第16話 最凶の魔王
その部屋の壁面には巨大な世界地図が描かれていた。
何かの魔法によるものだろう、その地図上のさまざまな地点が赤や青、黄色といった光を点滅させている。
突然けたたましい警告音を発し、そのうちの一点が激しく明滅したかと思うと――ふいに消えた。
同時にテーブルに置かれた
紫色のおかっぱ髪にスパンコールだらけの制服を着た女が、自動書記から吐き出された紙を切り取り、壁面の地図を睨んでいる銀髪の女のもとに差し出した。
「ストレイカー大佐、浮遊監視魔物シドが西地区で異変を感知しました。勇者パターン、レッドです!」
大佐はその文面に目を走らせると顔をしかめ、再び壁面を睨んだ。
「捨て置けんな。魔王様に報告すべきだろう。
後を頼む。勇者を見失うなよ」
彼女はそう言い捨てると部屋を出て行った。
清潔だが無機質な廊下を数十メートル進むと、何の装飾もないドアがあった。
大佐はためらうことなく扉をノックして中に入る。
「失礼いたします」
部屋の中は見事なまでに殺風景だった。
絵一枚、花の一本もない、ただの壁と床。
事務員が使いそうな安っぽい机と椅子には、黒いフードを目深に下ろしたマント姿の男が座っていた。
「何かあったのか? 大佐」
男は静かに問いかけた。
「はっ!」
大佐は直立不動で敬礼する。
「西地区、アスラン王国を攻略していた暴虐の魔王の反応が
同地点に未知の勇者の反応を確認、恐らくその者によって討ち果たされたものと見られます」
「暴虐の魔王……ああ、あいつか。
だが奴は魔王界でも最弱、小物に過ぎん」
「魔王様、そのようなフラグを立てる物言いはどうかと思います」
詰襟のベストのような制服に豊満な肉体を包んだ大佐がやんわりと
「すまん、一度言ってみたかったんだ。
それよりまた出たのか……。
勇者は一匹見つけたら百匹はいるというが、本当に神は懲りない奴だな。
――で? 今度の勇者は何を企んでいるのかね?」
大佐は小脇に挟んでいた書類挟みを手に取って内容を再確認する。
そしていかにも〝
「上空で監視させていた魔物によれば、勇者は
「ふん、俗物だな……。
どうした大佐? 何をそんなに嫌そうな顔をしている?」
彼女はノースリーブで剥き出しになった肩を抱きながら、ぶるっと身体を震わせた。
「勇者は女性の〝わき〟に異常に執着していて、ハーレム入りした女たちのわきを嗅いだり舐めたりしているという情報です」
「そっ……それは――変態だな?」
「ええ、変態ですともっ!
そんな異常性欲者を放置したら、女性はノースリーブどころか半袖の服すら安心して着られなくなります!
女の敵です!
極めて危険な存在と断じざるを得ません。早期の討伐を上申いたします」
「むう……そ、そうだな。
これは早めに潰しておいた方がいいようだ(でないと怒られそうだ)」
* *
「え? あれ魔王だったの?」
僕は壁にへばりついている死骸を指さして聞き返した。
ジルダ姫はこくんとうなずく。
「そっ、そうかぁ……意外にあっけなかったなぁ。
それじゃみんな、帰るか」
僕が振り返ると、ハンジたち三人も呆然としている。
そりゃそうだろう、暴虐の魔王という敵をあっさり倒してしまったのだ。
彼らだってもっとこう、最終決戦らしく盛り上がるのを期待していたはずだから無理もない。
僕たちはとりあえず城に帰ることにして、洞窟を脱出した。
仲間になった魔物たちは、可哀そうだが飼ってやれないので「拾ってください」と書いた段ボールに入れて置いてきた。
洞窟の外に出ると、僕たちはつないでおいた馬に乗って山を下り始めた。
何故かみんなの意気は上がらず、それはしょぼくれた道行だった。
ただ、ジルダ姫だけは、やたらとはしゃいでいた。
「勇者さまは旅の途中なのですか?
でしたら、ぜひ私もお供にお加えください!
こう見えても腕には多少の覚えがありますのよ」
彼女が早くも仲間になりたがっているのはラッキーであるが、旅は終わってしまったのだ。
「それがですね……。
僕らの目的は暴虐の魔王を倒すことだったんですよ。
それを果たしてしまった以上、もう旅をする必要がないということなんです」
「まぁ、そんな!
勇者さまとお別れするなど、私耐えられません!
第一、命を救っていただいたご恩をお返ししないのでは、アスラン王国の姫として名誉にかかわりますわ!」
ジルダ姫は黒目がちな大きな目にうるうると涙を溜め、長い黒髪を振り乱して僕にすがりついてくる。
彼女は半裸に近い状態だったので、僕のジャケットを着せていた。
したがって、あの黒々としたわき毛は残念ながら拝めなかったが、彼女の長いまつ毛、濃い眉毛、そして顔にかかる黒髪は、すばらしいわき毛を連想させて僕の心をかき乱した。
「そうだわ!
でしたら勇者さま、次の魔王を倒しに参りましょうよ!」
「え゛?」
僕は思わず姫に尋ねた。
「次のって……まだ魔王がいるの?」
彼女はごく当たり前にうなずいた。
「ええ、魔王は各地方に一人ずつおりますの。
一番近いのは、となりのアジカン共和国にいる灼熱の魔王でしょうか」
「一体この世界にはどれだけ魔王がいるんですか?」
「そうですねぇ……ちゃんと数えた人はいないと思いますが、三百人くらいかしら」
やれやれ、それじゃきりがない。
だが、僕のハーレムを完成させるためには、旅を続けて新たな女性と出会いを重ねなければならない。
第一、このジルダ姫を手放すなど考えられなかった。
「よおし、こうなったら乗りかかった舟だ。
片っ端から魔王を倒して世界を平和にしてやろうじゃないか!」
ジルダ姫が喜んだのは当然として、ハンジ、セシリア、リーニャの三人も顔を上げ、ぱあっと表情が明るくなった。
彼らも僕との旅が続くことを望んでいたのが嬉しかった。
「そうはいかんな」
突然、そう呼び止める声がした。
気がつくと僕らの目の前に一人の男が立ちはだかっていた。
さっきまで行く手には荒野が広がっているだけで、人影などなかったはずだ。
その人物は黒いフードつきのマントをはおっている。
拷問室で倒した暴虐の魔王とそっくりな恰好だった。
僕は手で他の者に下がっているよう合図して、馬をおりて男の方に向かった。
「その格好……もしかして君も魔王なのか?」
「そうだ。私は魔王だ」
フードに隠れて表情は見えないが、案外素直な奴だ。
「そうはいかん――さっきそう聞こえたようだけど、どういう意味だい?
僕は世界平和のために魔王を倒す旅に出る。
その邪魔だてをしようと言うのかな?」
「そのとおりだ。
一応、理解力はあるようだな」
「君が魔王だということは、勇者である僕に倒されるということなんだけど、そっちこそ理解しているのか?」
魔王はフードをかぶった頭を左右に振った。
「お前では私を倒せん。
神に何を吹き込まれたか知らんが、お前は騙されているのだ。
悪いことは言わん。今すぐ勇者をやめ、魔王軍に入れ。
お前ならすぐに
何なら暴虐の魔王の代わりに、この地方を任せてやってもよいぞ」
「……ふざけるな」
僕は低い声で静かに答えると、いきなり超加速を発動した。
人の目ではとても捉えられない神速の動きで魔王に迫り、その額にデコピンを喰らわせようとしたのだ。
そう、暴虐の魔王を倒したあの技だ。
魔法力を指先に全集中させ、渾身の力で弾き出した僕の指先は――しかし空を切った。
『ドスッ!』
同時に鈍い音がして拳が僕の腹に叩き込まれる。
魔法で強化した肉体はどうにか耐えたが、その重い一撃は凄まじい衝撃をもたらした。
「ぐうっ……!」
内臓が渦巻くような苦痛に呻き、僕は思わず身体を折った。
目の前にいたはずの魔王は、いつの間にか僕の横にいた。
「遅いな……」
彼はぼそりと僕の耳元でささやくと、再び拳を
今度は耐えられなかった。
僕は数メートルも吹っ飛ばされ、地面に膝をついた。
恐らく後ろで見ていた四人には、何も知覚できなかっただろう。
ただ、僕が瞬間移動してしゃがみ込んだようにしか見えなかったはずだ。
魔王はまったく息を乱さず、静かに言葉を続けた。
「少しは実力の差が分かったか?
――ああ、そうだ。
事前に注意しておくが、魔王軍に入ったらセクハラ禁止だからな。
お前の趣味にどうこう言うつもりはないが、相手の同意がないままチャームを発動するのは、例え敵であっても厳禁だ。
ましてや、わきを舐めたり匂ったりといった変態行為も許可できん。
うちは女性に開かれた職場なんだ。彼女たちを怒らせたら魔王の私だとて、ただでは済まんのだぞ」
僕はゆらりと立ち上がった。
「僕の楽しみを否定するだと……?
寝言もいいかげんにしろ。
お前は僕を完全に怒らせた。楽には死なせないぞ!」
頭の中でけたたましい警報音とともに、
『お前、何をしてるっぺ!
そんなに魔力を集中させたら、第七
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