第4話 十三日の日曜日

 さすがに三週間も経つと、ハーレムメンバーたちからの圧力が強まってきたのだ。


 イケメンたちから毎日のように

「いつ出立するんですか?」

「準備は進んでいますか?」

と尋ねられると、だんだん言い訳に苦しむようになってくる。


 あたしは魔王討伐にはまったく興味がないが、やむなくレッチの町を出ることにした。

 正直に言うと、虚栄の魔王が長身金髪巻き毛の細マッチョだという話にもちょっと興味があった。


 町で購入した馬にまたがり、十人の美形を引き連れて進むあたしは、町中の注目を浴びた。


「あれが噂の女勇者様よ……」

「まぁ、なんて凛々しい……背はお高いし、男装の麗人みたいじゃない?」

「ええ、ええ!

 それにお付きの従者の皆様も、みんな神々しい美しさだわ!」


 町の大通りには、たちまち見物人が集まったが、特に若い女性が多かった。

 あたしは人前で魔法を使っていなかったし、勇者と名乗ったわけではない。

 だが、ハーレムの連中が自慢げに言いふらしたようで、誰もが無邪気にそれを信じていたのだ。


 この世界の女性は髪を長く伸ばし、脛が隠れるような丈のスカートをはくのが常識のようで、パンツスタイルでショートボブのあたしは〝男装〟に見えるらしい。


 あたしは恥ずかしさに顔を赤くしながら、なるべく観衆の視線を気にしないように真っ直ぐ前を向いていた。

 もう町の外れまでは三百メールほどで、王都方面への出口となる門も見えていた。

 あと少しの間がまんすれば、この恥ずかしい見世物状態から逃れられる――。


 あたしはそう自分に言い聞かせ、救いの門を凝視していた。

 だがふと、その門の様子がおかしいことに気がついた。


 魔法で強化されたためか、あたしの視力は劇的に向上していた。

 OL時代に装着していたコンタクトは不要になった。

 もし視力検査をしたなら、マサイ族なみに三・〇くらいはありそうだった。


 そんなあたしの視力は、門に立っているべき衛兵たちが、地面に転がっているのを捉えていた。

 そして、明らかに兵士ではない人物が、道の真ん中に立っているのにも気がついた。


「ジョセフ、みんなに伝言!

 警戒態勢を取って。

 何者か分からないけど、不審な人物が待ち構えているわ!」


 あたしは振り返って、すぐ側で馬を進めていたジョセフに小声で指示をした。


 彼はロマンスグレーの髪に口髭を蓄えた逞しい中年で、一行の中で最年長ということもあって、あたしの副官のような役割を果たしていた。

 上品で物に動じない落ち着いた男だったが、実は〝総受け〟で、メンバー全員と関係を持っている。

 まだ十四歳で、仔犬のような瞳をした愛くるしいアランに尻を犯されてよがり泣くジョセフの姿は、なかなかにシュールな光景だった。


      *       *


 あたしたちは警戒しながら進み、とうとう門の手前に到達した。

 遠くから視認したとおり、周囲には五人の兵士が血反吐を撒き散らして倒れていた。

 身体がぴくりとも動かない、つまりは呼吸をしていない――すでに息絶えているということだ。


 不穏な空気を察知したのか、あたしたちを追いかけてきた群衆は遥か後方で立ち止まり、遠巻きにして見守っていた。


 それはあたしにとって好都合だった。

 無関係の住民が近くにいては、魔法の巻き添えを喰う恐れがあるからだ。


 先頭に立って馬を進めていたあたしは、鞍から降りて二、三歩前に出た。

 あたしの目の前、数メートルの所に、小柄な男が立っていた。


 その表情は窺えない。

 何故なら、彼は顔に不気味なマスクをつけていたからだ。


 アイスホッケーでゴールキーパーがつけているようなやつだ。

 いや、十三日の金曜日に太った肉屋が電動ノコギリで暴れる時につけるマスクだ、と言った方が分かりやすいだろうか。


 あたしに倣って馬を降りたジョセフが、そっと近づいてきて耳打ちをする。


「モトコ様、お気をつけください。

 あれは魔王軍の幹部、ジェイソン君に違いありません」


「ジェイソン君……何で〝君〟がつくのよ?

 それに今日は十三日だけど日曜よ。間違いじゃないのね?」


 ジョセフは険しい顔のままうなずいた。

「彼が持っている怪しげな魔道具が何よりの証拠です。

 ジェイソン君は魔王軍のマッドサイエンティストで、魔道具を使った魔法攻撃が得意なのです」


 言われてみれば、その男は小さな平べったい黒い機械を手にしていた。

「分かった。気をつけよるわ。

 ジョセフはみんなをもっと下がらせてちょうだい」


 あたしは彼を後方に下げると、仮面の男に呼びかけた。

「あんた、魔王軍の幹部なんだってね。

 あたしに何か用でもあるの?

 もし用があるんなら、マスクをしたままって失礼だと思わない?

 それとも、隠さなきゃいけないほど不細工な顔をしているのかしら?」


「ふふふ……。

 やはり女というものは、ぺらぺらとよく喋る下等な人種だな」


 男はそう言って、マスクを外した。

 現れた顔は、何の変哲もない中年男のそれだった。

 長めの黒い癖っ毛をボサボサに伸ばし、よれよれのスーツをまとっている。


 そのスーツにはあちこちに継ぎが当たっていて、しかも修繕の跡がこれ見よがしに目立っていた。


「確かにボクはジェイソン君だ。よくぞ見破ったと誉めてやろう。

 女勇者よ、貴様が出現したことなど、われわれは三週間前からお見通しなのだ!

 伯爵は貴様が動きを見せるまで放っておけと言われたけど、ボクには分かる。

 貴様は必ず伯爵に仇を成す、危険な存在だとな!

 このカツオ・ミニを賭けてもいい!」


 彼はそう言うと、片手を前に差し出して小さな機械を誇らしげに見せつけた。

 魚のような形をした黒い機械には小さなボタンがたくさんついて、まるで電卓のように見える。


「危険な芽は早めに摘んでおくに限る。

 ボクは独断で魔王軍を抜け出し、三週間をかけてここまで歩き続けて来たのだ!」


 ジェイソンは得意げに胸をそらす。

 あたしは呆れ気味に聞いてみた。


「三週間も歩いてって……馬に乗ってくればいいじゃない?」


「馬鹿者!

 馬なんか買ったら、お金がもったいないじゃないか!

 自分の足ならタダなんだ。

 トカゲのしっぽを齧って空腹に耐え、やっとたどり着いたボクこそ、伯爵第一の忠臣なのだ!」


 あたしは溜め息をついた。

 さっさとこの小男を始末して、町を出た方がいい。


「あー、分かったから……。

 一応、あたしも勇者やってる以上、魔王軍をあんたの大好きなタダで帰すわけにはいかないのよ。

 悪いけどボコらせてもらうわよ」


「ふん、大きな口を叩くのは、ボクの超絶魔法を喰らってからにしろ!

 見よ、カツオ・ミニの威力を!」


 彼はそう叫ぶと、高らかに掲げた電卓もどきのボタンを、猛烈な速度で叩き始めた。

 まるでスマホでラインのメーッセージを送る女子高生並みの素早さだった。


「ふふふ、何をしているか分からんだろう?

 ボクは魔法呪文を天才的な頭脳で数式化することに成功したんだ。

 その式をこのカツオ・ミニに打ち込むことによって瞬時に魔法が発動するのだよ。

 どうだ、恐れ入ったか!」


「いや、たくはいいから早く魔法を出してみてよ」

 もう突っ込むのも面倒くさくなってきた。


 ジェイソン君は何やらラジオ体操第一のような動きをして(ポージングのつもりらしい)、ヒステリックな叫び声を上げた。

「喰らえっ!

 ボクの最強にして無敵の超絶魔法!

 答え一発! アルティメット・ファイヤーボール!」


 彼の絶叫とともに、その頭上に突如として火球が出現した。

 ぐるぐると回転する火球は高熱で白く光り、数万度の熱を閉じ込めていることが感じられた。


 絶対に〝ヤバい〟ものだ――あたしの直感がそう訴えかけてくる。

 そして、その火球はあたし目がけて真っすぐに飛んできた。


 それは、あたしが生まれて初めて体験する魔法攻撃だったのだ。

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