビードラゴンを倒した訳じゃないんですけど…。」
「そこは心配ありません。」
早倉さんが答えた。
そして、みんなに聞く。
「ルビードラゴンがどういうモンスターか、詳しく知っていますか?」
静月、ララ、ロロは首を横に振った。
名前は聞いたことあるけど…という感じだ。
俺もある程度は知っているが、実際に戦ったことはないし、ここは素直に早倉さんの教えを請おう。
「ルビードラゴンの攻撃には、決まったパターンがあります。このパターンを踏まえて戦わなければ、熟練した探索者でも倒すことは出来ません。」
早倉さんが、頭上のルビードラゴンを指差しながら解説を始めた。
「ルビードラゴンは、最初の攻撃として光の玉を撃ってきます。さっきの攻撃ですね。あれは【バーニングスター】というスキルです。【バーニングスター】で攻撃した後、ルビードラゴンはしばらく動きません。」
上を向くと、ルビードラゴンは相変わらず巨体で輪を作ったまま目を閉じ、まるで眠っているように見える。
さっきまでゴガゴガ咆えていたとは、とても思えない。
「【バーニングスター】って、どんな効果があるの?」
「いい質問です。」
ララの問いに、早倉さんが答えた。
「効果自体は、至ってシンプルな自身の攻撃力×%というものです。ですが、もともとの攻撃力が高い上にパーセンテージも高いため、破壊力は抜群ですよ。」
防壁が完全に壊されたところを見ると、破壊力がえぐいのは分かる。
具体的にはどれくらいなんだろう。
「柏森さん、ぜひ【鑑定眼】で見て、具体的な数値を3人に教えてあげてください。」
「分かりました。えっと、【鑑定眼】!!」
えっと、まずルビードラゴンのステータスは…。
「レベル399!?」
「「「え!?」」」
俺が言った数値に、早倉さん以外の3人が驚きの声を上げた。
レベル399といったらギリギリSランクダンジョンのモンスターで、あと1でもレベルが上がればSSランクダンジョン級だ。
これは攻撃力も…
「攻撃力…5960。」
「「「…。」」」
もう、驚きの声も上がらない。
頭の上で目を閉じている巨竜の攻撃力は、一応「魔王」である俺の2倍以上あるのだ。
攻撃を重視していないララを基準にすれば、ルビードラゴンの攻撃力は5倍近くあるんじゃないだろうか。
「ドラゴン種のモンスターは、一部の例外を除いて攻撃力が高い傾向にあります。レベルから考えれば、このルビードラゴンの数値が特別高いということはありません。あくまでも、他のドラゴンと比較した場合の話ですが。」
ドラゴンと比較すればそうだろう。
でもこちらは人間です。
それもA、Bランクダンジョンが主戦場の人間です。
そんな人間からすれば、攻撃力5960とかバカ高いです。
「さあ、ここでいちいち止まっていてはキリがありません。柏森さん、スキルの方を。」
「あ、はい。」
早倉さんに促され、俺はルビードラゴンのスキルを見る。
複数のスキルがあるが、さっき早倉さんが言っていたのは【バーニングスター】だったか。
---------------------------
【バーニングスター】Lv.9
効果:青白い炎に包まれた光球を発射し、衝突した対象にダメージを与える。
与ダメージ:自身の攻撃力×345%
---------------------------
「うへぇ…。」
もう何とも言えない、そんな声が出た。
攻撃力5960×345%ということは、与えるダメージは20562。
例えば、俺が【ヘルフレイム・ネット】で相手を最大の120秒間拘束し、なおかつ相手が防御力0で俺が与えるダメージを全て受け続けたとする。
そんな状況は起こりえないけど、それでも与えられるダメージは攻撃力2740×50%×12で16440。
それを上回る20000超えのダメージを、ルビードラゴンはものの数秒で生み出せるのだ。
化け物だ。
まあ、モンスターだから実際に化け物なんだけど。
俺が【バーニングスター】の詳細を伝えると、3人とも無の顔になった。
そりゃそうだろう。
Bランクダンジョンで普通に戦ってる分には、こんな怪物とは出会わない。
改めて、Bランクダンジョンにドラゴンがいる今は異常事態だ。
「ルビードラゴンの凄まじさは、分かっていたただけましたか?」
早倉さんが言うと、俺たちは皆一様に頷いた。
「こんなモンスター、倒せるのかな。」
静月の不安気な呟きに、早倉さんは言う。
「正直に言ってドラゴン、それも十二竜の一角ともなれば、Sランクダンジョンで戦う探索者でもソロでは挑みません。しっかり装備を整え、モンスターとの相性を考慮したパーティーを組んで挑みます。なぜなら、そうしないと死ぬからです。」
「じゃあ、無理じゃん…。」
ララが呆然として言った。
「私とロロとお姉ちゃんはBランクダンジョンで探索者やってるんだよ?そしたらもう、お兄ちゃんとお姉さましか残ってない。確かに2人は強いけど、それでも2人だけじゃ…。」
ララの言う通り、いくら早倉さんと俺が組んでもルビードラゴンを2人で討伐は苦しい。
というか俺、そもそもAランクダンジョンで探索者やってるし。
「麻央が【バーニングスター】をコピペして戦うのは?」
静月が提案するが、早倉さんは首を横に振った。
「それも厳しいかな。柏森さん、ルビードラゴンの防御力は確認しましたか?」
「はい。5130でした。」
「では、ルビードラゴンの防御系スキル【レッドスケイルシールド】の詳細を見てみてください。」
【レッドスケイルシールド】、これか。
---------------------------
【レッドスケイルシールド】Lv.8
効果:赤く煌めく硬い鱗で攻撃を防御する。
与ダメージ:自身の防御力×240%
---------------------------
えっとルビードラゴンが【レッドスケイルシールド】で防げるダメージが防御力5130×240%で12312。
そして、俺が【バーニングスター】で与えられるダメージが攻撃力2740×345%で9453だから…
うわ、ダメージが足りない。
少しでも攻撃が通るなら、徐々にルビードラゴンの体力を削っていくことも理論上は可能。
でもこれでは、何回攻撃してもダメージはずっと0だ。
「どうしますか、早倉さん。」
俺の声に、腕を組んで何か考え込んでいた早倉さんが言った。
「柏森さんの【
「ええ。1つの対象から1つまでです。」
「であればコピペするべきは…。」
そして覚悟を決めたように、早倉さんは言った。
「柏森さん、ルビードラゴンからスキルをコピペしてください。」
どうやら、早倉さんなりに作戦がまとまったらしい。
「分かりました。【バーニングスター】…は意味ないですもんね。何のスキルを?」
「ルビードラゴンが今ちょうど使っているスキル、そして決定的な勝負の分かれ目になるスキルです。」
え?今のルビードラゴンってただ休んでるだけじゃなかったのか。
「そのスキルとは…」
---------------------------
「う~ん。ギリッギリではあったけど、見事【バーニングスター】をしのいだか。まあ奇術師がいるんだし、ここまでは想定内想定内。」
モニターの前で、男がにやりと笑う。
追い込まれて投入したルビードラゴンの強烈な一撃が防がれたにも関わらず、男は余裕そうだ。
「奇術師は分かってるだろうけど、勝負はこれからだよ。何たって、ルビードラゴンの真の恐ろしさは【バーニングスター】にはないんだから。」
男は両目のまぶたをぎゅっと閉じると、思いっきり開いた。
よく見ると、右の瞳だけ赤く輝いている。
まるで、ルビードラゴンの瞳のようだ。
「この赤い瞳が沈黙している今。今が一番、ルビードラゴンを恐れるべき時なんだ。なにせ、かの怪物は眠っているように見えて恐ろしいスキルを発動しているんだからね。」
男が、右手の人差し指で自身の赤い瞳をなでた。
まるで痛覚などないように、平然と触っている。
「このスキルが、決定的な勝負の分かれ目になることは間違いない。そのスキルこそ…」
時を同じくして、しかし全く別々の場所で。
早倉奈菜と、謎の男が同じスキル名を口にした。
「「サイレンス・レッドアイズ。」」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます