第3話 この街にもお前はいなかった

 何の装飾もない扉をきれいな女の手がノックする。

 「入れ」という応答を確認して扉をあけると、中の部屋も極めて殺風景だった。


「魔王様、中央地区で新たな勇者の降臨を確認しました。

 パターンレッド、異世界からの転生者と思われます」


 ノースリーブで詰襟という、一風変わった制服で豊満な肉体を窮屈そうに包んでいるストレイカー大佐が報告書を読み上げている。

 魔王は目深におろしたフードの奥で溜め息をついた。


「またか……。

 神の奴は人の命を何だと思っているのだ。

 それで、今度の奴はどんな変態なのだ?」


 大佐はきれいに整えた眉を寄せた。

「それが……まだ出現してそう時間が経っていないものですから、はっきりとは分かりません。

 ただ、今回も女性に対して魅了魔法チャームを違法使用していることは明らかです。

 すでに数人をベッドに連れ込み、裸にしていることが確認されております。

 いずれも……その……かなり胸が大きいそうです」


 少し顔を赤らめた大佐が報告書から顔を上げ、背筋を伸ばすと、彼女自慢の巨乳がぶるんと揺れる。


「そっ、そうか。

 まぁ、巨乳好きというのは、男としては珍しくもない嗜好だが……いきなりベッドに連れ込んで裸にするとはけしからんな。

 それで……やってしまったのか?」


「はい?」


「つまり、その……最後までいってしまったのか、と聞いているのだ」

「しっ、失礼しました!

 報告では裸にしたのは上半身だけで、その後は何もせずに家に帰しているとのことです」


「ほお……なかなか好みがうるさそうな奴だな。

 だが、魔法で正常な判断のできない女性を毒牙にかけなかったのは多少の自制心があるようだ。

 そう危険視するほどの者ではないように思うが……」


「お言葉ですが!」

 大佐の柳眉がくいと上がる。


「女性の体の一部を性的な嗜好の対象として執着し、本人の同意のない魅了魔法を使用して裸にする――女性としてこれは看過できない重大犯罪です!

 断固たる処置が必要かと愚考いたします!」


「そっ、そうか。

 君がそう言うのであれば、可及的すみやかに善処するよう前向きに検討しよう。

 とにかく情報が足りん。浮遊魔物に監視を継続させるように。

 その勇者に一番近い担当魔王は誰か?」


「はい、独善の魔王――ミーシャ・クライゼルですね。

 現在クリムゾン共和国を順調に侵略しております」


 魔王は不安そうな声を上げた。

「う~ん、ミーシャか……。

 勇者の相手をさせるには、彼女では経験不足ではないかな?」


 ストレイカー大佐は首をかしげた。

「そうでしょうか?

 確かに彼女は若年ですし、見た目もアレ・・ですが……魔力は相当のものだと聞いております」


「まぁ、それはそうなんだが……。

 分かった。だが相手は第七水準レベルの魔法まで使える強敵だ。

 ミーシャにはあまり無理をしないように伝えておけ」


「はっ」

 見事な敬礼をした大佐が回れ右をして退出していく。

 身体にぴったりフィットしたスラックスに包まれた大きく丸い尻が、歩くたびにぶるんぶるんと揺れている。


 一人になった魔王は安心したように溜め息をついた。

 ストレイカー大佐は仕事熱心のよい部下だが、何かとが強いのだ。


『しかし、あんなにセクハラに厳しいのに、何故彼女はあの制服に文句を言わないんだろうなぁ……』


      *       *


 俺がこの世界に転生してから、もう一か月が経っていた。

 神からは潤沢な支度金と〝賢者タイムアプリ〟とやらが入ったスマホを渡されていたので、特に生活に困ることはない。

 特にアプリは、頭の中で呼び出すだけで、ほとんどのことを教えてくれる便利なものだったので、大いに助かっていた。


 その一方で、大乳輪の女を集めてハーレムを作るという本来の目的は遅々として進まなかった。

 村から町へと旅を続ける中、俺の前髪がアンテナのようにピンと立ち上がることは何度もあった。

 ただ、この乳輪アンテナの性能はいまいちだった。

 乳輪が大きければ見境なく反応してしまうのだ。


 そのため、反応するほとんどの場合が妊婦や乳飲み子を抱えた経産婦、あるいはだらんと伸びた乳房を肩に担げるような老婆ばかりだったのだ。

 この一か月で、どうにか「おっ」と思えるような若い女は三人しか巡り合わなかった。


 俺は四十歳を過ぎた独身だ。正直に言ってモテるタイプではない。

 だから初めは声をかけるだけでおっかなびっくりだった。

 しかしそれはいらぬ心配であった。


「君……その、よかったら俺とどこかへ行ってみないか?」

 最初の女は酒場のウェイトレスだったが、いざアプローチをかけてみると、すぐにとろんと目を潤ませて誘いに乗ってきた。


「あたし、もうちょっとで上がりだから、それまで待って。……ね?」

 彼女は頬を染めて俺の耳元で囁いた。

 厚い吐息が耳にかかって、ぞくぞくするような興奮を覚える。


『おい、ナミ。

 これはいくら何でも安直過ぎないか?』

 俺は賢者タイムアプリを頭の中で呼び出した。


『そないか?

 まぁ、魅了魔法チャームは自動発動するゆうても、見境なく人が寄ってきたらお前かて困るやろ。

 この女の場合、お前が〝モノにしたい〟という明確な意志を持っとるから、その分魔法が強く放射されるんやな。

 周りに女はなんぼもおるけど、誰もお前に寄ってきいひんやろ?

 魔法の指向性ってやつや。覚えとき』


 ナミと自称する女性声のアプリは、なぜか関西弁を使っていた。

 俺は東京の生まれで関西弁には詳しくないが、そんな俺でも彼女の訛りが〝似非えせ〟だと分かるから、きっと〝キャラ付け〟のためにわざとやっているのだろう。


 その数時間後、俺はそのウェイトレスを店から連れ出し、宿を取っていた部屋に連れ込むことに成功した。

 彼女をベッドに座らせ、巨乳で弾け飛びそうなボタンを一つずつ外していっても、彼女はまったく抵抗せず、むしろ舌なめずりをしている。


『こいつ、絶対処女じゃないな……』

 かなり煽情的な状況にも関わらず、俺の期待はしぼんでいった。

 そしてブラウスを脱がし、二つの小山を包んでいるコルセットを外そうとしたが、どうやって脱がせばいいか分からない。

 この世界の下着は、ホックさえ外せばいいブラジャーとは根本的な仕組みが違うのだ。


 とりあえず背中の紐の結び目を解くと、下からコルセットを強引に押し上げてやった。

「あんっ!」

 女は少し痛そうに抗議の声を上げたが、俺は構わずにぶるんと揺れる乳房を凝視した。


 次の瞬間、俺の頭はがくりと前に落ちた。

 目の前に現れたのは、確かに大乳輪だったが……あまりに黒過ぎたのだ。

 黒褐色の乳輪にはぶつぶつとした突起がいくつもあり、ほんのりと乳臭い香りが漂ってくる。

 どう見ても経産婦、そして乳飲み子がいるはずだった。


 俺はのろのろとベッドから立ち上がり、脱がしたブラウスを彼女の肩にかけた。

「もう帰っていいぞ。

 乱暴なことをして済まなかった……」


「そんな……ここまできて、あたしの何が気に入らないの?」

 女は目に涙を溜めて、俺の腕にすがりついてくる。


 俺は溜め息をつき、彼女の額に熱を測るように手の平を当てた。

「三つ数えたら、お前はこのまま部屋を出て自分の家に帰るんだ。

 そして今夜のことは全て忘れろ。もちろん、俺のこともだ」


 この時には、俺はもう魔法の使い方を覚えていた。

 呪文を知らなくても、こうして言葉に出したり、頭にイメージを描くだけで、適切な魔法が発動する。


 俺が手をどけると、女はまるで催眠術にかかったようにのろのろと下着を直し、そしてブラウスをまとって身なりを整え始めた。

 そして無言のまま、静かに部屋を出ていったのである。

 彼女とはその後、二度と会わなかった。


 二人目、三人目の女も似たような感じだった。

 二人目はハーレム要員にするには、乳輪の質がいまいちだった。形がいびつで色も悪く、面積もやや不足していたのだ。

 三人目は乳首にピアスをしていた上に、乳輪には針を刺したとみられる傷跡が多数あった。

 俺は女性の乳房を神聖なものだと信じている。それを傷つけるなどもってのほかだったし、SMにも嫌悪感しかなかった。


 M奴隷女の記憶を消して、宿の部屋から追い出したのは昨夜のことだった。

 この街はそれほど大きくはない。

 もっと人口の多い大都市に向かわなければ、俺の求める理想の女には出会えないのかもしれない。


 朝早く、街を出た俺は振り返ってつぶやいた。

「飛鳥……この町にも俺が求める大乳輪はいなかったぜ」


 俺はテンガロンハットのつば・・を指で押し下げ、TVジョッキーで見たような白いギターを肩に担いで立ち去ったのだった。

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