第6話 巨大化は男のロマン

 王都を目指す旅は楽しかった。

 途中の町で物珍しい名所を見たり、名物の料理を味わうのは、普通にいい体験だった。


 たまには野宿することもあったが、食事の支度から後片付けまで、男たちがすべてやってくれる。

 彼らはそれが当然だという顔をして、あたしに尽くしてくれる。

 それでいて、あたしに性的な目を向けることもない(ホモだから当たり前だが)。


 今まで生きてきたあたしの人生は何だったんだろう?

 お茶を出すのに始まって、料理を作るのも、洗い物をするのも、女がするものだという無言の圧力。

 少しでも肌を露出すると、途端に突き刺さってくる男の目線。

 電車での痴漢、上司のセクハラ……。


 この世界は天国だった。


 大きな岩の陰で、互いのアレをしゃぶりあっている美少年たちを覗きながら、あたしは心底思った。

 もちろん、不可視の魔法を使っているからオ〇り放題である。


「モトコ様~っ!

 どこですかーーー?

 また・・敵が出ましたよ~!」


 姿を消したあたしを探す声が聞こえてくる。


 あたしはこの幸せなハーレム生活を、もっともっと楽しみたいと心から願う。

 だから、それを邪魔する奴は絶対に許せなかった。


 現実に引き戻され、萎えた気持ちで指先をくんくんと嗅ぐとチーズのような臭いがする。

 野宿だと風呂に入れないので、こういうのは困りものだ。


 あたしは溜め息をついて衣服を直し、不可視の魔法を解くと狼狽うろたえている男たちの方へと戻った。


      *       *


「我こそは魔王軍四天王の一人、魔将軍スピロベクタである!

 魔王様に仇なす不届きな勇者よ、成敗してやるからそこに直れ!」


 偉そうにわめいているのは、棘やら牙やらのギミックがついた鎧をまとったマッチョな怪人だった。

 いくらマッチョでも、豚のような顔に太鼓腹ではあたしの趣味ではない。


「四天王って……。

 あんたでもう三人目よ。

 いいかげん諦めたら?」


「ぶわぁっははは!

 ぬかせ! 奴らは所詮、四天王でも最弱――ぷぎゃっ!」


 聞き飽きた陳腐な決まり文句など、最後まで聞く必要もない。

 あたしは面倒くさそうにジェイソン君直伝の〝アルティメット・ファイヤーボール〟をいきなりかましてやった。

 見よう見まねとはいえ、その威力はジェイソン君の比ではない。


 超高熱の火球は怪人の腹に直撃し、内臓までめり込んでから爆散した。


 ちゅど~ん!


 派手な効果音と共に爆発が起き、炎と着色された煙が盛大に吹き上がる。


 べちゃっという気味の悪い音を立てて、吹き飛ばされた怪人の上半身が地面に叩きつけられる。

 驚いたことに、それでもなお怪人の頭部は叫び続けていた。


「おのれぇ~、卑怯者!

 相手が口上を述べている時は、攻撃を控えるのがマナーだろうがっ!

 ええいっ、こうなったら目盛り3だ!!」


 怪人はどこからか取り出した万年筆のような物を握りしめると、自分の肩に突き刺した。

 すると、みるみるうちに身体が膨張し、失われていた胸から下の身体も再生していく。

 怪人は、あっという間に身長十メートル近い巨人に変身したのだ。


 だが、あたしは少しも慌てなかった。


 実はこれまでも、四天王を名乗る魔王の手下は、やられると「巨大モンガーっ!」「ビックバン!」などとわめきながら巨大化していたからだ。


「負けるか~!

 出でよ、超進化マックンフラワーっ!」


 あたしが発動した召喚魔法で、地中から巨大な食人植物が土砂を撒き散らして出現する。

 その丈は、実に三十メートルに達していた。


 マックンフラワーは、巨木のような蛇の胴をうねうねとくねらせると、あっという間に怪人に巻きついた。


 後はお約束である。

 ぱっくりと開いた捕食器が、見たくもないあたしのナニをさらして怪人の頭上から襲いかかる。


 じゅぼり!

 湿った音を立てて、あの穴が怪人の頭部を呑み込むと、後はじゅるじゅると残る身体を吸い上げていく。

 今回も無事、魔王軍の怪人退治が終了したのである。

 所要時間は五分。実にいいペースだ。


 毎日のルーティーンとなった戦闘も、もうすっかり慣れた。

 どうしても慣れないのは、マックンフラワーがあたしをコピーした女〇器を全開にして、敵をあの穴に呑み込んでいく卑猥な光景だけだ。


 あたしたちは順調に旅を進め、四日後には国の中心である王都に到着した。


      *       *


 クラミジア王国は、大陸南部に栄える強大な国家だった。

 この国にも魔王軍の侵略の手が伸び、虚栄の魔王の指揮のもと、強力な魔物の軍勢が押し寄せてきた。

 しかし、王国騎士団はその侵攻をよく防ぎ、辺境地帯の一部を除いて国土の安寧を保っていた。


「……というわけで、現在の計画到達度は八%にとどまっております」


「ご苦労、ボーナス君」


 部下の報告を受け取った魔王は、物憂げに書類に目を走らせる。

 無造作に後方に払いのけた金髪の巻き毛がきらきらと光り、彼の周囲には強烈な香りをふり撒くバラの花が咲き誇っている。


「王国軍が強力であることは分かっていたからね。

 侵攻に手間取ることは仕方がない。

 だけど開戦してからもう一か月だよ?

 それで計画の一割にも達していないとは……各将軍は何をしているのだ!

 ……そう言えば、この数日幹部諸君の顔を見ないが、前線の督戦にでも出ているのかな?」


「それが、その……」

 問われたボーナス君は、もじもじとして口ごもった。

 おかっぱ頭でふくよかな体型をした中年男だが、こう見えて魔王軍の参謀長を務めている。


「主だった幹部は例の降臨勇者を討伐すると言って、勝手に出撃して行きました」


 魔王の美しい眉が、ぴくりと上がった。

「私は実害が出るまでは放っておけと命じたはずだが……」


「は、はい。誠に申し訳なく……」


 小さくなって恐縮している部下を目の当たりにして、魔王は溜め息をついた。


「君が謝ることではない。

 それで――勇者は討ち取ったのかね?」


 ボーナス君は額の汗をハンカチで拭いながら、ふるふると首を振った。

「全員……やられました」


 魔王は豪華な装飾が施された椅子から身を起こした。

「何!

 四天王の魔将軍がか?」


「はい、女勇者が召喚した人食い植物に四人とも喰われました」


「ジェ、ジェイソン君はどうしたのだ?」


「彼はまっ先に喰われました。

 形見としてカツオ・ミニの燃えカスだけが回収されております」


「……何ということだ!

 勇者はいずれ私が直接手を下すつもりだったのに……」


 虚栄の魔王は両手で顔を覆い、肩を震わせた。

 それが部下を失った悲しみのためか、勇者に対する怒りのためかなのか、ボーナス君には窺い知れなかった。


 魔王の居室に沈黙の時が流れた。

 しばらくして、ようやく顔を上げた魔王は、どうにか平静を取り戻したようだった。


「それで、勇者は現在どうしている?」


「はっ。

 ハーレムの男たちを引き連れ、王都に到着したところでございます」


「ハーレムの……男! ……だと?」

 取り繕った平静さは、あっという間に消え去っていた。


「はい。

 人数は十人、いずれ劣らぬ美少年、美男子揃いでございます。

 魔王様のコレクションには数こそ及ばずとも、その質においては決して見劣りしないかと推察いたします。

 しかもこ奴ら、すべてが男色家であると判明しております」


 ぎりぎりぎり……。


 歯ぎしりの音が洩れる。

 虚栄の魔王こと、ドリアン・ブルー☆ゴージャス伯爵はやおら立ち上がった。

 その背景に、ぶわっとバラの花(魔法で生成したもの)が咲き乱れる。


「許せーーーーんっ!

 美しき男たちのハーレムは、この虚栄の魔王にのみ許される特権だ!

 それを率いるのが男ならば、まだ我慢もしよう。

 だが、この勇者はけがらわしい女だぞ?

 許せん!

 許せん!!

 断じて許せん!!!」


 興奮冷めやらぬといった魔王は、どかりと椅子に腰をおろした。

 そして不敵な笑いを浮かべ、自分に言い聞かせるように独り言を口にしていた。


「選ばれた男にのみ許された、崇高な愛の世界を土足で踏みにじるけがれた女よ。

 貴様には天誅がくだると知れ!」

 

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