第17話 神の真実
こいつは僕の可愛い
香しい匂いを嗅ぎ、味わい、頬ずりする楽しみを禁じようと言うのか?
許せん! 断じて許せない!!
僕の怒りは理性を吹き飛ばし、沸点を遥かに超えた。
「どこの魔王か知らんが、好き放題言ってくれたな!
僕の怒りは百万ボルトォーーーーっ!!」
上空の曇天を覆っていた灰色の雲が一瞬で墨のように黒変し、雷光が走る。
数百本の稲妻が雨のように降り注ぎ、それが一点に収束していった。
わずかに遅れて「ドンッ!」という腹に響く重低音と「ガッシャーンッ!」という耳をつんざく爆音が空気を震わせたころには、稲妻は一本の太い光の束となって、見る者の網膜を焼き尽くした。
その状態は十秒ほども続いた。
もうもうとした土埃がどうにか収まるとともに、強烈な光でホワイトアウトしていた視力が徐々に戻ってくるのに、その数倍の時間がかかった。
そして、爆心地には信じられない光景が待っていた。
魔王が立っていたのだ。
落雷の電圧は最大で十億ボルトに達するという。それが数百本も集中して長時間身体に降り注いだのである。
生物が無事でいられるわけがなかった。
――それなのに奴は立っている。
『おいレム、どういうことだ! なぜ効かない?
僕の魔力が足りなかったのか?』
頭の中でレムに怒鳴ると、彼女は面倒くさそうに返してきた。
『今の魔法は第六
始原のドラゴンだって殺せるくらいの威力があるっぺよ。
あいつのマントがゴム製なんだっぺ』
最後の言葉は
「そっ、そうか……あれはゴム
うん、確かにゴムは絶縁体だって理科で習ったな。
おのれ、何と狡猾な魔物なんだ!」
いきりたつ僕に向かって、魔王はゆらりと一歩踏み出した。
「ふっ、ぬるいな。
どうした、それで終わりか?」
「くそっ、ならば見ていろ!
一万の魔物を
僕はあの地獄絵図の強烈なイメージを再び脳裏に描き、恨みと憎悪を魔王一人に集中させた。
「
その場のノリと勢いで付けた魔法名だ。ちょっと中二病っぽいが、カッコいいのでよしとしよう。
直径一キロに及ぶ範囲の魔物を一瞬で蒸発させた超超高熱の魔法である。
しかも全魔力を投入し、効果範囲を数メートルの範囲に圧縮したのだ。
たとえゴム合羽で防御しようと無駄である。無駄無駄無駄ぁ~! なのである。
地面が膨張して吹っ飛ぶ現象は起きなかった。
その暇もないほどの一瞬に、地面がごっそりと蒸発したからだ。
当然、魔王は骨の欠片も残さずに消え去ったはずだった。
そうでなければ理屈に合わない。
使ってみて自覚したが、今の魔法は間違いなく第七
――しかし、奴は立っていた。
ぱんぱんとマントの埃を払うと、魔王はふわりと移動し、陥没していない地面に降り立ったのだ。
「あー、いい加減に諦めろ。
お前が使えるのは神のレベル、第七水準までだ。
俺は第九水準までの魔法を無効化できる。
何をやっても無駄だ」
僕は呆然として立ち尽くした。
この世界に転送されてから、すべては意のままになったのだ。
何の苦労もせず、代償も払わず、敵は退け女は手に入った。
それなのに、この魔王を名乗る男は、僕の力を遥かに凌駕している。
一体こいつは何者なのだ?
魔王は僕の様子を見て、ぼりぼりとフードごと頭を掻いた。
「もう一度言うがな、お前は騙されている。
神に利用されているんだ。いい加減に気づけよ」
「どういうことだ……?」
僕はそう問うのがやっとだった。
「神は自分勝手なのだ。
確かにこの世界を創造したのは奴だ。
ほとんどの生命は奴の意のままにできる。
ただ一つ、俺たち魔族を除いてな……」
「俺たちは神よりももっと上位の存在から派遣されて、この世界が過度に膨張したり混乱しないように監視と調整を行っているのだ。
魔王に率いられた魔族は人間どもを襲う。それは繁殖力の強い人間が増えすぎないよう、奴らの数を減らしているに過ぎない。
魔族は自然界には存在しない、人間の〝天敵〟の役割を果たしているのだ」
「魔物に襲われた人間はどうすると思う?
個々ではとても太刀打ちできない相手だ。否応なく奴らは団結するだろう。
もし我々がいなければどうなる?
人間はたちまち仲間同士で戦争を始め、他種族を滅ぼそうと征服を開始するだろう」
「神はそれが気に入らんのだ。
人間は神が自分の姿に似せて創り出した劣化コピーなんだよ。
神は身びいきしている人間を際限なく発展させ、世界がどう変わっていくのかを見たいのだ。
自分の欲望を、人間というコピー品によって代行させたい――それが奴の目的なんだ。
だが、神は魔物に手出しできない。それは上位者によって禁止されているからだ。
だからお前のような転生者を無理やり呼び込み、そのゆがんだ欲望を利用して魔王を駆逐しようと企んでいるのだ」
「お前は巻き込まれた、いわば被害者に過ぎん。
本来の世界でその肉体は滅び、魂は安らか眠りにつくはずだったのだ。
今、ここに存在するお前は、自らの妄執によって動いている抜け殻に過ぎん」
「どうだ?
もう一度言おう。
改心して魔王軍に加われ!」
僕は黙って魔王の長弁舌を聞いていた。
奴は魔族だ。上手いことを言って僕を騙す気かもしれない。
あるいは、本当に僕は神に騙されているのかもしれない。
一体どちらなのか、混乱した僕の頭脳では判断できなくなっていた。
だが、そんなことはもうどうでもよかったのだ。
「……黙れ」
僕はドスのきいた声で低くつぶやいた。
「正直に言おう。魔王がどうなろうと、人間がどうなろうと、僕には興味がない。
だが、僕の可愛い花嫁たちを引き離そうと言うのなら、何があっても僕はお前と戦うぞ!」
魔王は溜め息をついた。
「仕方がない、ならば死ぬがよい」
男の手がすっと前に出た。
「させるかっ!」
その手に向かってハンジが投げた短刀が飛ぶ。
セシリアが放った風魔法が〝かまいたち〟となって魔王を襲う。
リーニャが鋭い爪を伸ばして空高く跳躍した。
「やめろっ!
君たちが敵う相手じゃない!」
悲鳴に似た僕の叫び声が虚しく響いた。
ハンジも、セシリアも、リーニャも、一瞬で姿を消したのだ。
「何をしたっ!?」
僕は涙が流れていることに気づかぬまま叫ぶ。
「心配するな。ただの転送魔法だ。
あの三人は故郷に帰した。
ついでにお前がかけた
彼らは以前のとおりの平和な暮らしに戻るだろう。
お前のことは、二度と思い出さないままにな……」
「きっさまぁーーーーーーーーーーーーっ!」
血の涙を流しながら、僕の絶叫が周囲に響く。
腕を前に突き出し、全魔力を集中させる。
すべての魔力を送り込んでも、すぐさま身体中に魔素が満ちて新たな魔力が湧き出てくる。
指先から手、前腕部、そして上腕部へと限界を超えた魔力が圧縮されて蓄積し、僕の腕はぼこぼこと物理的に膨れ上がっていった。
『考えろ! あの魔王を打ち破る魔法のイメージを!』
僕は必死に頭を回転させ、記憶を総ざらえして敵を破滅する手段を探そうとした。
僕の魔力だけではあの魔王を倒すことができないのは理解した。
ならば、僕の魔力にほかの要素を加えれば、ひょっとしたら限界を超えられるかもしれない。
だが、その要素とは何なのだ?
答えが出せぬまま、魔力は暴走を続けている。
あと数秒で、僕は自らの魔力によって内部から爆発してしまう――そんな嫌な予感がした。
いや、魔王の攻撃が僕を打ち砕く方が先かもしれない。
無力な僕は涙の溢れる目で、魔王の姿を睨みつけた。
だがその視線を遮るように、両手を大きく広げて立ちはだかる人影が現れた。
それは――ジルダ姫だった。
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