第18話 夢の終わり
「やめてくれーーーーーっ!」
両膝をついた僕は文字どおり泣き崩れた。
「君まで失ったら、僕はどうやって生きて行けばいいんだ?
頼む、姫は逃げてくれ!」
しかし、僕の目の前に立つジルダ姫は振り返らずに叫ぶ。
「いいえ!
キリューに救っていただいたこの命、少しでもお役に立つなら惜しくはありません!
私は誇りあるアスラン王国の姫!
恩も返せずに、どうしておめおめ国に帰れましょう!」
その時、奇跡のように曇天を割って太陽が顔を出した。
さっと射した陽の光が、大の字になって立ちはだかる姫を照らしたのだ。
僕は逆光となったその身体を眩しく見上げていた。
両手を大きく広げたせいで、彼女に着せていた僕のジャケットは脱げて地面に落ちている。
そう、彼女の豊かなわき毛が陽光を浴びてきらきらと輝いていたのだ。
『僕はあのわき毛に頬ずりすらしていないのに、それを手放せと言うのか!
悪魔め! 魔王め!
絶対にそんなことは許さない!』
吹き抜ける風にそよぐ太く、濃く、黒く、長いわき毛――その光景がそのままイメージとなって僕の頭の中で爆発した。
「すまない、ジルダ姫!
君の身体を借り受けるよ!
僕の絶叫とともに、魔王の周囲の地面を突き破って、黒いひも状の物体が百本以上、天に向かって
それは生き物のようにうねうねと身をよじりながら、一斉に魔王に襲いかかった。
そしてラッコを包むジャイアントケルプのように、魔王の身体を縛り上げ、ぎりぎりと締め付けていく。
だが、それは海藻ではない。艶つやと黒光りし、縮れた太い人毛――魔法で巨大化した姫のわき毛だったのだ。
「ほう……女の身体を触媒にした魔法か。
たかが緊縛魔法とはいえ、第七
魔王はまったく慌てる様子がなかった。
「だが……何度も言わせるな。
お前の魔法など、俺には児戯に等しい。
こんなもの簡単に……何?」
魔王はあっさりと身体を締め付けているわき毛の束を引きちぎろうとした。
しかし、強靭なわき毛はびくともしない。
「馬鹿なっ!
この私に打ち破れぬ魔法などあるはずが……。
これは――まさか第十
あり得ん!
奴は限界を遥かに超えた、スーパー地球人だとでも言うのか!」
魔王が慌てた様子を見せるのは、これが初めてだった。
「ふっ……」
僕はゆらりと立ち上り、思わず口から笑いを洩らした。
「僕の世界には〝女の髪の毛には大象も繋がる〟という
女性の髪の毛にはそれだけの神通力がこもっているということだ。
ならば!
わき毛であれば、例えゴジ○であろうと亀甲縛りで自由を奪えるはずだ!
そのわき毛には、僕の全魔力が投入されている。
逃れることは不可能!
さあ魔王よ、地獄に帰るがいい!!」
締め付けるわき毛で、魔王は苦悶の声を上げた。
「くっ、変態の妄執がここまでの力を持つとは……。
甘く見過ぎたかもしれん!
しかし、魔法の正体が分かっているなら、まだ手はある。
来たれ、甘き雨!」
頭上の雲がいきなり黒くなり、魔王の周囲に豪雨が降り注いだ。
その一部はこちらにも降りかかってきた。
「熱っ!」
それは熱湯よりもはるかに高温の液体だった。
気を失って倒れているジルダ姫の身体にはすでに防御障壁を張っている。
僕は自動発動するシールドでダメージは負わないが、降り注ぐ液体の温度自体は感じることができる。
「何だこれは?
甘い匂いがする……しかもネバネバするな」
試みに腕に付着した液体を舐め取ってみると、匂いのとおりかなり甘い。
「これは飴?
さっき魔王が叫んだ〝甘き雨〟は〝甘き飴〟だったのか……」
その味はただの水飴ではなく、ハチミツ、カラメルなど数種類の甘味料が混ざった複雑な味わいだった。
しかもかなりねっとりとして粘性が高い。
体感温度で百五十度前後の熱さでこれだ。冷えればかなり固まりそうだった。
この程度の温度で姫の強靭なわき毛がどうこうなるとは思えないが、魔王は一体何を考えているのだろう?
奴を緊縛しているわき毛は地中深くに毛根を埋め、地下から僕の魔力を吸収し続けている。
相手が神でも魔王でも、無敵のはずであった。
僕は腕に付いて固まりかけている飴を摘まんで剥がした。
「いてっ!」
半固体の強い粘着力で、剥がす際に腕毛が抜けたらしい。
「はっ!
まさかこれは……
「気づくのが遅いわっ!
そいっ!」
魔王がすかさず叫び、冷えた地面で餅状になったワックスが、べりべりっという音とともに引き剥がさた。
それは地面から生えたわき毛を毛根ごとに引き抜いたのだ。
魔力の供給を絶たれたわき毛はたちまち縮み、文字どおりただの縮れ毛となって、ワックスに絡み取られていった。
僕は自分が敗れたということを悟った。
『この上は、姫だけでも守らねば……』
のろのろと立ち上がり、倒れ伏しているジルダ姫を抱き上げようとした時、僕はあり得ないものを見た。
彼女のわきに黒々と密生していた豊かなわき毛が消滅していたのだ!
それはもう、見事なまでにつるっつるだ。
僕はがくりと両膝をついた。
「おわった……なにもかも………」
どこから現れたのか、小さな丸椅子があった。
僕はその椅子に腰を掛け、静かに目を閉じた。
もはや魔力は一滴も残っていない。
うなだれた僕の目に、前髪がはらりとかかる。
それはいつの間にか真っ白になっていた。
「燃え尽きた……真っ白に」
僕は静かに目を閉じた。
口元には微かな笑みさえ浮かんでいる。
一陣の風が吹き渡り、白い灰と化した僕の身体をさらさらと崩していく。
――そこで僕、聖護院騎龍の意識は途切れた。
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