第5話 トリフィドの日

「おっそ! てか、遅すぎなんですけど?」


 ジェイソン君が放った火球はちょうどバレーボールくらいの大きさで、ひょろひょろとこちらに向かってくる。


 何を隠そう、あたしは中学まではバレー部のエースでキャプテンだったのだ。

 つい、昔を思い出して、アンダーハンドで火球を受け、上空へと高くトスを上げてしまった。


 魔法で保護されているのか、火球に触れてもまったく熱くない。

 あたしはその場で思いっきりジャンプをした。


「アターーーーック!!」

 鮎原〇ずえのような声を上げ、筋力が強化されたあたしは五メートルも飛び上がり、落下してきた火球で強烈なスパイクを放つ。

 剛速球で打ち込まれた火球を、ジェイソン君はぎりぎりのところでシールド魔法を発動させて逃れた。


 弾かれた火球は地面に激突して爆散した。

 超高熱で溶かされた地面に、直径一メートルほどの大穴が空いたところを見ると、確かに威力のある魔法だったようだ。


「くそっ!

 ボクの最強魔法を打ち返すとは、なんという非常識な!

 仕方がない……貴様にはどうやら本気を見せねばならんようだ!」


 ジェイソン君はすばやくカツオ・ミニに数式を打ち込んだ。

 その途端に周囲の地面や建物が一瞬で氷結し、白い氷の世界で覆われた。

 どこからかリンゴ売りの声が聞こえてきそうだった。


「ふふん! 驚いたかね?

 だが、ボクの究極魔法はこれだけではないぞ!」


 彼は大きく振りかぶると、左足を高く上げた。

 まるで新体操かフィギアスケートの選手のように、右足はまっすぐ十二時の方向にぴんと伸びる。

 その軌跡をキラキラとした氷の結晶が追いかけるように舞い上がった。


 彼は左足を大きく踏み出すと、右腕をしならせ、地面すれすれのアンダースローで氷の塊りのようなものを投げた。


「見よ! これこそが究極化学魔法、消える魔剣だ!

 説明しよう! 高速回転する氷の刃ははくした氷片を周囲にまとい、さらに高く上げた左足が舞い上げた氷の結晶を巻き込むのだ!

 そして周囲に展開した氷の背景に溶け込み、氷の剣はまさにその姿を消すのであ~る!

 見えない剣を避けることは不可能! 無駄無駄無駄っ!

 死ねっ、女勇者よ!」


 あたしの後方の男たちからどよめきが起こる。

「おおっ、あれが消える魔剣か!

 モトコ様に防ぐ手立てはあるのか?」


『やかましい! 何だその説明臭い反応は?』

 あたしは内心で毒を吐いた。


 それにしても、あのジェイムズ君とやら、消える氷剣の原理を全部ばらしていいのだろうか?


 あたしがあれこれ考えられたのは、ジェイムズ君が下手投げから放った氷剣のスピードが遅すぎたからだ。

 だからいとも簡単に、二本の指で氷剣を受け止めることができた。


 飛んできた氷剣は確かに輪郭がぼんやりとしていたが、とても〝消える魔剣〟というレベルではなかった。

 あたしの強化された視力ではっきりと捉えられるくらいだ。


 何だか少し気の毒になってくる。


 あたしは溜め息をついた。

 これ以上、相手の攻撃を見物するのは時間の無駄だ。

 さっさと片付けてしまおう。


「消え去れ!」


 あたしは腕を横に薙ぎ、声高らかに命令する。

 一瞬で周囲に広がっていた凍結した世界は消え去り、もとの光景が戻ってきた。


「いでよ、マックンフラワー!」


 あたしの掛け声とともに、地中から土砂を撒き散らしながら奇怪な植物がうねうねと這い出してきた。


      *       *


 あたしだってこの三週間、ただ酒池肉林に溺れていたわけではない。

 時々は町の外に出て、誰もいない荒野で魔法実験を繰り返していたのだ。


 いずれハーレムの男たちの願いを叶えるため、魔王と対決しなければならないだろう。

 その時になって、「戦い方が分かりません」ではあまりに情けない。

 この辺は女子的な責任感の強さだと、自分を褒めてあげたい。


 スマホアプリのセバスチャンの助けを借り、あたしは自分に合った攻撃魔法をいろいろ試してみた。

 その結果、あたしには植物系のキメラを操る魔法と相性がいいことが分かった。

 そして、試行錯誤の末に生み出したのが〝マックンフラワー〟だったのだ。


 これはハエトリソウと大蛇アナコンダを合成した肉食のキメラ植物である。

 ハエトリソウは、二枚貝のような葉の縁に鋭い棘が生えており、中に虫が止まるとぱくりと口を閉じて捕えるという食虫植物だ。

 大蛇と合成したことにより、自由な移動を可能にした上、巨大化かつ凶暴化させたのがマックンフラワーである。


 イタリア系配管工のおっさんが活躍するゲームで、パクパクとキャラを捕食する花をイメージして名付けたものだ(最初の文字が「パ」じゃないのは察してくれ)。


      *       *


 巨大な人食い植物は、あっという間にジェイソン君の身体に蛇の胴体を巻きつけた。予想外に素早い動きである。

 自由を奪われたジェイソン君は「ひぃ~!」というか細い悲鳴を上げ、天を見上げた。


 彼の顔を真上から覗き込むように、二枚貝のような捕食器が覆いかぶさっていたのだ。

 やがて縁に鋭い棘が生えている合わせ目が、ぱっくりと開いた。


「グロっ!」


 後方のハーレム軍団から恐怖と嫌悪に満ちた声が上がる。

 大口を開けたその中には、粘液でてらてらと光った赤黒い肉のひだが詰まっていた。


 練習では何度も出したマックンフラワーだったが、実際に人や動物を襲わせることはしなかったので、あたしも捕食器の内部は初めて見る。

 言葉にしがたい複雑な形状だったが、あたしには見慣れたものだった。


 それは女性の股間についているアレ・・そのものだった。

 しかもそれだけではない。


 左側がアンバランスに肥大している○○○とか、小学生からこすり過ぎて包皮がむけた○○とか、尿道の脇にある三つ並んだホクロ(あたしは黒い三連星と名付けていた)だとか――どうみても手鏡でいつも観察している、あたし自身の秘密の部分だった。


「うげぇ~! 勘弁してよ」


 あたしはもう吐きそうだった。

 見ている間にも、マックンフラワーは悲鳴を上げるジェイソン君の頭部を、じゅぼりと湿った音を立てて例の穴に呑み込んだのだ。


 鋭い棘で獲物の身体をしっかりと固定すると、食人植物は締め付けていた胴を解き、ジェイソン君の身体を天高く振り上げた。

 そして逆立ちした姿勢となった彼を、じゅぼじゅぼと肉をうごめかせて呑み込んでいく。


 あたしは股間をもじもじとさせながら、人(魔族だが)が食われていく瞬間を見守るしかなかった。

 すでにジェイソン君の上半身はすっかり赤い肉塊の中に埋没し、下半身と手の先だけが出ている。


 しばらくは足がじたばたと動いていたが、やがてその抵抗もぱたりと止んだ。

 呑み込んだ肉壁が強酸性の消化液を出しながら顔に密着し、窒息させたのだろう。

 そして呑み込まれる際、彼の手からカツオ・ミニがぽろりと落ちて地面に転がった。


 腰のあたりまで肉穴に呑まれると、細い足は一気にちゅるんと吸い込まれた。

 マックンフラワーは『げぇふっ!』と臭い息を吐く。

 そしてグロテスクな○○○をぱっくり開いたまま、物欲しそうにあたしの後ろで震えている男たちを見つめている。


「いかん! こいつ、まだ満足していないわ」


 大事なホモ男君たちを餌にされてたまるものか!

 あたしは慌てて召喚魔法を解除して、マックンフラワーを地中に帰らせた。


 巨大な食人植物の姿が消え去ると、一瞬の静寂の後、わあっという歓声が上がる。

 それは、あたしのハーレムメンバーだけではない。

 遠巻きにして見ていた町の人々も一斉に駆け寄ってきたのだ。


「さすがは勇者様だ!」

「魔王軍の幹部の凄まじい魔法を物ともしなかったぞ!」

「あの凶悪なジェイソン君をたった一人で打ち破るとは、奇跡と言わずして何とする!」


 彼らは口々に叫んであたしを取り囲んだ。


「私たちは遠くから見ていてよく分かりませんでしたが、魔王軍の幹部を呑み込んだあの不思議な植物は何ですか?」

「がばっと開いた口が何だか赤くて恐ろしかったです!」


 あたしは食虫植物と蛇を合成した人造生物だと、簡単な説明をしてお茶を濁した。

 モデルが自分のお股だとは口が裂けても言えない。


 幸いハーレムズが群衆から救い出してくれたので、あたしは先に門から出ることにした。

 文学青年っぽいバージルが連れてきた馬に跨ろうとしたのだが、その時ふと足元に黒い機械が落ちているのに気づいた。


 ジェイソン君が持っていたカツオ・ミニだ。

 あたしは手に取って、しげしげと眺めてみた。


 魚のような形をしていたが、ボタンといい液晶表示部っぽい窓といい、どうみても電卓である。


 こんな中世的な世界に液晶や半導体が存在するはずがない。

 どう考えてもオーバーテクノロジーだろう。


 最初に自己紹介したとおり、あたしは某大手通信会社、それも開発部門の社員だったので、どんな基盤を使っているのか興味が湧いた。

 大方、中国製のバルク品なんだろう。

 薄い機械の側面には小さな窪みがあったので、あたしはそこに爪を立てて、ぱかっと開けてみた。


「み……見るんじゃなかった」


 あたしは吐き気をこらえて蓋をぱちんと締め、カツオ・ミニをぽいと投げ上げた。

「燃えちまえ!」


 〝ぼんっ!〟という音を立て、カツオ・ミニは炎に包まれた。

 周囲に魚を焼いたような匂いがただよう。


 そう、カツオ・ミニの内部には基板などなかったのだ。

 そこにはうにょうにょとした生の魚の内臓が詰まっており、無数の白い線虫がうごめいていた。

 液晶表示部に当たる部分には、ずらりと十個の魚の目玉が並んでいたのだ。


「う~……当分カツオの酒盗もイカの塩辛も食えないわ」


 あたしは馬に跨ると、馬腹を蹴ってレッチの町を後にした。

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