第6話 真っ赤な誓い

 草木もまばらな荒涼とした山岳地帯に、その屋敷はあった。

 石造り、総二階建ての華麗な建築で、周囲の光景から滑稽なくらいに浮いていた。


 意匠を凝らした装飾がそこかしこに見える豪華な一室に、〝独善の魔王〟ことミーシャ・クライゼルは怠惰にくつろいでいた。

 魔王の制服であるマントは、形ばかり肩にかけただけで、フードも被っていない。


 栗色の自然にカールした髪を長く伸ばし、支えにした片手に顎を乗せた顔は美少女そのものであった。

 ほっそりとした華奢な身体つき、背はやっと百五十センチに届くかどうかだ。

 その容姿はどうひいき目に見ても十代前半である。


 しかし、それはあくまで見かけであった。

 彼女は実際には百歳を超している。

 卓越した魔力を持つ彼女は、自分自身に不老の呪いをかけて魔術の研究に打ち込んできた。


 普通は魔王になるためには二、三百歳の経験がいるのだが、ミーシャは百数歳という異例の若さで魔王に駆け上がった天才だったのだ。


「ミーシャ様、本部からは何と?」

 いかにも美青年然とした長身の男が尋ねる。


 短い黒髪に涼し気な黒い瞳、黒い三つ揃えのスーツに、カラーの立ったシャツが白く眩しい。

 ただ、この男の額からは二本の角が生えていた。


「この地域に勇者が降臨したらしい。

 例の転生者だから、戦ってもいいがあまり無理をするなと言ってきた」


 若き魔王は不満を露骨に表した顔で執事を見上げた。

「浮遊監視魔物のレポートを見たが、まだ大した魔力は使っていないらしい。

 せいぜい巨乳の女をベッドに連れ込んで裸にするレベルの小物らしい」


「巨乳……ですか?」

 執事はちらりとミーシャの胸に目をやったが、慌ててそっぽを向く。

 魔王がそれを見逃すはずがなかった。


「何だ? 貴様、何か言いたいことがあるのか!」

 彼女はほとんど膨らみのないワンピースの胸を抑えて叫ぶ。


 途端に〝ぼんっ〟という音とともに白煙が上がり、執事の姿が消え失せた。

 そして床には大きなヒキガエルが「ゲッゲッゲ」と鳴き声をあげている。


「しばらくその姿で反省しておれ」

 意地悪そうな笑いを浮かべた魔王は、再び本部から送られてきた情報綴りレポートに視線を落とした。


      *       *


 その夜、食事が終わって新しく用意された二人部屋に戻ると、マヤは再度の湯浴みを願ってきた。

 もちろん断る理由はないので、宿の女中を呼んでさっそく湯桶を用意させる。


 目隠しのカーテンの陰で、彼女が身体を清めている音が聞こえてくる。

 俺は二人用の大きなベッドに仰向けに転がり、これからどうするかを考えていた。

 もうハーレムをつくろうという意欲は、半分以上消えていた。


 奴隷市場で見たマヤの完璧な大乳輪は、俺の心を鷲掴みにしていたからだ。

 奴隷として売られ、処女であるにも関わらず衆人の前で一糸まとわぬ裸体を晒す屈辱……。

 彼女のみじめな思いはどれほどだったろう。


 いや、それ以前に魔物によって家族を皆殺しにされた彼女の悲しみ、憤りが晴れぬ限り、マヤには本当の笑顔が戻ってこないのではないか……。


「俺は、どうしたらいいんだろう?

 どうしたら彼女を幸せにしてやれるんだ?」


 いつの間にか、俺は眠っていたらしい。

 何か温かいものが頬に触れ、同時に甘い香りが鼻をくすぐった。

 目を開くと、マヤが心配そうに覗き込んでいる。


 さっきの香りは風呂上がりの体温で匂い立った石鹸の香料なのだろう。

 俺は目をこすりながら起き上がり、そしてぎょっとした。


 ベッドの脇に立っていたマヤが全裸であったからだ。


「どうしたんだマヤ、早く服を着ないと風邪をひくぞ!」

 そう言いながら、俺は慌てて顔をそらした。


 横を向いた俺の頬に彼女の暖かい指先が触れ、顔の向きを正面に戻す。

 もう駄目だった。目の前にたわわな巨乳が迫り、直径十二センチはあろうかという薄い褐色の大乳輪が段丘のようにぷっくりと膨らんでいる。

 このわく的な光景から、どうして目を逸らすことができようか?


 彼女の乳首は小さく、しかも陥没していた。

 市場ではちゃんと出ていたはずだが、普段はこうなのだろう。

 何を隠そう、俺は陥没乳首も大好物であった。


 乳輪に釘付けとなって固まっている俺に、マヤは真剣な顔で語りかけた。

「ショータ様は、私がもう奴隷ではないとおっしゃいました。

 でも、あなたが私に金貨五枚をお支払いになったことは事実です。

 私は田舎娘ですが、それがどれほど莫大な金額かということは理解しています。

 もしそのお金があれば、父さまの農場だって手放さなくて済んだのに……」


 マヤの目に涙が浮かんだが、彼女は慌ててそれを振り払った。

「私にそれほどの価値がないことは、自分が一番よく知っています。

 せめてその十分の一でもご恩を返せるとしたら……。

 私の〝初めて〟を捧げるしかありません!

 どうか……その……私をお好きなようにしてください」


 彼女はそう言うと、俺の隣りに座って身体を預けてきた。

 俺の心には、猛烈な後悔と恥ずかしさが湧き上がり、思わず叫びたくなった。


『違うんだ!

 君を競り落とした金は、神から与えられたものに過ぎない。

 そして、君が嫌がらずに俺の側にいてくれるのは、魅了魔法チャームのせいだ。

 本当なら、俺は君に声をかけられる資格すらない男なんだ……』


 俺は理性を総動員して彼女の身体を引き剥がすと、ベッドの毛布を引っ張って彼女の腰にかけた。

 そして両肩を掴んだまま、彼女の目を捉える。


「いいかマヤ。俺は君が思うような人間じゃない。

 正直に言おう。

 俺は君のすばらしい胸に目がくらんだだけの……変態なんだ!」


 彼女はさすがに恥ずかしくなったのか、両手で胸を隠した。

「そんな……ショータ様がどんな好みをされようと、私はあなたのものです。

 好きになさってよいのです。

 でも……恥ずかしいです。

 私、昔からこのみっともない胸に劣等感を抱いていて……」


「そんなことはない!

 君の胸はすばらしい!

 君は自分の魅力に気づいていないだけなんだ!!」


 俺が突然大声を出したものだから、彼女はびくっと身体をすくませた。

「ごっ――いや、驚かせてすまなかった。

 とにかく、俺はまだ君を抱けるような男ではないんだ。

 だが、いつか君にふさわしい人間になって、その資格を得たいと願っている。

 例えば、君の故郷を踏み荒らし、家族を惨殺した魔物ども、そして独善の魔王を俺が倒したら……。

 少しはそんな男に近づけるだろうか?」


「独善の魔王を?

 そんな、王国の騎士団も苦戦している魔王に、あなたのような普通の人間が挑むなんて、狂気の沙汰です!

 やめてください!

 家も家族も失ったのに、この上あなたまで奪われたら、私はどうやって生きていけばよいのですか!」


 俺はやっと笑みを浮かべることができた。

「そうでもないさ。

 いずれ君はその目で確かめることになるよ」


 不思議そうな顔をする彼女に、俺はそれ以上の説明をしなかった。

 そして、枕元に畳んであった大きなタオルを手に取ると、彼女の上半身にかけようとした。


 しかし、その手は俺の意思に反して動いてくれなかった。


『この完璧な大乳輪を隠すつもりか?

 冗談じゃない!』


 俺の欲望が身体中を支配してわめきたてる。

 手からタオルが滑り落ちた。


「ショータ……さま?

 あの、もしかして泣いておられるのですか?」


 俺はうなだれて肩を震わせていた。

 涙がぽたぽたと落ちて、俺の膝を濡らした。


「偉そうなこと言ったが、目の前に恋焦がれた胸があるかと思うと、俺にはそれを隠すことすらできないんだよ。

 情けない!

 恥ずかしい!

 だが、どうしてもあらがえないんだ。

 俺を軽蔑してくれていい。

 だからお願いだ。一度でいい!

 君の胸に触れることを許してはくれないだろうか?」


 下を向いたまま、涙を流し続ける俺をマヤは抱き寄せ、柔らかな胸に俺の顔が押し当てられた。


「もうっ! ですから何度も申しました。

 お好きにしてくださいと……。

 本当に私の胸でよいのなら、どうか存分に思いを果たしてください」


 それが限界だった。

 俺は泣きじゃくりながら、彼女のふっくらと膨らんだ大乳輪に吸いついていた。

 舌触りを存分に愉しみながら、片手で残る乳房もまさぐる。

 口の中で、たちまち彼女の小さな乳頭がこりこりと勃起してくるのを感じる。


 なんという至福!!


 身体の奥底で真っ赤な炎が燃え上がるような気分だった。

 この瞬間、俺は心に誓った。

 何としてもマヤを幸せにすると。

 手始めに〝独善の魔王〟とかいうふざけた野郎はぶち殺すと!


      *       *


「へくちっ!」


 魔王ミーシャ・クライゼルは、可愛らしいくしゃみをした。


 いつの間にか元の姿(カエルの方が本来の姿なのだが)に戻った執事がたしなめる。

「ミーシャ様、いいかげんマントの前をお閉めください。

 もう夜だというのに、そのような薄着でいられましはお風邪を召しましょう」


「お前はうるさいのう、私の母ちゃんか?

 だが、冷えてきたのは確かじゃ。

 暖かいミルクを淹れておくれ」


 執事はにこりと笑う。

「かしこまりました。ハチミツをたっぷりお入れしますね」


 部屋を出ていく執事の後姿を見送った魔王は、鼻をすすりながら独り言をつぶやいた。


「う~、誰かが噂しているのかにょ?」

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