自殺旅行.
SaJho.
自分語り_intro.
その日、母が死んだ。
これを持って俺は、天涯孤独となった。
俺こと夏目幸之助はフリーターである。
すなわち、今日のように麗らかな春の日には有り余る暇を浪費する贅沢が許された特権階級だ。
俺のような身分の者にとって、新年度という概念に意味はない。学生服を着ていた頃とは違い、俺達には1年生と2年生の境界線が殆どない。
強いて言えば、敬語を使うべき相手が減って敬語を使われるべき相手が増える
そんな時頃のことであった。
俺の家族の、最後の一人が死病に白旗を上げた。
残念なことに、俺はその死に顔を確認することができなかった。
俺は上京数年目の春を予定外に地元で迎えることとなり、
……さて、二週間ほどのモラトリアムを経て、またこの街へと帰ってきた。
「……、……」
死のう、と思った。
なにせ、死ぬ他に俺には、やることがなかったのである。
まず、俺の属していた夏目家は万丈というには波乱の足りない家庭だった。
中流の職に父は就き、母は家内としての仕事を行う。兄弟のいない3人家族において家計が火を纏うことは殆どない。
数年に一度車を買い替え、一年に二度は祖父母の家をそれぞれ尋ねる。つまらないだけつまらなく、それでいて具体的な不自由はない日々。それが我が夏目家の半生であった。
それが変わったのは、父が病で死んだ頃だ。
当時の俺は、なんとなく理解をした。
何をかと言えば、母もきっともう長くはないだろうことを。
とはいえ、母は別段に健康を害していたわけではない。ただ家の中の空気感が不健全だっただけだ。当時の俺は受験を控えた高校生であり、俺は、自分のことで手一杯であった。
父が死んだことで俺が折れては、それこそ父が浮かばれぬ。だからこそ勉学を弛むような羽目は踏まなかったが、だからこそ、俺は家庭内のその『雰囲気』を見過ごさざるをえなかった。
或いは、……なにぶん俺などは社会経験もない若造だ。
あの『雰囲気』を直視できたとして、なんらかの打開策が挙げられたとも思えない。
『終わっていた』のである。
エンディングロールに至った映画のように、夕食が終わり皿を片付ける時のように、家の中で何かが明確に完結した。それを以て俺は曖昧に、母の生涯の先が短いことを感じ取った。
だけど、それを若造が直視できるか?
俺には今日のこの際に至ってもなお不可能である。
人並みの親孝行を十年後にでもしてやりたい。それまで母はきっと生きているだろう、と。その手の決して罪悪ではないはずの楽観視で持って俺は、地元を離れ東京に来た。母は、一人地元に残った。
そうしてしばらく、予想通り母も死に、天涯孤独の今に至る。
『終わり』は、なにせ解釈も済んでいないような巨大なる喉の異物だ。
今も俺の胸の内に、残ったままである。
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