第4話 奴隷はどれだ?

 俺はこの地方最大の都市、スキットイドに到着した。

 ここは一帯を治めるクリムゾン王国の城下町で、大陸でも一、二を争う商業都市なのだそうだ。

 しかし、最近は独善の魔王の侵略を受けており、かつてほどの賑わいは見られないという。


 それでも、比較的小規模の町や村を巡ってきた俺の目には、とてつもない大きさで、十分に繁栄しているように見えた。


 俺はこの都市に向かう道中で、根本から考え方を変えようと決意していた。

 この世界は神の趣味か何か知らんが、出来の悪い深夜アニメのような〝お約束〟に満ちている。


 ならば、その世界で異世界転生した主人公は、戦力ともなる美しいハーレム要員の娘を、どうやって手に入れていただろうか?


 その一つの答えが奴隷である。

 不幸な生い立ちの美しい奴隷娘を買い取った主人公は、彼女を従属物ではなく自由な人間として扱う。

 感激した娘は、自らの意思で主人公に尽くそうとし、やがて深く愛するようになるのだ。


 実に臭い演出だが、それがお約束というものだ。


『ナミ、ちょっと教えてくれ』

 俺は賢者タイムアプリを呼び出す。


『何や、何か用け?』

『スキットイドでは奴隷の売買が許可されているか?』


『ああ、されとるで。

 週に一度は奴隷市が開かれとるわ。この辺じゃ最大の市やな』

『それは好都合だ。

 それじゃ、奴隷についてレクチャーしてくれ』


 ――有能なナミの説明によると、奴隷は戦争捕虜、犯罪者、借金のカタで売られた貧困者に大別されるという。

 男の場合は農園労働者としての需要が大半で、ごく一部は剣闘士として残酷な殺し合いに出場する者もいる。


 値段は個体差があるが、おおむね銀貨十枚から三十枚が相場だという。

 ちなみにこの世界の銀貨一枚は、俺のいた日本の一万円に相当するらしい。

 銅貨一枚が百円、金貨一枚が百万円で、極めてシンプルなレートである。


 一方、女奴隷の場合は、その容姿や年齢で激しく値段が変わるそうだ。

 もっとも大きな需要は、やはり性的な愛玩物である。

 中でも若く美しい娘は価格が高く、銀貨五十枚から八十枚が相場となる。

 上玉の場合、せりの動向によっては金貨一枚を超える場合もあるという。


 次いで炊事や家事、あるいは子守り要員で、若くない女奴隷の大半はこの用途だ。相場も銀貨十枚前後と格安だった。


      *       *


 スキットイドの宿屋に部屋を取った俺は、さっそく従業員に奴隷市のことを尋ねた。

 タイミングがいいことに明日がその日だということだった。

 酒場と宿のベッドで旅の疲れを癒した俺は、さっそく翌日市が開かれるという街の中央広場へと向かった。


 市場は普通に食料品や日用雑貨の店が出ている大規模なものだった。

 奴隷市はその一角、あまり目立たないところで開催されていた。

 一般市民には見せられないらしく、周囲には幕が張られ目隠しされていた。


 受付でせりに参加したい旨を告げると、銀貨五枚と引き換えに鑑札を渡され、首にかけるよう指示された。

 この鑑札がないと奴隷の購入が出来ないのだが、競り落として購入した場合には、帰りに鑑札を戻すと銀貨も返却されるシステムなのだと説明された。


 つまり一人も落札できなかった者は、日本円にして五万円を入場料として没収されるということになる。


 こうしないと、興味本位で覗きにくる冷やかし客がいるのだという。

 その理由は中に入ってみるとすぐに分かった。


 集まった客たちはさまざまな階層、年齢、性別の者が入り混じっていた。

 奧の一段高くなった舞台には、金属の首輪に鎖をつながれた奴隷が数珠つなぎとなって上げられ、購入者たちの容赦のない視線にさらされていた。


 俺が入った時、競にかけられていた奴隷は三人の男だったが、首枷以外は下着もつけていない全裸だったのだ。

 彼らは逞しく健康であるように見せかけるためか、全身に香油を塗られ、てかてかと肌を光らせていた。


 もちろん性器まで丸見えで、最前列に出た中年の女性が身を乗り出し、食い入るように品定めをしている。

 ということは、男性奴隷にも女性同様の使い道(性奴隷)があるのかもしれない。


 奴隷が少しでも股間を隠そうとする素振りを見せると、すかさず監督の男が鞭を振るって制裁をする。

 俺にはその趣味はないので、正直あまり見たい光景ではなかった。


 男奴隷でこうなのだから、当然そっちの使い道が主である女奴隷が服をつけて出てくるわけがない。

 なるほど、高額の保証金を納めないと中に入れないのもうなずける。


 競売けいばい人は熱心な口調で奴隷の特徴や、その優秀さを強調して値段を引き上げようとやっきになっていた。

 俺は受付で渡された出品リストを見ながら、隣りの男に話しかけた。

「今の奴隷は何番目ですか?」


「ああ、まだ五番から八番だ」

「じゃあ、まだ女奴隷の出品は先ですね?」


 男は興味のなさそうな顔でうなずいた。

 おそらくこいつも女目当てで、男奴隷の番など早く過ぎればいいと思っているのだろう。


 男奴隷の競は約一時間ほどかかって終わった。二十五人全員がそこそこの値段で買い取られたところを見ると、奴隷の需要は結構高いのだろう。


 そして二十分ほどの休憩を挟んで、いよいよ女奴隷の競が始まった。

 出品リストによると、全部で十八人だ。


 最初に出てきた二人は四十歳は過ぎたであろう中年女だった。

 予想どおり全裸で、やはり全身に香油を塗られて肌がぬめぬめと光っていた。

 男奴隷と違うのは、顔に化粧を施されていたことと、陰毛を完全に剃り落とされていることだった。


 ただ、最初の二人は乳も垂れ、腹には段がついたり皺が寄ったりしているので、客の意気は全く上がらなかった。

 競売人も、この奴隷は家事能力が高く、作る食事は絶品であると強調していたから、家事用途なのだろう。

 手を挙げる者も少なく、彼女たちはどちらも最低価格に近い銀貨十二枚で落札された。


 次に舞台に上げられた三人は、三十代の後半といった感じだった。

 スタイルも多少はよくなり、顔も並みといったところだ。

 彼女たちはいずれも銀貨二十枚を超す値段で落とされた。


 次の三人はさらに質が上がっていた。

 年齢も三十代前半で、美人とは言えないがなかなかそそる身体をしている。


 なるほど〝目玉〟は最後なのだなと、嫌でも気づく。

 客の期待を盛り上げていって、後半で儲けようという奴隷商人の魂胆が透けて見えるようだ。


 十人目を過ぎると、二十代の若い娘で顔立ちも整った者が出てくる。

 競も熱を帯びてきて、落とされる値段も銀貨六十枚、七十枚と跳ね上がっていった。


 周囲の熱狂をよそに、俺の落胆は増していった。

 まったく大乳輪が出てこないのだ。

 それどころか、今一人で舞台に上げられた娘を売り込もうとした競売人は、許しがたい暴言を吐いたのだ。


「さぁ、本日の目玉の一人、この娘はなんとまだ十代です!

 ご覧ください、美しい顔立ち、豊かな乳房に白い肌!

 乳首も乳輪も小さく、まるで処女のように初々しいではありませんか!」


 俺は思わず地面に唾を吐いた。

『この競売人は女の魅力を何も分かっていない!』


 しかし、他の客たちは熱狂していた。

 多くの手が挙がり、値段はどんどん跳ね上がっていく。

 最後には二人の男が一対一で対立し、結局いかにも好き者そうな太った中年男が勝った。


「他にありませんね?

 では金貨一枚と銀貨十五枚で鑑札札八番のお客様が落札しました!

 ただ今の落札額は、今期の最高値となります!

 皆さま、盛大な拍手を!」


 熱気に包まれた会場からは拍手が沸き起こり、娘を競り落とした中年男は誇らしげに手を振っている。


「くだらん……」

 俺は人に聞かれないように小声でつぶやき、舌打ちをした。

 やはり現実はアニメとは違うのだ……。


「それではお待たせしました!

 本日の目玉中の目玉、出品番号十八番でございます!」

 競売人が一段と高く声を張り上げる。


 最後の女奴隷が舞台に上げられた時、会場からはどよめきの声が上がった。

 その娘は正真正銘の美少女だったからだ。


 つややかな長い黒髪、大きな黒い瞳、小さいがぽってりとした赤い唇、雪のように白い肌。

 くびれたウエストに丸みをおびた腰、完全に剃毛された股間はまるで幼女のように細い縦筋しか見えない。

 そして俺の目を釘づけにしたのは、その胸だった。


 きゃしゃな身体つきなのに、たっぷりとしたボリュームのある見事な巨乳だった。

 若さの故だろう、その大きさにも関わらず乳房は垂れることなく、ぴんと立った小さな乳首は誇らしげに上を向いている。

 そしてその乳輪たるや――!


 直径十センチ以上はあろうかという楕円形の見事な大乳輪だったのだ!

 色はピンクとは言わないが、きわめて薄い褐色で申し分ない。

 そして、巨大な乳輪全体が焼き上がったパンケーキのように、ぷっくりと盛り上がっていたのである!


「こ……これがなまのパフィーニップルなのかっ!」

 かすれた声でつぶやいた俺の頬を熱い涙が流れる。

 こんなところでお目にかかるとは、何たる僥倖! 何たる福音!


 そして俺の耳に響く競売人の声が〝とどめ〟をさしたのだ。

「なんと年齢はまだ十八歳!

 しかもこの娘、医師の証明書が付いた正真正銘の処女なのです!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る