第3話 酒池肉林

 あたしが異世界に転生してから三週間が過ぎた。


 転生して初めて気がついたのは、何もない荒野の中だった。

 どうしていいのか分からないあたしは、とりあえず自称神様という爺さんからもらったスマホもどきに助けを求めた。


 爺さまの説明では、このスマホには賢者タイムというアプリが入っていて、異世界での案内役を務めてくれるという話だった。

 あたしはアイポンユーザーだが、要するにシリ(Shiri)が進化したようなものだろう。


 ちなみにあたしはシリが大好きだ。

 何より〝尻〟に通じる語感がいい。


 自慢ではないが、あたしは女子高生の頃、お正月にかきめで半紙に「男尻」と書き、その文字で男色行為を妄想してコタツの中でオナったことがあるくらいだ。

 あれが本当の〝カキ初め〟だろう。


 話が逸れた。


 アプリを起動すると、スマホの画面にはあたし好みのいい男のイラストが映し出された。

 切れ長の目、細面で黒髪、アスコットカラーのワイシャツに黒いリボンタイを締めた、いかにも〝執事〟といった感じのイケメンである。

 こいつは絶対にサドっ気のあるタチ役に違いない。


「初めまして、お嬢様。

 私はあなたの執事、セバスチャン・ガブリヨリと申します。

 どうか何なりとご用をお申し付けください」


 画面の男は小野〇輔ばりのイケボで微笑んだ。

 ちゃんと台詞セリフに合わせてイラストがアニメ―ションをするという、凝った仕様だった。


「おっ、おう!

 あたしは阿曽素子よ。素子と呼んでくれていいわ」


「かしこまりました、モトコお嬢様。

 何かご用でしょうか?」


「ええ、実は困っているの。

 この世界に来たのはいいけど、どこへ行ったらいいのかさっぱり分からないのよ。

 あたしはどうしたらいいのか教えてちょうだい」


 一瞬の間をおいてセバスチャンが答える。

「周辺の地図を検索いたしました。

 ここから三キロほど北西に、レッチというそこそこ大きな町がございます。

 まずはそこに行って、冒険の用意をするのがよろしいかと……。

 モトコお嬢様には、神様から支度金が支給されているはずです。

 日本円に換算して、およそ二千万円近い金額ですから、不自由することはないかと存じます」


「分かったわ。

 ありがとう、セバス」


「どういたしまして。

 それでは引き続き、町までの案内をさせていただきます。

 私は常時起動しておりますので、スマホをしまっていても脳内で呼びかけてくだされは、人に聞かれずに会話ができます」


 爺さんはなかなか気の利いたものを与えてくれたものだ。

 あたしは満足して立ち上がった。


      *       *


 数時間後、セバスの案内でレッチの町にたどり着くと、町の入口で十人の男たちがあたしを待ち受けていた。


「うほっ!」


 あたしは身震いをして思わず声を洩らした。同時におしっこも洩らしたのは秘密だ。

 彼らはいずれもあたし好みのイケメン揃いだったのだ。


 十代前半の美少年が三人。

 仔犬のような目をした愛くるしい子、小悪魔のような悪戯いたずらっぽい表情を浮かべるわく的な子、そして冷たい眼差しをした銀髪のスリムな子の三人だ。


「うほほっ!」


 そして十六、七歳の高校生くらいの美少年も三人。

 長くサラサラの金髪をなびかせた不良っぽい子、いかにも熱血スポーツマンらしい短い黒髪の細マッチョ、銀縁の眼鏡をかけた優等生っぽい理知的な子。


「うほほいっ!」


 さらに二十代の大学生っぽい美青年が二人。

 いかにもサドっ気たっぷりな茶髪の理系男子、そして悩める文学青年っぽい超絶イケメンである。


「おほっほっほ!」


 残る二人の内、一人は成熟した大人の色気を漂わせる三十代のビジネスマンっぽい男だった。

 そして最後の一人は、ロマンスグレーの頭髪に、口髭を蓄えた初老のナイスミドルだ。


 あたしの頭は高速で回転し、すかさず三十パータンのカップリング(3P含む)を組み立てたが、今はそれどころではない。

 待ち受けていた男たちは、あたしの姿を認めると一斉に地面に片膝をついてこうべを垂れたのだ。


「ちょっ、何よあんたたち?」

 狼狽うろたえたあたしは、思わず後ずさった。


 すると、一番年輩のロマンスグレーが、彼らを代表する形で頭を上げた。

「お待ちしておりました勇者様。

 私どもは、あなた様のしもべとして働くために集まった者です。

 どうかお仕えすることをお許しください」


「はいーーーー?」


      *       *


 とにかく、あたしは美形集団を引き連れ、町の大きな宿屋に部屋をとった。

 そして、彼ら一人ひとりと面談して詳しい話を聞いたのだが、どの男も言うことは一緒だった。


 ある夜、彼らの夢枕に神が現れ、予言を与えたというのである。


『一週間後、西の果てに女勇者が降臨し、レッチの町に姿を見せるであろう。

 その者こそ、虚栄の魔王を打ち倒し、お前の無念を晴らす救世主である。

 急ぎレッチに向かい、勇者の来訪を待つがよい』


 神はそう言って、あたしの姿形を見せたというのである。


「ねえ、エドガー。

 その神様って、白い髭を生やした貧相な爺さんだったんじゃない?」


 あたしは涼しい目をした銀髪の少年にそう尋ねた。

 エドガーは「そのとおりです、モトコ様」と答える。


 聞き取りは彼が最後の十人目だったが、答える内容は他の者とまったく同じだった。

 つまり、神の爺様はあたしがハーレムを容易につくれるよう、わざわざ美少年・美青年・美中年に声をかけて集めてくれていたということだ。


『ふん、ジジイのくせに、なかなか使える奴じゃない。

 あれ? でも待てよ。

 みんな夢のお告げは〝一週間前〟だって言ってるわよね。

 あたしが軽トラに潰されて死んだのって、昨日の話じゃない?』


 何だか設定に矛盾があるようだが、あたしにとって都合のいい話になっているから、そこは気にしないことにする。


「それで、あなたの恨みって……ひょっとして恋人を魔王にさらわれたってこと?」


 エドガーは目に涙を浮かべてうなずいた。

「僕と将来を誓い合ったアシュタル兄さまです!

 兄さまは十八歳になったその日に軍に志願したのですが、その初陣で魔王軍と戦っているさなかに、虚栄の魔王に拉致されたのです」


 これもまた同じような話だった。

 結局、十人の男たちは、男色関係にあるそれぞれの恋人を虚栄の魔王にさらわれたのである。


 ファッション誌から抜け出してきたみたいな美しい男たちが、全員ガチのホモだと分かった時、あたしの下着は大変なことになっていた。

 今すぐ自分の部屋に閉じ籠って一発抜きたい気分であったが、あたしは鋼の意志でぐっとこらえた。


 彼らの恨みを買っている虚栄の魔王というのは、これまたガチの男色家で名をドリアン・グレー☆ゴージャス伯爵というらしい。

 何だか地球儀を抱えて「マダガスカル!」とか言いそうな奴だ。


 彼らの話によれば、さらわれた恋人たちは伯爵にさんざん弄ばれた揚句、飽きられると飢えた魔物に与えられ、その餌食とされたらしい。


 ――と言っても食べられたわけではなく、男に飢えた女オーク、女ゴブリン、女リザードマンらによって凌辱されたのだという。

 恋人に誓った貞節を伯爵に散らされただけでなく、醜悪なメスの魔物にまで犯されたのである。


 干からびて用済みとなった捕虜の男たちは、戦場近くのオサビシ山の頂に生ごみのように捨てられた。

 身も心もボロボロとなり呆然とする男たちは、はるか遠くに見える自分たちの故郷に涙した。

 自分たちが守ろうとした町からは、黒い煙が立ち上っていたからだ。


 実際には、それは射ち込まれた火矢によって起きた火災の煙で、数時間後には消火されている。

 しかし気持ちが弱っていた彼らは、町が魔王軍の手に落ちたのだと思い込んだらしい。


 町に残してきた恋人も犠牲になったに違いない――絶望した男たちは、全裸のまま二人一組となって互いの喉を剣で刺し貫き、全員自害してしまったのである。


 ――あたしが聞き取りをした男たちは、涙ながらに恋人がたどった悲劇を語り、どうか魔王を倒してこの恨みを晴らしてほしいと懇願してきた。


 何だが白虎隊みたいな話だが、裸で捨てられた捕虜の男たちはどこで剣を拾ったのだろう?

 そもそも、あたしの目の前にいる彼らは、見たわけでもないのに、どうやってその恋人のたどった運命を知ったのだろう?


『何だか物凄く胡散臭いわ。

 ってか、夢のお告げもそうだけど、設定が甘すぎるわよ。

 さてはあのジジイ、適当にこの子たちの記憶をいじったんじゃないのかしら?』


 不信感は募るばかりだったが、とりあえずは男色ハーレムという、あたしの願望は叶ったのだ。

 魔王討伐の件は適当に誤魔化して、酒池肉林を堪能してやる!


 あたしの鋭い腐女子アイは、男たちがちらりと交わす目くばせから、すでにこいつらにはカップルが成立していることを嗅ぎ取っていた。


 絶対にあのきゅっと締まったお尻に、猛り狂ったナニをねじこんでいるはずだ。

 『死んだ恋人への貞節はどうなった?』と突っ込みたいところだが、そんなことより、是が非でもその濡れ場が見たい。


 それからというもの、あたしは『この世界の情報を手に入れたい』『魔王の弱点を探るため、いろいろと調査が必要だ』などと、適当な嘘をついて外出する振りをした。

 そして不可視の魔法を使ってこっそり宿に戻り、十人の男たちの男色行為を覗きまくったのである。


 この不可視化魔法は、あたしの存在が見えたり、物音が聞こえたりしても、それを脳が認識できないようにするというものだ。

 だから耳元でいきなり「お前の母ちゃんデベソ!」と怒鳴っても、顔の前に尻を押しつけて〝すかしっ屁〟をしても、相手はまったく表情を変えず、瞬き一つしないのだ。

 実質的に透明人間になったのと同じことである。


 おかげであたしは、生まれて初めてナマの男の絡み合いを間近で見ることができた。

 飛び散るかぐわしい汗を浴び、ぐちょぐちょという濡れそぼった粘膜の立てる音を聞き、墨ベタもモザイクもなしでそそり立つモノも目の前で見られた。

 ネット画像や動画では腐るほど見てきたが、ナマで見るのは父親以外では初めてで、あたしはその瞬間だけで軽く逝ってしまったくらいだ。


 しかもそれを見ながら全裸になって〇〇をこすりまくり、盛大な喘ぎ声を上げても、誰にも気づかれないのだ。

 まさに酒池肉林、この世の天国である。


 しかし〝好事魔多し〟とはよく言ったものだ。

 あたしのいんただれた日々は、そう長く続かなかったのだ。

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