第15話 SMぽいの好き

 ダンジョンの探索はさくさくと進んでいったが、迷宮はあまりにも巨大かつ複雑で、いつ果てるとも知らなかった。

「キリュー、あれを見て!」

 もう何十回目かの分岐点で、突然セシリアが突き当りの壁を指さした。

 そこにはいつもの案内板が表示されている。


「にゃんて書いてあるにゃ?」

 どうやらリーニャは文字が読めないらしい。


 僕は「どれどれ」と言って目を凝らした。

 そこにはこれまでと同じ矢印と「魔王様方面」という案内があったが、その下に「捕虜拷問部屋」と書かれていたのだ。


「これは!」

 僕は三人と顔を見合わせた。


「キリューの旦那、ひょっとしてさらわれた姫君って、ここにいるんじゃ……?」

 ハンジが小声でささやく。僕も同意見だった。


 きっと鎖で壁に吊るされ、『わきの下観察日記』をつけられているに違いない。

「何て羨ましいんだ! おのれ、魔王許すまじ!」


 一行のスピードががぜん上がった。

 百メートルも進まないうちに、壁面に「拷問部屋」というプレートが掲げられた扉が現れる。


「よし、入るぞ!」

 僕は扉の取っ手を握って手前に引いてみた。

 しかし動かない。

 押しても駄目だ。取っ手の下に小さな穴があるところを見ると、どうも鍵が掛かっているらしい。


「開けゴマ!」


 僕はすぐさま小声で命じた。

「何なの、その呪文?」

 セシリアが不思議そうな顔で聞くが、今は説明している暇がない。

 きっとこの言葉のイメージで開錠の魔法が発動するはず――これまでの経験で、僕はそう確信していた。


 もう一度扉を引いてみると、案の定扉はすっと音もなく開いた。

「洞窟にしちゃ、ずいぶん建てつけがいいんすね」

 ハンジが妙なことに感心している。


 周囲を警戒しながら部屋の中に入ると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 部屋は予想外に広く、三角木馬や産婦人科の内診台、ムチ、ろうそく、いちじく浣腸にいたるまで、ありとあらゆる拷問器具……というよりSMプレイ器具が揃っていたのだ。


 そして奥の岩壁には、僕が妄想したとおり、半裸の女性が鎖につながれた鉄のかせで両腕を大きく広げて吊るされていた。

 もちろん彼女のわきは丸見えである。


 僕の妄想では、姫君は生えかけのわき毛の伸びる様子を魔物に観察されるという、恥辱を受けているはずだった。


 しかし現実は僕の妄想より、もっと強烈だったのだ。


 あられもなくさらされた姫のわきには、見事なまでの黒々とした剛毛が密生していたのだ! それはもう、ふっさふさに!


 ああっ! 何という眼福だろう!

 あまりの神々しさに、僕の目は潰れそうになった。


 あの伸び具合は何年物だろう?

 少なくとも三年以上は大切に育てないと、あそこまで見事なわき毛に生長できるはずがない! 僕の勘では十年近く寝かせて熟成を極めた逸品であるように思えた。


 そうだ、彼女はわき毛を愛する同志に違いない!

 僕の身体は喜びと感動に打ち震えた。


「何だ貴様らは?

 鍵をかけたはずだが、誰の許しを得て入ってきたのだ?」


 その感動に水を差すような太い声が響いた。

 姫の姿に夢中になるあまり、僕はその側にいた男の存在を意識外に追いやっていたのだ。


 僕は改めてその男を見た。

 真っ黒なフードを目深におろし、同じく黒く長いマントをまとっている。

 フードのせいで、その表情は窺えない。


 しかし、問題はその男が手にしていた拷問具だった。


「お前……彼女に何をしていた?」

 僕の声は、怒りのあまりかすれていた。


 男の答えを待てずに僕は怒鳴りつけた。

「お前のその手にある〝ねこじゃらし〟は何だと言っている!

 まさかお前、それで姫さまのわきを〝こちょこちょ〟したんじゃあるまいな!」


 僕はずかずかと男の前へと歩み寄った。

「何なのだ貴様は?

 俺を誰だと――」


 男の言葉はふいに途切れた。

 僕が全魔法力を指先に集中させ、デコピンを食らわせたからだ。

 男は「ぴぎっ!」という変な叫び声を上げて吹っ飛んだ。

 そして横の岩壁に激突し、べちゃりと嫌な音を立てて……潰れた。


「うげぇ~、内臓が飛び散ってるにゃ。

 たかが拷問官に、やり過ぎだにゃ!」


『いや、お前だってついさっき揚げ殺した敵の女将軍を食ってたじゃないか!』

 僕は心の中でリーニャに突っ込みをいれながら、とにかく姫君を助け出そうとした。

 極限まで強化された僕の手にかかれば、鉄の鎖をひき千切るなど雑作もない。


 ぐったりとしている姫を下して抱きかかえると、セシリアがすかさず回復魔法をかけてくれた。

 それまで首を垂れ、長い黒髪がかぶさってよく見えなかった姫君の顔が、その時初めてあらわになった。


「えっ! くろき……先生?」


 いや、そうじゃない。彼女は僕の副担任だった黒城香先生に瓜二つだったが、明らかに先生よりも若かった。

 しかし、その黒く真っ直ぐな髪、濃い眉毛、そして先生がもし〝わきを処理していなければ〟こんな感じだろうと思われる見事に縮れた茂みはどうだろう!


『これはもう、彼女をハーレムの一員にするしかない!

 それは運命だ! 宿命だ! 天のことわりだ!』


 しかし、ここでいきなりわきを匂ってしまうのは焦り過ぎだ。

 僕はあくまで紳士的に彼女に呼びかける。


「姫君、大丈夫ですか?

 悪人は倒しました。安心してください」


 驚いたことに姫はすぐに目を開いた。

 彼女は気を失っていたわけではなく、くすぐりの責め苦で疲れ果てていただけだった。

 セシリアの魔法も効いたのだろう、案外しっかりとした口調で話し始めた。


「お助けくださってありがとうございます。

 あなたは騎士団の方ではないようですが……?」


「申し遅れました。

 僕は騎龍。聖護院騎龍と言います。

 何者かと聞かれると答えに困るのですが、一応〝勇者〟をやっています。

 この三人は僕の仲間で、ハンジ、セシリア、リーニャです」


 彼女は目をみはった。

「まあ! 伝説の勇者さまが、ついにこの地にも・・現れたのですね!

 何てすばらしい……!

 あっ、私はジルダと申します」


 安堵のためか、感動によるものなのか、彼女の大きな黒目がちの目から大粒の涙がこぼれおちる。

「それで、先ほど勇者さまは『悪人は倒した』とおしゃいましたが……」


 僕は黙って横の岩壁を指さした。

 そこにはまだ、男が大の字になってへばりついたままだった。

 その周囲には大量の血とはみ出た臓物が飛び散っている。


「あのとおり、拷問官は地獄に落としました。

 王国に攻め入ろうとした魔王軍も、四天王の魔将軍もすでに壊滅させています。

 もう残るは暴虐の魔王のみ!

 姫さまはすぐにお城にお帰ししたいところですが、どうか使命を果たすまでご同行いただけますか?

 あなたの身は、この僕が命に代えても守ってみせます」


 ジルダ姫は顔色を蒼白にしてぶるぶる震えていた。

 それはまぁ、壁で潰れたスプラッタな死体を見せられれば無理もないだろう。


 だが、彼女は意外なことを口にしたのだ。


「あの……勇者さま。

 あそこで潰れているのが……その〝魔王〟なんですけど?」

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