日向と花草



 神奈川県川崎市多摩区、向ケ丘遊園駅近郊。


 ここは近隣じゃ有名な学生街で、この街において昼と夜は殆ど逆転している。

 夜に至ればそこかしこを歩くのが悪鬼羅刹の群れで、連中は躊躇なくゲロを撒き散らしながら酒を浴びる。そして、真昼にはそんな世紀末も日差しにすっかり洗い流れされ閑散とする。


 さて、そこを行くのが俺こと夏目である。正直に言うと俺も昨夜は悪鬼羅刹の一員であり、このように明けた晴れの日とはまさしく俺の敵である。眠れずに到達してしまった午後一時の春日差しが、悪鬼たる俺にはそれなりに応えるものであった。


 何かの花草の香りがする。

 ただし、視線を上げて見えるのは、都内と言うには旧式な街風景と空とのグラデーションだけだ。

 俺の地元の駅前とも変わらぬ都会のハリボテ・・・・みたいな風景。上京当時こそ脱力したものだったけれど、これにも今や慣れ親しんで久しい。


 今日は、休日である。

 SFの小道具みたいにキラキラと輝くロードバイクらに何度か追い抜かれながら、俺はぼやぼやと目的地へと足を進めた。


 俺はこれからバイトをやめる意を伝えに行く。

 店長からの分かりやすい叱責などがあるとは思わぬが、小言の一つくらいはあって然る。店長は、俺に身内の不幸があったことしか知らないのだ。いつ帰ってくるかも不明なままとかく一ヶ月程度の休みを貰ったのが最後のコミュニケーションである。

 つまりこの用事というのは、今日が嫌なら明日に延ばしてもいいわけだ。



「……、……」



 実に、こう難儀なのが大学生活で培ってきた怠惰であった。これはそう簡単に如何とできるものでもない。きっと俺は今日を逃せば、あと数か月は結論を先延ばしにしたままバイトを続けるのだろう。この手の自分のことというのは誰よりも自分自身が一番分かってあげられるわけで。


 さて、かくした自己分析は俺の心を奮起させるには至らなかったか。

 俺の足はオートマ操作で進路から見て右へと逸れる。


 いや、実のところ日和ったわけでも諦めたわけでもないのだ。

 今が昼食の時間であるとちょうど思い出しただけのことだ。それを日和ったと言うのであれば、そこまでであるが。





§






『肴処_藤』


 Kazuki Sakamiti

 ローカルライター - 6 件のいいね


 日替わり定食でカマスの塩焼き(1080円)を注文しました。

 夜は居酒屋をやっているお店です。住宅街の片隅にあるのでお昼は穴場ですね。

 おいしかったです。また行きます。





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