首吊り色の空

夏生ナツノ@ ツイッター始めました

くびつりいろ

 空にみっちりと隙間なく、首吊り死体が実っている。


「………………」

 今日の天気はくびつりいろ。あとで涙の雨が降る。その涙が悲しみのものなのか、喜びのものなのか、俺は知らない。

「神奈川、どうした?」

「んー、なんでも」

 ない、と言いきった。空に死体が鈴生りになるのは、俺にとっては珍しいことではない。晴れとか雨とか曇りとか、そういう天気の一種だった。もっとも、友達である綾瀬や一条にはそんなもの見ていないようだ。多分爽やかな青空か、鈍い色の曇り空か、それらが入り交じったものか、ともかく普通の空が見えているのだろう。幼い頃からの経験でわかっている。くびつりいろの空も、薔薇の中の葬式も、夜空を食らう蟲も、天から降り注ぐ子供も、全ては俺だけに見える幻想なのだということを。

 幻覚だと言う人もいた。

 霊感だと言う人もいた。

 どちらでも良かったが、いずれにせよ口にするとあれこれ言われて面倒なので、次第に誰にも語らなくなった。

「でさ」

「ん?」

「やっぱ買おうかと思って」

「金ないから諦めるって言ってたじゃん」

「諦めきれねえ……」

「金は?」

「それよ」

 単発のバイトするかなあ、と友達である綾瀬はぶつぶつ呟いている。

「なんかいいバイト知らない? 楽なやつ」

「あー……通行量調査とか楽なんじゃないの」

「それ外だよな……」

 外。自然に視線が窓の外を向く。教室の大きなガラスの向こう、世界を覆う天は相変わらず首吊り死体でいっぱいだった。

(あ……)

 聞こえる。


 おぉん おぉおん

 おぉん おぉおん


 それはどこからか聞こえる咆哮。力強さの中に、悲しみを湛えた叫び。くびつりいろの空のときにときどき聞こえるそれを、ガーデニングの鉢の陰で遊んでいた小人は鎮魂歌だと言っていた。けれど、廃屋の隙間にいるお化けは、天の死体を厭う怒りの叫びだと言っていた。図書館の博識の鬼は、死体が擦れあったときに聞こえる音が叫び声に聞こえるだけだと言っていた。諸説あるそれの正体は結局わからずじまいだが、これだけはわかる。

「雨……」

「ん?」

 

 ざああ ざあああああ 

 ざああ ざあああああ


 突然の雨はあっという間に町を濡らす。くびつりいろの空の日に咆哮が聞こえたときは、必ず雨が降ってくるのだ。

「……やっぱ外のバイトはなしだな」

「雨、雨」

「そうだよ。折り畳み傘持ってきたっけ……?」

 綾瀬はガサゴソと鞄を漁る。

「ふふ……雨だねえ」

「…………?」

 嬉しい。他の人と同じものが見えるのは嬉しい。普段見えている世界がまったく違うから世間から隔絶されている気分がしてさみしいけれど、同じものを共有できるのはすごく好きだ。

 幻覚でも霊感でもいい。結局俺はみんなと同じ世界に生きていて、ただちょっと色々見えすぎるだけなのだ。そこに善も悪も狂もない。

「ふふ……」

「なーにが楽しいんだか」

 変なの、とつつかれて、俺は何も言わず、ふふっと笑って返した。

 

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